Thesis
虐待を受けて養護施設に入所する子どもが増えている。いま、虐待問題が深刻化している。1980年代からこの問題に対応してきたカナダ・オンタリオ州の児童虐待の取り組みに学ぶ。
○虐待(Abuse)とは
18才未満の子どもに対する大人の不適切な関わりを指し、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、心理的ネグレクト、ネグレクト(無関心・放任)などがその種類である。
○わが国の虐待の現状
1961年の厚生省の調査では、虐待を受けて養護施設に入所した児童が140人(0.4%)と少なかったが、1995年には2,722人(10.6%)に激増した。今では虐待が理由で入所するケースが、親の行方不明・離別・長期入院に次いで多くなっている。
関係者の間では「表面化しないものまで含めると、さらにその数は増え、今後も益々増加するのは間違いない」と指摘している。
行政機関で虐待への対応窓口となるのは、各都道府県に設置されている児童相談所になる。現在、全国175ヶ所に張り巡らされている。実際には「設置数が少ない上、ケースワーカーの数も足りないので、細かく速やかに対応できてないのが実情」と関係者は語る。
子どもの虐待ホットライン(児童虐待防止協会)や子どもの虐待防止センターなど、民間の機関もいくつか存在するが、その数は2ケタにも満たない。
昨年から、トロント市で児童福祉の研究をしている大阪府立大学の許斐(このみ)有助教授は「日本では、子どもの権利よりも親の権利(親権)を優先しているため、子どもが家庭内で虐待されていても、警察や児童相談所といった公的機関が、速やかに子どもを保護することがとても難しい。日本の児童虐待への取り組みは極めて立ち遅れている」と分析している。
○カナダの取り組み
私は、この6月に約1ヶ月間ほど、カナダのトロント市(オンタリオ州)で児童福祉の視察をしてきた。
オンタリオ州メトロポリタン・トロント・CAS(Children’s Aid Society,日本の児童相談所に相当)によれば、1992年の虐待ケースは年間2,553件に上ると報告している。これは年々多くなっている数字だ。カナダで虐待がクローズアップされ出したのは1982年。当時、児童に対する性的虐待が深刻な問題となった。
こういった背景から1984年に児童福祉法が大改正され、名称も「子ども家庭サービス法」(Child and Family Services Act)に変わった。
この法律の特徴の一つは、子どもと親(家庭)それぞれの人権を守るために、裁判所が最終的な判断を下すシステムをつくったことだ。
例えば、子どもが親などから身体的虐待を受けつつあるか、あるいはその恐れがある場合には、関係者は直ちにCASに通告(第68条)しなければならい。もし通告を怠ったりすれば、$1,000までの罰金刑か最大2年の懲役刑に課せられると、この法律で規定している。。
CASでは通報を受けてから5日以内に「オンタリオ州裁判所」に報告しなければならない。そこで子どもの処遇のあり方や親の親権剥奪(Crown ward)や親権一時停止(Society ward)などについて、裁判所の判断を仰ぐことになっている。
子どもと親(大人)が法廷で争えば、当然子どもの方に不利が生じてしまうため、州政府では彼らの立場や人権を立場を守るために、公費で子ども達に弁護士をつける制度を設けている。
州政府運営の子どもの弁護士事務所や、弁護士会で運営している民間の子ども青年法律扶助事務所は、その実施機関だ。前者の事務所のデナ・モーヤル弁護士は、「年間5,000ケースは取り扱う。子どもの最善の利益のために、彼らの意見を代弁することが第一。」と目的・役割を述べる。
また、彼らの意見を裁判所以外で代弁する、コミュニティー・ソーシャル・サービス省直属機関のアドボカシー事務所も設置されている。
「カナダのバックグランドには、すべての人々の権利を尊重する文化があります」とこの事務所のジュディー・フィンレー所長は語る。
カナダでは、子どもの権利を社会的に尊重し、またいくつかの機関を通して保障する法律やシステムが整備されている。
1989年に国連で採択された「児童の権利に関する条約」を、オンタリオ州の「子ども家庭サービス法」は先取りしていると言われている。
○子どもの権利擁護システムを
カナダの児童福祉に詳しい駒沢大学の高橋重宏教授は、「日本では子どもは親の従属物だとする考えが根強い」と前置きしながらも、「子どもを一人の人間として尊重し、権利を認めるシステム作りが大切」と子どもの権利保障の必要性を強く訴えている。
虐待が増加しているわが国では、子どもの人権擁護システム作りが急務であることは言うまでもない。
Thesis
Yoshio Kusama
第16期
くさま・よしお
東北福祉大学 特任教授
Mission
福祉。専門は児童福祉。