論考

Thesis

養護施設への提言1  ~今日からでも出来ること~

1.社会福祉の先駆者

 養護施設が出来て早半世紀。養護施設の原形(育児院・孤児院・感化院)が出来たのは今から溯ること、実に130年近く前のことになる。養護老人ホーム(昔の養老院に相当)とともに養護施設は、日本の福祉の先駆的存在であった。因みに日本で最も古いとされる社会福祉事業は、今から約1500年前の飛鳥時代に聖徳太子が建てた「悲田院」とされている。

2.行政の動き

 1997年は、児童福祉法制定50周年の年に当たる。この節目に当たる今年は、児童福祉業界にとって特別な一年を迎えている。
 厚生大臣の諮問機関は老人保健福祉審議会(会長鳥居泰彦氏)を初めいくつかに分かれている。そのひとつに中央児童福祉審議会(会長江草安彦氏)があり、マスコミ界や学者、あるいは現場の代表者など各界代表21人の委員の手によって、昨年末に厚生大臣に児童福祉法見直しの報告書が手渡された。これを受けて厚生省では報告書をもとに法改正案をまとめて、今国会に提出する動きになっている。

3.養護施設業界の動き

 養護施設業界でも一昨年の2月末に「養護施設の近未来像」という報告書を全国養護施設協議会(全養協)から出した。当時、業界で大きな反響を巻き起こした。
 あれからもう2年が過ぎた。その後、各々の施設においての改革の動きは聞こえてこない。私自身も都内のあるブロックの勉強会に毎月出ているが、改革を前提にしたテーマが勉強会に上がってくる気配は、今のところない。
 また知人の施設職員との会話なかにも改革に関することが話題になることは滅多にない。
 現在、全般的に改革に関しての関心はあまり高くはかんじられず、動きが鈍いというのが率直な私の感想である。

4.世論の関心

 NPO法案や公的介護保険法案が国会で審議されているのを知っている人は多く、私の周りでもしばしば議論することがある。いまの硬直的で画一的な制度を打破する手段としてや、あるいは来るべき超高齢化社会への対応といった緊急性もあることから、これらは新聞やテレビの討論番組にも何度も取り上げられている。当然、人々の関心は高くなる。

 一方、児童福祉法の報道は前述のものより格段に低く、天と地ほどの開きがある。他大手紙に比べて福祉報道に力を入れている大手A新聞でさえ、児童福祉法見直し報告書の報道は2面に、しかも目立たない形でしか取り扱われなかった。

 前述に関する記事は1面で、しかも数回にわたって掲載されていた。この新聞の取り扱いのひとつとってみても大きな違いがあり、とりわけこれが世論の関心の低さの誘因になっているようにかんじる。
 私の周りでも児童福祉法がいつ制定されたのか知る者は少なく、話題になることも皆無に等しい。法学部を卒業した人すら知らない人が多いのではないか。
 いずれにしても、法改正を目指す厚生省や養護施設業界や関係者にとって、世論の低さや知名度の低さは極めて致命的に近いものといえる。

5.入所・退所児童の置かれている現状

 先ほど世論や知名度が低いと述べた。またそれが致命的だとも言った。
 それらにさらに輪をかけるものがある。それは養護施設が一般の方々にあまりにも知れ渡っていないことである。

 政経塾に入塾してちょうど2年が経つ。その間、体験入塾や講演あるいは会社訪問など、様々な職種の方々と出会った。その数2,000人以上にも上る。

 私は決まって「養護施設を知ってますか。」と尋ねている。返ってきた答えに、私はとても驚かされてしまった。いや大変ショックだった。と言うのは大まかではあるがおよそ9割の方々が、「知らない」・「聞いたことがない」・「初めて聞く言葉だ」と答えたからである。なかには「養護学校」とか「養護老人ホーム」に間違われることも度々あった。時には「身体障害者施設」などと勘違いされる方もあった。
この割合は残念ながら政経塾の塾生や塾員においても共通していた。ということは、私が出会った方々においては、ほとんど知られていないということだ。極論すれば、世間でも同じことが言えるのではないか。

 先日もある所で講演した際にも試してみたが、やはり結果は同じであった。
 養護施設に勤めているときは、業界以外の方と交流する機会が限りなくゼロに近かったからか、このようなことを実感としてかんじたことは少なく、考えてもみなかった。しかし、これは私の体験から得られた紛れもない事実である。私は、この事実を厳粛に受け止めたい。
 また、「養護施設業界にも私と同じことがいえる」と、私は多くの関係者と接してきてかんじている。こんなこともある。養護施設が知られていないために起こる誤解や偏見もいろんな形で存在している。

 入所している約9割以上の子どもには、どちらかの親がいる(平成4年度厚生省調査)。私自身もそうだったが、例えば同級生の保護者から「お家はどこ」と聞かれ、「○○学園です」と答えると、帰ってくる言葉のほとんどが、「あらーそうなの...親がいなくて可哀相ね...他の子もそうなんでしょう」とか「えっ、お父さんお母さんがいないの...沈黙...」、聞かれた方がまだ何も喋っていないのに「じゃー兄弟もいないの..」などと言われる事が多かった。子どもごころに傷ついたことを、今でもはっきりと覚えている。
 このようなことを何度も何度も繰り返し経験してくると、答えるのが怖くなってしまう。なぜか...。聞く方に一方的な誤解や偏見があるからだ。

 私の後輩や教え子にも、友人や恋人、婚約者に自分の過去を打ち明けられず、ずっと隠し通している者が多い。それは先ほどの理由と同じだからだ。両親などから「養護施設出身者」というだけで結婚や付き合いを反対されたり、拒否されたりするからだ。私自身も過去にそれに近い経験をしたことがある。
 また、特に中卒の子ども達に見られることだが、就職先を探すときにも、「養護施設出身者」というだけで内定がもらえなかったり、面接をしてもらえなかったりすることが間々起こっている。社会に巣立つ前に、すでに路頭に迷ってしまっている。彼らには非常に厳しい現実が待っている。

6.養護施設への提言1

 なぜこのような状況が今も養護施設のある所無い所で起こり続けるのか。
 答えは極めて簡単だ。それは、施設の存在自体が知られていないことが、その大きな理由である。初めて聞く人や見る人にとっては、養護施設は全く知らない対象なので、自分の想像や印象だけの判断になりやすく、必然的に見方が偏りがちになってしまうのだろうと考えられる。私も普通の家庭で育っていたなら、一般の人と同じ見方をするだろうと思う。

 この解決策は実に簡単である。いわゆる「無知」や「混同」から来る誤解や偏見を広報活動などを通してアピールして、「知名度」を高めることである。
 例えば、今よりももっと外部媒体(回覧版や市報、タウン情報誌など)を積極的に利用するとか、あるいは、養護施設の「プロモーションビデオ」を制作して、それを来訪者に観てもらったり、公共機関に配布したりすることなどが、具体的で現実的な活動として考えられる。予算がなければ国や各自治体へ要請するとか企業や地域住民の方に寄付を募るとか、あるいは528ある養護施設がそれぞれ入所定員に応じて費用を負担するとか、いろいろと創意工夫すれば、出来ることがたくさん見つかる筈である。
 要は、関係者がどれだけ強く問題意識を持てるかと言うことと、如何に「知名度」を上げるかに、どこまで本気で取り組めるかと言うことに懸かっている。その気になれば、今述べたことは、今日すぐにでも実施可能なことである。

 この達成度に反比例して、子供たちが受ける誤解や、私を含め多くの「養護施設出身者」が経験してきた偏見は解消されていくだろう。これは関係者にとっては、正に「使命感」の問われるところである。
 私自身も彼らのためにできる限りの援護射撃をしていきたい。この月例報告を読んで下さった方々にも、是非ともご理解とご協力を切にお願いしたい。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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