論考

Thesis

子ども達の自立支援はこれだ

1997年6月、50年ぶりに全面改正を公布した児童福祉法。そのキーワードとなったものは一体何だったのか。キーワードの具体的支援を提言する。

□ 目玉になったキーワード

 先々月クランクアップしたNHK朝の連続ドラマ「すずらん」は、記憶に新しい。幼少期、主人公・萌が過ごしたのは北海道の孤児院であった。終戦後しばらくは日本各地にあった施設であるが、今では往時を偲ぶ姿はなく「明日萌駅」と同じく消えてしまった。昭和22年に児童福祉法が成立して、家庭に恵まれず親と一緒に生活できない子どもを預かる養護施設へとが変わったからだ。

 養護施設も孤児院と同じくいまは存在しない。昨年4月に施行された改正児童福祉法によって児童養護施設(以下、施設)(注1)へと名称を変えたからだ。それに併わせてそこで生活する子どもの”自立支援”を図ることが、新たな役割な役割として加わった。

 改正されるまでは、預かった子どもを保護し養育することを第一の目的として運営されてきたが、それ以後は子どもの特性や家庭背景などを踏まえた上で、個別の自立支援計画を立てて、それに沿って支援しなければならなくなった。将来、彼らが社会へ巣立つときに、自立した立派な社会人になってもらう必要性が出てきたからだ。児童福祉法に自立支援を明確に規定したのは、今回が初めてだっただけに関係者の注目を集めた。

□ 3つの自立支援

 改正2年目を迎えた。聞けば自立をどのように捉えるか、支援計画をどう立てるかで苦慮している施設は多いそうだ。これまで考えなくても良かったからだ。大島恭二・東洋英和短大助教授(57歳)が示した「経済的自立・生活の自立・精神的自立を通して社会的に自立していくこと」は参考になる。私は親の愛情を知らずに育った。生まれてすぐに施設に預けられたからだ。施設職員になったのは、同じ境遇の子の手助けをしたかったからだ。
 そこで私が考える自立支援は3つだ。一つは前述の大嶋助教授が示した精神的自立の支援だ。子ども達に共通しているのは、どの家庭も何らかの形で崩壊していることだ。「この頃、親から虐待(注2)を受けて施設入所する子が増えている」と言うのは、西宮市内で施設運営している側垣一也さん(48歳)だ。一昨年度、児童相談所に寄せられた虐待の相談や訴えは、5,352件。これは調査を始めた91年度に比べ5倍に相当する。その影響が施設にも及んでいる。東京都の調査では、都内施設にいる子の約6割が被虐待児だそうだ。
 特殊な家庭状況で育ってきた子ども達が、その事実をどれほど正確に知っているのかとても気になるところだ。関係者によれば、「なぜ自分が施設に入ったかをよく知らない子が圧倒的に多い」そうだ。私が関わった子ども達にも同じことが言えた。

 いくつか理由が考えられる。施設に入所するには、児童相談所で一定期間生活することが児童福祉法に定められているが、児童福祉司(注3)からの事実説明はない。では児童相談所から施設に移った場合はどうか。ここでも先ほどと同じである。事実を告知すれば、精神的な動揺が起こり、施設生活と職員との人間関係を築く上で支障を来たす惧れがあるからだ。しかも職員のほとんどは普通の家庭で育っているので、子どもの反発心を買いやすく、返って悪い影響が出てしまう可能性がある。告知することをより困難にしている。子ども達は、施設を出るまでに自分の境遇を正確に知る機会がない。
 それがマイナスに働くことがある。施設を巣立つ春頃、まったく面会に来なかった親が、何の前触れなく突然訪れてくる時だ。その子は親に会えなかった思いが実現した喜びとその反動で、親の言うままの行動を示してしまう。大抵の場合、親元に走って一緒に生活を始めるが、そこで自分が描いていた親と、目の前にいる親の姿のギャップを目の当たりにして驚きそして傷き、ついには親と離れて暮した子どもは少なくない。 親への気持ちがきちんと整理されていないことから起こる一例だ。

 親を一人の人間として冷静に見つめられ、「私は私、あの人はあの人」と思えていれば、このような悲劇は避けられたかも知れない。心の中で親を受け止められる年齢に近づいた頃、その子どもの家庭状況や事実を伝える(テリング)援助が求められる。「私は私、あの人はあの人」と思えることは、精神的自立の出発点だ。施設で暮らす、すべての子に当てはまる課題だ。

 二つ目は様々な体験を積ませる支援だ。子どもが外出する場合、施設では職員の許可が必要だ。夕食までに戻らないといけない。ルールを破ると外出を制限されることさえある。お風呂は自分の好きな時に自由に入れない。「夏の季節は特に困ったよ」と私に言った卒園生は意外と多かった。中学生になれば好きな部活動に入りたい。しかしその時にも制約が付くことがある。高校生ともなると、多くの子がアルバイトに関心を示す。しかし稼いでも自由には使えず、将来に備え貯金に回さないといけない施設が存在する。今ではすっかり定着した携帯電話を手に入れるにも、いちいち職員の許可を取らなければいけない。これらは施設のルールほんの一例だが、何かをする時に超えるハードルは、家庭に比べて想像以上に高い。

 「指示をされないと行動できない子が多くて困っている」と職員研修会で時折話題に上ることがある。しかしこんなにルールが多くなれば、だれだって積極的に生活しようなんて思わないだろう。その原因を作っているのは、実は施設側だと言えなくもない。施設にいる内はそれでも別に構わはない。失敗しても職員がフォローくれるからだ。だが一人立ちした後は、親は当てにできず、しかも法律上、基本的には18歳までしか面倒見られないので、全部自分一人の責任で生活しなければならない。失敗は家庭の子よりも許されないから、彼らの置かれている現状は厳しい。

 人はだれしも様々な経験を経て年を重ね、人間として一回りも二回りも成長して行く。失敗した分だけ人は大きくなれるチャンスがある。そこで、子ども達が社会に出た時につまずかない様、施設にいる間にいろいろな経験ができる環境を提供し、多くの成功と失敗をさせてあげる支援が大切になってくる。実際には失敗させることに臆病になっている施設が多いようだ。しかし豊富な経験をした子どもほど、苦難に強いことを忘れてはならない。

 三つ目は信頼関係の支援だ。今年6月、相互交流を目的にカナダの児童福祉関係者16人(内、13人は施設出身者)を日本へ招聘した。彼らに対して、私が関心を持ったのは自立の秘訣だった。早速、会議で「あなたが挫けずにここまでやれたのは何ですか」と質問した。「私を大事に思ってくれる人がいてくれたことが大きい。つまり尊敬できる人ができたこと。その人は、辛いときや私の人生にあり方にアドバイスをしてくれて、いい影響を与えてくれています」と答えてくれたのは、施設出身者・メイさん(25歳)。尊敬する人に出会って初めて自分を素直に出せ、人生に向き合えるようになったと話す彼女は、この人の影響で将来、カナダ連邦国首相を本気で目指している。その夢を叶えるため現在、トロント大学で法律を学んでいる。

 似たようなことを他にも語った人がいた。幼い頃から高校卒業まで都内の施設で過し、働いて明治学院大学2部を卒業した藤井美憲さん(37歳)だ。埼玉県内の施設に勤務しているが、この仕事を選んだきっかけは、施設時代に出会ったある職員の影響だそうだ。「この人と出会って人生観が180度変わった」と言うほど藤井さんは強く影響を受けた。最も信頼するこの職員とは、今でもお付き合いが続いているそうだ。

 実は私の場合もそうだ。これまで何度か挫折感を味わって来たが、それを何とか乗り切ることができたのは、暖かく迎えてくれた上に絶えず励まし続けて下さった、故遠藤光静老師(日蓮宗僧侶・臨海学園創設者)が側にいてくれたからだ。私が福祉の分野に進んだのも、藤井さんと同じく尊敬する人が深く関わっている。

 「施設の子は人間関係を築くのが苦手」だと指摘されている。仕事を転々とするのは、その影響かも知れない。親に捨てられた思いが人間不信を呼び、心を開くのに抵抗感があるからだ。大人になっても引きずっているのだ。それを解きほぐす一つの回答が、メイや藤井さんの事例なのかも知れない。その人の人生にまで大きく影響力を及ぼす信頼関係は、施設で暮さなければならない子どもほど望まれる支援と言えそうだ。

 今回のカナダ招聘メインプログラムは、自分の生い立ちを語るスピークアウトだった。4人の施設出身者がステージに立った。印象深かった言葉は、「人間は愛情がなければ生きられない」と述べたことだ。4人に共通していたからだ。講演者の一人・ウオリーさん(22歳)は、「愛情の薄い子ほどそれ以上たくさんの愛情が必要だ」と言った。私もまったく同感だ。捨て子の萌が誇りを持って生きられたのは、育て親・次郎が我が子以上の愛情を注いでくれたからだ。これが単なる空想ではないことは、来日したカナダの出身達が証明してくれた。はじめに深い愛情があってこそ様々な自立支援が成り立つことを、我々に教えて彼らは日本を後にした。


草間吉夫/1966年生れ。
東北福祉大学卒業後、児童養護施設に5年間勤務。日本子ども家庭総合研究所嘱託研究員。施設児童の自立支援をテーマに国内外で研究。今年6月カナダの児童福祉関係者(施設出身者も含む)を日本に初めて招聘。8月イギリス視察。世界約20ヶ国訪問し、施設児童と交流する。

参考資料
① 目で見る児童福祉 1999(監修厚生省児童家庭局)
② 世界の児童と母性 VOL.45/1998-10(資生堂社会福祉事業財団)
③ 季刊 児童養護 VOL.28
O.3(全国社会福祉協議会・全養協)
④ 月間福祉 97年6月号(全国社会福祉協議会)
⑤ おとなの子どもへの不適切な関わり(日本子ども家庭総合研究所編)
【注1】日本には26,767人の子ども達が養護施設(556か所)で生活している。(平成10年4月1日現在)児童養護施設は、何らかの事情で親と一緒に生活できない子ども達に代わって養育する所。入所の理由は、父母の行方不明4,942人(18.5%)、父母の離婚3,475人(13.0%)、父母の長期入院3,019人(11.3)等である。(平成4年度養護施設実態調査)

【注2】大人の子どもに対する不適切な関わり。具体的には、身体的虐待・性的虐待・心理的虐待・心理的ネグレクト、ネグレクト(放任、無関心)などがその種類。

【注3】全国174ヶ所ある児童相談所に配置されている職種の一つ。児童の児童福祉施設入所の決定(措置)、児童相談・調査・判定・指導及び児童の一時保護が主な業務内容。

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草間吉夫の論考

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Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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