論考

Thesis

児童養護施設の知名度アップを

「孤児院」。多くの人が知っている言葉だ。某テレビ局の人気ドラマでも、孤児院が何度も会話の中で使われていたので、どのような子ども達が生活しているのかを想像するのは難しくない。
 だが日本に孤児院は存在しない。なぜか。戦後初の通常国会で児童福祉法成立に伴って、養護施設へと名称が変わったからだ。さらに今年の4月からは児童福祉法改正に伴い、名称が児童養護施設に変更された。半世紀以上も経つのに、なぜ一般には孤児院の方が馴染みがあるのだろうか。その理由はいくつか考えられるが、児童養護施設の前身が孤児院だったことは大きい。また戦後、巷に溢れた戦災孤児や浮浪児、引揚孤児などその対策の中心に当たったのが、この施設だったことも見逃せない。
 しかし、それは昭和30年代後半までの話しだ。それ以降は両親の離別・長期入院・行方不明など、家族間の問題を理由として入所する子ども達がほとんどになった。昔でいう孤児で入所するケースは、厚生省によれば今では極めて稀になったそうだ。

 そもそも児童養護施設とは何か。それは前述のように何らかの理由で親と一緒に生活出来ない子ども達(2歳~18歳)を家庭に代わって養育する所だ。現在、約3万人の子ども達が全国557ヶ所ある児童養護施設で生活をしている。
 家庭の諸事情で前述の施設に育ち、また職員として働いた経験を持つ私が感じることは、ここで生活する子ども達や、そこを巣立った出身者は苦労が絶えないということだ。

 例えばこんなことだ。彼らには片親であっても親が必ずいる。にも関わらず、「両親がいないんですね」と、就職試験などで人事担当者から聞かれてしまうことがあるのだ。これはまだいい方で、ひどい時には「親が居ない人はご遠慮して頂いています」と、断られてしまうこともある。彼らが就職する場合、スムーズに行かないことが起っている。
 それからもっとシビアなのは、一般家庭の人と結婚をする時だ。私の周りでは自分の境遇を隠さなければ、結婚出来なかった人がたくさんいる。施設で育ったことが、相手とその親に知られてしまうと破局に陥りやすいため、そうせざる得なかったのだ。なかには告げた人もいるが、多くは強い反対に会っている。得体の知れない人と自分の子どもを結婚させる訳には行かない、が反対の大きな理由のようだ。

 児童養護施設の子ども達の高校進学率は、平成6年度で71%とかなり低く、全国平均95%を大きく下回る。(全養協と文部省調査)。同様に大進学率も全国平均40.9%よりも遙かに低い7.7%になっている。(平成5年推計)。先ほどの例は氷山のほんの一角に過ぎず、これは日常的に繰り返し起こっているのが現実なのだ。
 私の周りを見ると、”大卒より高卒、高卒より中卒”の人の方が、大変な思いをされている。
 なぜこのようなことになってしまうのだろうか。その答えは簡単で、実態が世間によく知られていないからだ。私が講演を通じて知り合った人の約10人に1人の割合しか知られていない様に思う。無知は誤解や偏見を生みやすい。だとすれば、私達が経験してきたことは当然の成り行きだ。
 それを防ぐためには、地味ではあるが厚生省を初め関係者が知恵を出し合って、知名度のアップに取り組んで行くしかない。例えば施設案内するプロモーションビデオを作成するのはどうだろうか。それを公共機関に置いてもらったり、施設を訪れた人にそれを活用するのだ。今よりはずっと理解が進むはずだ。
 あるいは毎年5月5日は子どもの日だ。この日(週)を使って、全国的なキャンペーンを展開してみるのもどうだろうか。併せて新聞広告で施設の紹介をすれば、さらに効果的かも知れない。知名度のアップに比例して偏見や誤解は確実に少なくなるはずだ。人の生い立ちではなく、その人自身を見てもらえるために、私は同じような境遇を持つ子ども達への支援活動を展開していきたい。

(日本子ども家庭総合研究所嘱託研究員)

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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