論考

Thesis

環境自治体の創造

1.環境自治体とは何か
 

私が初めて「環境自治体」という言葉を知ったのは、93年8月にPHPより発行された、「環境自治体共和国」という本を手にした時である。

 この本の筆者である竹内謙氏は、同年10月「地球を思い、地域から行動する環境自治体の創造」を選挙公約に掲げ、鎌倉市長に初当選している。「選挙は経済、環境は票にならない」という世間の常識を、裏切って見せたのである。

 環境自治体とは何か。竹内氏の言葉によれば、「自治体の全ての政策において、環境を重視する」という、いわば環境主義とでも言うべき思想である。
 時代の流れとして、経済至上主義から環境、福祉、生活の豊かさなどに価値観が変ってきており、全ての分野で経済性を重視するのと同じように、環境性を重視していこうというのが、環境自治体の考え方である。

 「日本で環境自治体と呼べる自治体は、幾つあるのか」と竹内市長に問うと、次のような答えが返ってきた。
 「これまでの自治体の環境政策は、他の政策と横並びにあるもので、鎌倉市の発想とは違う。鎌倉市は、環境政策は他の施策と並列するものではなく、全ての施策の上位に位置づけられるものとして捉え、行動している」
 環境自治体の創造というコンセプトの中で強調すべき事は、「環境は農林、産業、建設など諸々の分野の政策と並列するものではない」

 このような発想を根底に持つと、自治体の全ての施策のありかたが、大きく変ってくる。

 例えば、市内に中央公園を作るにしても、従来のように「山を切り、豊かな自然を壊して人工の公園を作らなくていい。自然を利用して、最小限の施設を作れば、お金もかからないし、自然の豊かさも享受できる」のである。

 鎌倉市はこのような考え方にもとづいて、「環境自治体づくり」に取り掛かっているか、その中には3つの要素がある。
 一つは、街づくり自体が環境と共生する「エコポリス」になる事であり、その為には市役所自身が「エコオフィス」化する事が求められる。
 また市民や事業者が、積極的に環境保全に参加する仕組みを作ることで、「エコシチズン」を育成していく事が、何よりも重要であり、これがなければ「環境自治体」は完成しない。即ち環境自治体のキーワードは、「エコオフィス」「エコポリス」「エコシチズン」であると言う。

2.何故環境自治体が必要なのか
 

竹内氏は、「環境自治体共和国」の中で、次のように書いている。

 「日本政府が、93年通常国会に提出した環境基本法案も、地球サミットと同じ轍を踏むのではないかとの懸念がある。何でも書いてあるが、(経済的手法、国際的取り組みなど)一体何が政策として確実に実行されるのかはっきりしない。」

 しかしながら竹内氏は、「国が始めるのを待っているのでは、遅すぎる」と考えている。今の中央政界は、国民の声(環境、生活の豊さを求める)を反映させるシステムが硬直化している。その政策決定過程は不透明であり、産業界の意向に逆らう事は大変困難であるのが現状である。

 それに対し、地域住民の健康や、地域の環境保全に直接責任を持つそれぞれの基礎自治体であれば、住民と共に新しい発想で「生活の豊さや環境」を重視した施策を打ち出す事が可能である。

 「それが全国的に拡大していけば、中央政治も変らざるを得ないのです」と竹内市長は断言する。
 環境重視の思想を主張する人は多い。しかしそれを「公約として掲げ」当選を果たし、着々と実績をあげている点において、鎌倉市の挑戦は目が離せない。

3.鎌倉市の実践
 

93年10月に市長に当選した竹内市であるが、当初はそのコンセプトをなかなか理解してもらえなかった。
 市役所の職員や議会からも「環境自治体として何をするのか」という質問を何度も受け、その度に「それは皆さん、一人一人が考えて下さい」と答えてきた。根気良く対話を重ねるうちに、市民や役所の職員の意識が着実に変化してきたと言う。

 具体的には、環境審議会に市民公募の委員を加え、市民参加による「環境基本計画」の策定に着手し、95年4月からは紙類のリサイクルをはじめとした「市役所のエコオフィス化運動」により、半年で紙類は3分の1、生ごみは3分の2削減という実績をあげている。

 96年度から実施に移される「環境基本計画」の中では、世代間の公平、空気、水、音、生態系など18の目標別対策と数値を設定している。

 ごみの発生抑制に関しては、「ものを長く大切に使い、ごみの発生量を2005年までに20%削減する」事を目指し、物の循環利用に関しては「エコマークなど環境にやさしい製品の利用を高めるとともに、排出されたごみの資源化率を2005年までに20%以上にする」という高い目標値を設定している。
 さらに、太陽光発電など新エネルギーへの転換と、省エネルギーによって、市内の一人当たりの買電量を、2005年までに20%削減するという、ユニークな目標もたてている。実際これらの目標値は、ドイツ、デンマークのような環境先進国の取り組みと比べても遜色がないほどの高いレベルに設定してあり、日本国中に大きなインパクトを与えるのではないだろうか。

 異色の市長として、最近では国際会議に招かれる事も多い竹内氏であるが、何よりも日本国内において、鎌倉氏の実践と「環境自治体の思想」がより多くの注目を集めるべきであり、それが日本の環境行政を変える大きなきっかけとなる事を期待せずにはいられない。

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吉田裕美の論考

Thesis

Hiromi Fujisawa

藤沢裕美

第15期

藤沢 裕美

ふじさわ・ひろみ

どんぐり教育研究会 代表

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環境問題 特に環境教育(森のようちえんなど)

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