Thesis
一般にはあまり馴染みのない養護施設。ここで生活する子供たちの進学率は低く、大学進学については一般家庭の5分の1以下である。大学進学をもっと身近な選択肢の一つとして提供するために、我々大人は何をすればいいのか。
◆低い養護施設児童の進学率
現在、日本には約2万6千人の子供たちが養護施設で生活している(平成4年度の厚生省の調査によれば、養護施設で暮す児童(2~18歳)は26,725人)。養護施設は、何らかの事情で親と一緒に生活できない子供たちを家庭に代わって養育する所である。入所の理由は、父母の行方不明4,942人(18.5%)、父母の離婚3,475人(13.0%)、父母の入院3,019人(11.3%)などである。
施設には公立と社会福祉法人など民間団体が運営するものとがある。両者とも費用は国が全国一律に最低基準維持分を負担し、その上に都道府県が地域性を考慮した負担をしている。こうした費用には、一般生活費(食費、衣料費、光熱費、日用品費など)のほか、教育費や施設設備費などが含まれるが、平成7年度は一般生活費として児童1人につき、月額46,230円(国分)が当てられた。ちなみに一般家庭の子供1人当たりの基本養育費(教育費等含まず)は、月額約72,000円(大手保険会社調査)である。
さて、養護施設児童の大学進学率は、平成5年度で4年制大学が2.9%(22人)、短期大学が4.8%(37人)、あわせて7.7%(厚生省と全国養護施設協議会の調査)と、全国平均の40.9%(文部省調査)を大幅に下回っている。同様のことは高校進学についても言え、全国平均が95.3%であるのに対し、養護施設児童は65.8%である。
◆子供たちにかかる精神的、経済的負担
このように養護施設児童の進学率が低いのはなぜだろうか。
東京都中野区にある民間養護施設で30年以上にわたり子供たちの成長を見守ってきた神戸澄雄さん(64歳)は、その理由を次のように語る。「一番の問題は児童それぞれの能力を十分に伸ばせないこと。今の制度では、予算がなく人が足りないため、施設がどんなに頑張っても限界があり、彼らの能力を引き出しきれない。高校の進学率を上げるためには、国が学習指導の制度を作ったり、予算を十分に与えて欲しい。そうすれば大学の進学率も向上するはず」。
一方、実際に養護施設で育った人たちはどう考えているのだろうか。2人に話を聞いてみた。12年前に明治学院大学の2部を卒業した藤井美憲さん(34歳)は、幼い頃から高校卒業まで都内の養護施設で暮し、現在は北海道にある民間養護施設で児童指導員をしている。大学進学にあたって家庭からの支援はなく、奨学金と住み込みの仕事でのりきった。入学当初はそば粉製粉工場で正社員として朝8時から夕方4時まで働いた。しかし、2年後に腰を痛めて2カ月ほど入院してからはマンションの管理人の仕事をして卒業にこぎつけた。
当時の生活で何が辛かったかを尋ねてみた。「何より辛かったのは自分を支えてくれる人がいなかったこと。不安の連続だった。それと、現実的な問題としてお金のことがあった。授業料が払えなくて友達から借りたり、書籍が買えなくて大学の学生金庫から借りたり、やりくりするのが大変だった。経済的に支援してくれる団体があったら、随分助かっただろう」と言う。
もう1人、私が勤務していた養護施設で育ったA君(18歳)に聞いてみた。現在は大手家電メーカーで働いている。高校時代は成績優秀で、成績は常に上位だった。そこで高校1年の時にクラス担任から大学進学を勧められている。本人も進学を目指していたが、3年生になる直前、突然断念してしまった。その理由を「家族の支援が全くない状況で進学しても1人でやっていく自信がない。もし何かあったら……、それを考えると心配で、進学するのが不安になった」と語った。教師や周囲の人間がいろいろとアドバイスしたが、本人の意志は固く就職を選択した。しかし、いまは大学進学を完全に諦めたわけではなく、再チャレンジしたいと考えている。
◆乏しい助成制度
こうしてみると、養護施設の子供たちの進学率が低い原因には、中・高校時代にいかに十分な学力をつけるかという問題はもちろんのことながら、進学するための経済的負担を子供たちがどう克服していくかという問題がある。
この点で、厚生省が今年1月末に出した「養護施設の大学進学児童で家庭復帰を見込めない者は、高校卒業後も引き続き施設で生活してもよい」という特例措置は、同省がそれまで養護施設児童の大学進学に何の支援もしてこなかったことを考えると評価できる。しかしこれはあくまで特例措置で公的支援制度ではない。
また(財)助成財団資料センターの1996年の資料によれば、大学に進学する児童への奨学助成団体は全国に340あるが、養護施設児童のみを対象としたものは1つもない。
このように養護施設児童の大学進学は、経済的支援がない、いざという時に頼りになる人がいないなど経済的ハンディキャップが大きい。それゆえ将来の選択肢が狭められている。
Thesis
Yoshio Kusama
第16期
くさま・よしお
東北福祉大学 特任教授
Mission
福祉。専門は児童福祉。