論考

Thesis

子どもが大人にもっとも近い国、カナダ

◆カナダに滞在!

「なんでこんなに車イスの人が街にいるの」。
 これがカナダの第一印象だった。日本では考えられない光景だからだ。政経塾に入るまで私は、児童養護施設((以下、養護施設)で働いていた。と言うのは私自身、養護施設で育ち将来、自分も同じ仕事をしてみたいと思ったからだ。現在、全国557ヶ所ある養護施設に暮らす子ども(2~18才)の数は約3万人。親の虐待や離婚、行方不明などで家族と一緒にいられない子どもが生活している。もし、日本と似たことがカナダでも起こった場合、子どもはどこへ行くのか。それは里親かグループホームだ。「出来るだけ家庭に近い形でケアーする」がこの国の考え方だからだ。
 カナダは馴染みのない遠い存在の国だったが、それを私に近づけてくれたのは、日本社会事業大学で子ども家庭福祉論を教えている高橋重宏教授だ。2年半前、私は海外へ行くなら何処がいいでしょうかと教授に相談したことがあった。その時、「それならカナダへ是非行くべきだよ」と強く勧められた。カナダの児童福祉通として知られる人からそう言われると、行ってみたくなるのは人情だ。それから間もなく私はこの地を訪れた。1997年6月のことだ。この時は1ヶ月間トロントに滞在した。1年後、再びこの地に私は戻り4ヶ月余り過ごした。

◆そこで見たものは?

 私は今、家庭に特殊な事情がある子どもと家庭の支援をテーマに国内外で学んでいる。カナダを訪れたのもそれを知りたかったからだ。子どもを社会でどう位置づけているか、それはその国の制度や法律を見れば一目瞭然で分かる。その点カナダは、子どもを大人と同じ一人の人間として見ている国だ。なぜか。子どもの権利が他国に比べ大人と同格に整えられ保障されているからだ。
 たとえばカナダで親が子どもに虐待をした場合どうなるだろうか。親は発見され次第、即刻警察へ連行されるだろう。さらに新聞やテレビでその様子を詳しく報道されて社会的制裁も受けることになる。事実、そうした場面に何度か出会った。カナダで虐待がクローズアップされたのは70年代後半。当時、子どもに対する性的虐待が非常に大きな社会問題となった。こうした事情から84年に児童福祉法が大改正され、その名も「子ども家庭サービス法 (Child and Family ServiceAct) 」と変えられた。
 この法律の特徴の一つは、子どもと親(家庭)それぞれの人権を守るために、裁判所が最終的な判断を下すシステムを作った点だ。たとえば、子どもが親などから身体的虐待を受けつつあるか、あるいはその恐れがある場合には、関係者は直ちにCAS(Children’s Aid Society)に通告しなければならない(第68条)。もし通告を怠れば、1,000C$以下の罰金刑か、最大2年の懲役刑に課せられると法律で規定した。そしてCASは、通告を受けてから5日以内に「オンタリオ州裁判所」に報告しなければならない。そこで子どもの処遇や親の親権剥奪(Crown ward)、あるいは親権一時停止(Society ward)などについて、裁判所の判断を仰ぐことになる。
 しかし、子どもと親(大人)が法廷で争えば当然子どもに不利になりやすい。そのため州政府は公費で子ども達に弁護士をつける制度を設けた。州政府運営の子ども弁護士事務所や、弁護士会で運営されている子ども青年法律扶助事務所などがそうだ。また、親(大人)に比べて子どもは意志表示や状況説明する能力に劣るため、彼らのありのままのや思いや体験を裁判所以外で代弁する機関も設置した。コミュニティー・ソーシャル・サービス省直属のアドボカシーオフィスがそれに当たる。子どもの立場や権利を社会的に尊重し、いくつかの機関を通して保障する法律やシステムを持つカナダを、各国は89年に国連で採択された「子ども権利条約」を先駆けしていたと言うのはこのためだ。

◆日本では…?

 一方、ところ変わって日本はどうなのだろうか。親が子どもを殺すかそれに近いことをしない限り、逮捕はまず有り得ない。家族法で子どもの権利(子権)より親の権利(親権)を強く規定しているからだ。仮に他人が虐待を目撃したとしても、そこへはなかなか立ち入れない。止めに入るものなら、「これは私の家の問題であって、他人からとやかく言われる筋合いはない」と逆に言われるのが落ちだ。それが暴力団だったら報復される危険性さえある。個人が口出しすることは非常に難しい。
 警察やソーシャルワーカーといった公的機関ならばどうか。介入しにくいのが現状だ。親権を親から持ち出されると、それに対抗する法的権限がないため何もする事が出来ない。極端に言えばその子が瀕死状態にまで追い込まれない限り、公的機関はその問題にむやみに手が出せないのだ。近年、我が国でも虐待が問題にされ始めた。97年度に全国の児童相談所に寄せられた虐待の相談件数は、5,352件。90年度に比べると、短期間で5倍も増えた(厚生省調査)。昨年、児童福祉法が50年振りに全面改正され、この問題も重要な審議の一つとして上がったが、家族法や他法との折り合いから手が付けられず、結局見送りとなってしまった。許斐有・駒沢大学教授が指摘した「日本の虐待への取り組みは極めて立ち後れている」は正にその通りだ。子どもは大人と同じ一人の人間。そのヒントは、”子どもが大人にもっとも近い国、カナダ”にありそうだ。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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