論考

Thesis

月例報告

1.初めに

 テレビや新聞、雑誌などに福祉に関する記事などが載らない日はないくらい、世間では福 祉を毎日のように、どこかで取り上げたり放送している。今日の某大手新聞も、来る総選 挙の争点は「介護保険」になると掲載している。にもかかわらず、私には福祉に関する世 論が高まっているようには感じられない。なぜなのだろうか。福祉は、当事者以外の人に とっては関係ないものだからか。それとも福祉は、政治家や福祉従事者といった特定の人 だけに任せておけばいいからなのか。この国の将来を考えると不安になってくる。

 福祉分野のなかで最も関心が高く取り上げられているのが、高齢者福祉である。秋の臨時国会で、「介護保険法案」が提出される予定であることからも明らかである。

2.わが国の高齢化の現状

 WTO(世界保健機関)では、全人口に占める65歳以上の率が7%を超えるとき「高 齢社会」と定義している。さらに14%で「高齢化社会」、25%で「超高齢化社会」と 定義している。
 このWTOの基準に日本の「高齢化率」を当てはめてみると、1995 年9月現在の総務庁発表の推計によれば、65歳以上の人口が1821万人で全人口の1 4.5%を占めている。これは、国民の約7人に1人が65歳以上の「高齢者」ということになる数字である。地域別で見ると、すでに30%を超える町村が20以上もある。日本は既に「高齢化社会」を迎えていることになる。

 日本の高齢化は、欧米各国の緩やかな曲線を描いて推移しているのに比べ、医療技術や 保険制度の向上などにより、ここ何十年の短い期間で急激に進んでいる。関係者は、「人 類史上始まって以来のスピードで高齢化が進んでいる」と指摘している。1992年9月 推計の厚生省人口問題研究所発表「日本の将来推計人口」の中位推計によれば、2025 年の65歳以上の実数は3244万人になり、高齢化率は、25.9%となる。なんと国民の約3.8人に1人が高齢者になる「超高齢化社会」が到来する。

3.国の取り組みと現状

 国もこの事態を黙ってみているわけではなく、いろんな施策を展開している。近年、そ の中心になるものが、1989年に大蔵・厚生・自治3大臣合意により策定したゴールド プラン(高齢者保健福祉推進10ヶ年戦略)である。一昨年には、1993年度末に完了 した全国自治体の老人保健福祉計画の集計値が、ゴールドプランの数値を大きく上回った ため、再び大蔵・厚生・自治3大臣合意による新ゴールドプランを策定している。総事業 費は、9兆円を上回る。このプランは、1.利用者本位・2.普遍主義・3.総合サービスの提供・4.地域主義をという基本理念をはじめ、今後取り組むべき施策の基本的枠組を定めている。

 さらに1990年には、老人福祉法が改正されている。また、冒頭でも述べたが、秋の 臨時国会に「介護保険法案」が提出される予定で、高齢化に合わせて国も対応している点 は評価できる。

 しかし、仮に「介護保険法案」が制定されたとしても、高齢化社会への対応が万全かと いうと決してそうではない。高齢者が多くなれば、当然老人福祉施設は今よりさらに必要 になり、また年金や老人医療費は確実に増えていく。いわゆる社会保障費が増大することになり、国家財政を圧迫することが考えられる。平成8年度の社会保障費は、生活保護費 ・社会福祉費・社会保険費・その他の合計は、14兆2879億円である。一般会計に占 める割合は約19%である。しかし、一般歳出は43兆1409億円しかないので、一般 歳出に占める割合は、実に約33%にもなる。また、国債を除いた予算項目では「社会保 障費」が一番多い。今後、高齢化率の増加に伴い、さらに増えることは必至である。

4.高齢者福祉政策の視点

 このような現状に対応していくには、全国民が国や各自治体、地域と一体となって、最重 要課題の1つと位置づけ、早急に取り組んでいかなければならない。
 高齢化社会を乗り切るキーワードは、いくつか考えられるが、私は、その1つが高齢者 の「社会参加」を創出する政策であると思う。前述した国の施策には、各種の社会的サー ビスや保障は盛り込まれているが、高齢者自身による社会参加を促す思想や施策が含まれ ていない。

 日本の企業社会では、就労者の大部分を占めるサラリーマンや公務員の場合、60歳に なれば、いやでも退職しなければならない。引き続き会社に残れる人や、再就職できる人 は、官僚や会社役員、役職者といったごく限られた一部のエリートの人たちだけである。 大多数の人が、60歳を過ぎれば、「定年」という言葉と引き替えに社会との接点が薄く なってしまう。ある意味で「定年者=高齢者」は、社会のお荷物として隔離されてしまう ことになっているのではないか。

 人間は年齢に関係なく社会と何らかの形で関わっていたいという思い(社会参加欲求) を持ち合わせているのではないかだろうか。それが、ある人にとっては、家庭であったり 地域であったり社会であったり、あるいはもう一度働きたいなど百人百様であると思う。
 実際、高齢者の方に退職後に何をしたいですかと尋ねてみると、「今度は、会社に振り回されることなく、自分の能力を生かした仕事をしてみたい」とか「若い人を育てる仕事 をやってみたい」、「まだまだ第一線で働きたい」といった答えが割と多く返ってくる。 このことからも高齢者の社会参加政策を進めていく必要があるといえるのではないか。

 具体的な取り組みの1つとして高齢者の雇用政策(高齢者雇用促進法の制定など)を実 施する。高齢者が、これまで培ってきた人生経験や知識、技術、能力、資源を生かせるよ うな事業などを行った場合(例えば相談業など)、社会に有益な事業内容であれば、ベン チャー支援として国や自治体が、事業資金の一部を負担したり、場所の提供や優遇措置な ど、援助することで、高齢者の雇用の創出を図る。もし、雇用政策がうまく機能すれば、 高齢者が単に面倒みてもらうだけの弱者的立場から、自分も生産活動を通じて社会に役立 っている貢献的立場に変わることになる。

 残念ながら、今の高齢者に対する国の取り組みは、高齢者自身が年金受給や介護費や医 療費などで若い世代に大きな負担をかけさせているという「引け目」を感じさせる政策で あるのではないか。大袈裟に言えば、人間の自尊心や尊厳を軽視した政策にも感じる。

 社会に何らかの形で積極的に関わっていける社会になれば、高齢者自身が第二の人生に 新たな生きる目的を持ち、生活にメリハリも生まれることが期待できる。それが結果とし て病気の予防にも繋がり、健康の増進になる。(波及効果として、老人医療費・年金支給 額・老人福祉施設等の社会保障費の減少が考えられる・・・国民負担率アップの抑制にも 繋がる)

 高齢者が、余生を生き生きと生活している姿は、我々若い世代の老後に希望を与えるこ とになる。
 この様な視点での高齢者福祉も考えられていいのではないだろうか。

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草間吉夫の論考

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Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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