論考

Thesis

カナダに学ぶ子ども家庭サービス <前編>

□ なぜカナダなのか

◆ある人との出会い

 児童養護施設(以下、養護施設)児童への支援方法を研究していた4年前、私は海外視察先をどこにしよかと悩んでいた。でも困ったことに具体的なアイデアが何も浮かんでこないのだ。なぜか。諸外国の福祉事情をよく知らなかったからだ。ちょうどそんな時だった日本子ども家庭総合研究所で、高橋重宏・駒沢大学教授とお逢いしたのは。
 早速、教授に助言を求めた。どこがいいでしょうかと。「それならカナダへ行きなさい。あそこには、あなたと同じ境遇を持つ人達で構成された団体があるから」。それがカナダを知る最初のきっかけになった。後で紹介させて頂く幾つかの団体は、そこからすべて発展したものだ。

◆カナダとの出会い

 大阪にある「児童養護研究会」の配慮で海外の視察メンバーに私を入れて頂いた。
 前述のメンバーと共に、カナダ・オンタリオ州の子ども家庭サービス施策を学ぶために、トロントを訪れたのは去年の6月だった。
 それまでカナダと言うと、ロッキー山脈とナイアガラの滝がある所ぐらいしか知らなかった私にとって、この国はすごく遠い国に思えた。日本の約27倍と言われる国土は、ロシアに次いで世界第2位の広さだ。ちょっと大き過ぎて想像がつかない。これだけの広大な土地にどれくらい人が住んでいるのだろうか。1997年の国勢調査によれば、3,013万5,942人だそうで、なんと我が国の四分の一以下だ。羨ましい限りだ。
 英語とフランス語の2つを公用語と認めるカナダに滞在中、私は日本の児童相談所に相当するCAS(Children’s Aid Society)を初めグループホーム、裁判所、青少年法律扶助事務所など、20数ヶ所の関係機関からお話を伺った。
 なかでも私の心に深く残ったのは、パークのメンバーとのディスカッションだった。
 なぜなのだろうか。きっと同じ境遇者同士だったからかも知れない。初対面だったが気兼ねすることなく、思うままにお互いの考えを語り合えた。私も初めてなら彼らも日本の施設出身者に会うのは、生まれて初めてだったに違いない。忘れられない出会いとなった。

◆もう一度行きたい

 格別の思い入れがある養護施設。”そこで生活する子ども達に何かしたい”。これは私が政経塾に入塾する前からずっと抱いている思いだ。将来、何らかの形で関わっていきたいと思っている。可能ならばNPOのような形で、彼らに支援出来れば、何も言うことはない。
 でもそのために必要なアイデアや能力、資金といったものを、今の私は持ち合わせていない。それならば、既にそれを実践しているカナダに、もう一度足を運んで一から学んでみたい、そう思い今年の5月から4ヶ月間ほど2つの団体で研修を積んだ。
 以下、研修先であるパークとアドボカシーオフィスついて紹介してみたい。また、それ加えて、インケアーを受けた・受けている人達で組織された団体、ナショナル・ユースインケアー・ネットワークについても併せてご紹介したい。

□ Pape Adolescent Resource Centre

◆パークとは?

 カナダで最も多くの人口を抱える州と言えば、ナイアガラの滝で有名なオンタリオ州だ。現在、約1,133万人がそこで生活しているそうだ(97年)。州都はトロント市。98年1月1日より近隣にあった5つの自治体と合併して誕生した「新トロント市」は、人口430万6300人を擁するメガシティーになった。日常生活のなかで125ヶ国語が使用されているトロント市は、世界で最も多くの民族が共存する国際都市である。
 市の中心地からやや東に位置するPape Adolescent Resource Centreは、青少年資源センターと訳され、通常、頭文字を取ってパークと呼ばれている団体である。市内にある2つのCASが、オンタリオ州政府から予算をもらい共同で設置・運営されている組織だ。そのため完全な独立機関ではない。97年度の予算は30万6千カナダ$。7人のスタッフは皆修士号を持ているが、必ずしもソーシャルワークの資格者ばかりがいるわけではない。この国では最低でも修士号を持っていないと、ソーシャルワークの仕事には就けないそうだ。 パークは、「インケアーを受けている子ども達にさまざまなプログラムを提供し、彼らの自立を促していく」ことを目的に、86年からスタートした取り組みだ。今年で13年目を迎え、昨年一年間で440人の青少年がここを利用した。これは年々増えている数 字だ。CASが青少年の自立に一役買っているのが、オンタリオ州・子ども家庭サービス施策の大きな特色と言える。
 パークの主役はそこを利用するメンバーだ。活動は月曜から金曜までの週5日間。夕方6時に始まり、終わるのはいつも夜の9時過ぎだ。曜日毎に多様なプログラムが用意されていて、16歳から30歳代の若者達が、自分の好みや関心に合わせて自由に参加をしている。参加・不参加は、あくまで本人の意思で好きに選べる。

◆多様なデイリープログラム

 では実際にどのような活動が行われているのだろうか。週の初めである月曜日は、パーク設立2年目からずっと続いている、ニュースレターグループが活動をしている。ここは比較的若い十代がほとんど。2人のスタッフのアドバイスを得ながら、メンバーは自分の生い立ちやバックグランドなどをコンピューターを使って作成し、一つのリポートを完成させる。それは「Youth Edition」と呼ばれ年4回発行されている。そして出来上がったリポートは、CASを初め一般の人達に配られている。彼らは書くことを通して自己表現のスキルアップを図っている。
 翌日の火曜日はビデオグループだ。今年の春から始まったまだ新しいプログラムである。
 かつてインケアーを受けていた28歳のジョージが自らスタッフとなって、ビデオの撮影の仕方や編集のやり方などを、実際に街に繰り出してメンバーの指導に当たっている。
 スタッフとメンバーが同じインケアー同士ということもあり、ジョークがよく飛び交う。
 活動はいつも和気合々のムードだ。運営のすべてを彼に任せ切っている所が、なかなかおもしろく参考になる。

 水曜日は、この組織が出来た当時からあるパークで最も古いプログラム、ネットワークグループが活動をしている。施設長を兼ねるアーウイン氏ともう1人のスタッフがここを担当している。毎回10名以上の参加があるこのグループは、パークのいわば中心的な存在だ。と同時に目玉商品でもある。来年日本に来るメンバーは、ここから選ばれる予定だ。
 このプログラムに参加するメンバーは、利用者のなかでは優等生に入る人ばかりだ。なぜか。そのほとんどが大学生もしくは既に社会的自立をしているからだ。活動は多岐に渡るが、なかでもテレビ・新聞・公共機関等で自分の生い立ちをありのままに語る「スピークアウト」は、その代表的な活動だ。7年前には「スピークアウト」とタイトルが付けられた本を発刊した。メンバーはそこに自らの生育史を赤裸々に書き綴り、当時大きな反響を巻き起こした。
 メンバーの1人であるメイ(24歳)は、その年で最も活躍した若い女性に贈られるYWCA賞に今春選ばれ、テレビで受賞インタビューを受けた。また6月にはチャンネル10のテレビ番組で、政治家と「Children and Youth in the new city」というテーマで対談をした。将来、総理大臣を目指す彼女はパークの期待の星で秘密兵器だ。
 活動はそれだけに留まらない。海外との国際交流も展開している。ハンガリーとジャマイカのユースインケアーとは既に行き来を行っている。こうした活動が注目されたのか、10月7日にはビジョンTVから取材を受けた。
 前述のアーウイン氏は、ネットワークグループに参加するメンバーに望むことが3つあるそうだ。まずうまく自活出来る人になってほしいが一つ目だ。それが出来たら次は、自分の身近な家族やコミュニティーに貢献出来る人になってほしいそうだ。そしてそれもクリアーした人には、社会や国家、世界などに貢献する人となってもらいたい、それが彼の望みだ。既にメイのように社会的評価されるメンバーが、このグループから出てきた。さらに海外交流も始まっている。彼が望んだ方向に、メンバーは確実に少しずつ歩んでいるようだ。
 木曜日は、スモールビジネスを初めリレーション、アウエアーオブチョイス(選択を知る)、ライフスキルなど多くのグループが活動している。前述のスモールビジネスグループでは、女性スタッフと共に多彩なクラフトを作るのが活動の中心になっている。自分で考えて作った数々のクラフトをビジネスに繋げて、出来ればそれで職業自立を可能にしていこうと言うのが、このグループの最終目標だ。
 金曜日はアルコールアビューズ(AA)。ここの正式なスタッフではないが、以前アルコール中毒で苦しんだ経験を持つ女性が、このグループのボランティアを自ら買って出てスタッフになった。自分の体験を織り交ぜながら、お互いの胸の内を語り合うのが活動の基本的な姿勢になっている。そしてこうしたやり取りを通して、心を癒し仲間を作っていこうとするのが、グループの大きなねらいだ。しかし、現在はその女性がリタイヤしたので打ち切りになってしまった。今は、スタッフを捜している最中だそうだ。以上が曜日毎の大まかなプログラム内容だ。

◆スペシャルプログラム

 長期の休みには、これとはまた別の短期プログラムが用意されている。今年の夏休みには何があったのだろうか。「サマープロジェクト」と彼らから呼ばれているものがそれに当たる。もちろん先ほどと同様に参加は本人の気持ち次第。具体的にはどのようなプログラムがあったのか。ユースサービス、スモールビジネス、レクリエーション、リーダーシップ、ゲイとレズビアン、マザーズグループなどだ。
 実際に参加していたのは、15歳から20歳までの若い人達ばかり。しかしたった7人の少ないスタッフでこれらに対応するのは、とても不可能だ。そこである程度社会的に自立していて、しかも彼らのモデルとなり得そうな年上のメンバーを準スタッフとして参画させた。そしてスタッフと共同でこのプログラムを切り盛りさせて、何とか乗り切ることが出来た。準スタッフには報酬として、全国標準のアルバイト代がパークから支払われた。
 準スタッフの彼らが、実際にどのように関わったのか気になりスタッフに尋ねてみた。「メンバーのいいモデルになってくれて、一生懸命頑張ってくれた。何よりスタッフよりも準スタッフのアドバイスをメンバーはよく聞いていた」とのこと。なぜか。”同じ境遇を持っている”からだそうだ。功を奏したこの取り組みは、日本に例えて言うなら、”小さい子の面倒を大きい子が見る”といった感じになるのだろうか。
 「私の知らない可能性を引き出してもらった」と語ってくれたのは、準スタッフのエリザベスだ。サマープロジェクトは、彼女にとって貴重な体験になったにようだ。同様にメンバーにも忘れられない夏休みになったはずだ。メトロポリタントロントCASでは、このユニークなプログラムに目を付け、近い将来、事業計画に盛り込む準備を進めているそうだ。

◆注目を集めるパーク

 これが現在、パークで行われているプログラムと大まかな活動内容だ。高橋重宏教授が放送大学のテレビ講座で紹介していたように、活動を始める前には当番になった人が、25カナダ$の予算内で夕食のメニューを決め、買い出し・調理・後片付けをすることになっている。なぜそれをするのか。それは考える・金銭感覚・調理等を通して、彼らのトータルな自立を図っていくためだからだ。
 彼らに支援をする際、スタッフが心掛けているのは、「人は皆違うのだという理解と、もう一方では共通点もある」という認識に立って接することだそうだ。なぜパークが成功したのかアーウイン氏に聞いてみた。真っ先に挙げた言葉は、彼らの意見に耳を傾けそれを実行に移してきたことだった。もし彼らの考えを無視してやっていたら、今日まで続かなかっただろうと彼は感じている。なぜなら、パークの主役は彼らだからだ。13年前には州に50近く設立された類似団体が、今ではここだけになってしまったそうだ。
 これがそれを顕著に物語っているよとでも、彼は言いたげだった。次に挙げたのは、多重年齢層による指導がうまく機能したこと。さらにもう一つ。メンバーとスタッフのパートナーシップがあったからこそ、様々なプロジェクトが出来たのだそうだ。ここの所を見落とさないでほしいと、力を込めて話していた。続けて彼は、パークで大切にしていることを次のように語ってくれた。「費用対効果そのものよりも、むしろそこに関わる人に対してどう影響を与えたか、ヒューマン・ビーイングを最も優先して考えている」。
 この取り組みが今、オンタリオ州では注目を集めている。世界各地からも視察が後を絶たないのも分かるような気がする。それは、パークがインケアーを受けた・受けている人の自立に果敢にチャレンジしているからだろう。その代価として以上のような発想と取り組みが生まれてくるのだろう。今年の4月に改正された児童福祉法には、自立支援が盛り込まれた。パークには我々が学ぶべきものがたくさんありそうだ。

【参考文献】

①子ども家庭福祉論-子どもと家庭のウエルビーイングの促進-高橋重宏著(財団法人放送大学教育振興会)

②子どもの権利と児童福祉法 – 社会的子育てシステムを考える -許斐有著(信山社)

【参考ビデオ】

① 放送大学・子ども家庭福祉論 - 第14回 カナダの子ども家庭サービス論 -

② NATIONAL YOUTH IN CARE NETWORK ― Coast to Coast ―

【プロフィール】
草間吉夫(くさまよしお)
財団法人松下政経塾 第16期生(4年生)
1966年生まれ。茨城県出身。
私生児で生まれたため生後3日で水戸市の乳児院に預けられる。2歳時に高萩市の児童養護施設「臨海学園」に移り高校卒業まで生活する。東北福祉大学卒業後、5年間ほど児童養護施設に勤務。
現在、同じ境遇の子ども達へ支援する団体設立に向けて活動中。今年5月、2度目のカナダ研修を行う。(4ヶ月間)

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

Mission

福祉。専門は児童福祉。

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