論考

Thesis

子どもたちが自立できる支援を

1998年4月、50年ぶりに全面改正された児童福祉法が施行された。改正の目玉として盛り込まれたのが「自立支援」だ。施行から2年目を迎えたが、法の実行性はどうなっているのか。施設の現状を見ながら具体的支援策を提案する。

今年度上半期に放映されたNHK朝の連続ドラマ「すずらん」は、家庭に恵まれないヒロインが懸命に生きる姿を追ったものだった。ドラマを見た人は記憶にあると思うが、主人公・萌が幼少期を過ごしたのは孤児院だ。孤児院は、戦後、親と一緒に生活できない子どもたちを預かるためにできた施設だが、今は存在しない。昭和22年に成立した児童福祉法によって養護施設と変わり、さらに一昨年改正された児童福祉法で児童養護施設(以下施設)(注1)と改称されたからである。
 しかし、今回取り上げるのはこの名称変更ではない。改正された児童福祉法によって新たな役割として付け加えられた、施設で生活する子どもたちへの「自立支援」についてである。昭和22年来施行されてきた旧児童福祉法は、預かった子どもを保護し養育することを第一の目的においてきたが、改正法では子どもの特性や家庭背景などを踏まえた上で、それぞれの子どもに適した自立支援計画を立て、それを実行することまで盛り込んでいる。このように「自立支援」が明確に規定されたことは、施設を出た後の生活設計、社会への適応など、子どもの将来にまで踏み込んだ配慮を要求したものとして関係者の注目を集めている。

■精神的自立ための三つの支援策

 人間の成長に不可欠な「自立」とその支援があえて明文化されたというのは、いまさらという観がなきにしもあらずだが、まずは前進と受け止めたい。
 では、実際に現場ではどのように対応しているのだろうか。対応に苦慮している施設が多いと聞く。なぜならこれまで「自立」そのものを考える必要がなかったからだ。そこで、東洋英和短期大学の大島恭二助教授(57歳)が示す「経済的自立・生活の自立・精神的自立を通して社会的に自立していくこと」が参考になる。生まれてからずっと施設で過ごし、その後も職員として施設に関わった私自身の経験からもそう感じる。この三つの中でも私が特に重要だと考えるのは、精神的自立の支援だ。以下、この点に絞って三つの支援策を述べる。

 まず一番目は、子どもたち自身が自分の置かれた環境を認識する手助けである。施設にくる子どもたちに共通しているのは、どの家庭も何らかの形で崩壊しているということだ。こうした自分の家庭の現実を子どもたちはどの程度理解しているのだろうか。「なぜ自分が施設に入ったのかよくわかっていない子が圧倒的に多い」というのが関係者の声だ。子どもたちは施設に入る前に児童相談所で児童福祉司(注2)の保護を受けるが、そこに居る理由を説明されることはまずない。それは施設に移っても同様だ。
 どうして子どもたちにそこに居る訳を伝えないのか。最大の理由は、事実を伝えて子どもたちが動揺し、施設生活や職員との関係に支障を来たすかもしれないという懸念だ。しかも職員の多くは普通の家庭で育っているので、子どもの反発を招く惧れもある。つまり、知らせたことによって施設運営に問題が起きては困るというのだ。その結果、子どもたちは自分の境遇を認識できない。
 それがマイナスに働く。施設を巣立つ春、それまでまったく会いに来なかった親が何の前触れなく現れることがある。自分の境遇を正確に認識できていない子は、久しぶりに親に会えた喜びと反動から親の言いなりになる。しかしこうしたケースでその後がうまくいくことは少ない。思い描いていた親と、現実の親とのギャップに打ちのめされるからだ。 しかし、このような悲劇は親を一人の人間として客観視し、「私は私、あの人はあの人」と思えるようになっていれば避けられる。精神的に受け止められる年齢になったら、彼らに置かれた状況を伝える(テリング)援助が求められる。状況認識は精神的自立の出発点だ。

 二つ目は様々な体験を積む機会を提供することだ。施設では様々な制約がある。外出は○時まで、お風呂は何時から何時まで、就寝時間は○時と、ほとんどの行動が制約される。アルバイトや携帯電話の所持にも許可がいる。どこの家庭にも約束事はあるだろう。だがこんなに多くては積極性を育てるのは難しい。
 さらに、こうした規則以上に問題なのは、なんでもすべて職員が決めてしまう施設の体質だ。たとえばキャンプに行くとしよう。日程や場所の決定、キャンプ場の予約、キャンプ地までの経路、キャンプに必要な道具など、実際に行くまでには様々な準備がいる。子どもたちに計画を立てさせることがいい経験になるとは誰も考えるだろう。ところが施設では、多くの場合、計画は職員が立て、子どもたちはそれに従うだけである。勤めていた頃、「指示されないと行動できない子が多い」と職員研修会で話題になることがあったが、これではむしろ指示待ち人間を作っているようなものだ。
 経験がすべてでないにしても人は経験から多くのことを学ぶ。失敗してもサポートしてくれる人間が身近にいる施設にいる間に、できるかぎりいろいろな経験を積む場を提供すべきだ。これはなにも施設に限ったことではない。

 三つ目は信頼関係の構築である。今年6月、相互交流を目的にカナダの児童福祉関係者16人(内13人は施設出身者)を日本へ呼んだ。施設出身者の自立に関心のある私は、早速「あなたが挫けずにここまでやれたのは何ですか」と質問した。施設出身者のメイ・チェン(25歳)さんの答えは「私を大事に思ってくれる人がいたことが大きい。しかもその人は尊敬できる人だった」というものだった。自分を無条件に受け入れてくれ、その上尊敬できる人に出会えたことで、初めて人生に向き合えるようになったという。
 日本の施設出身者からも似たような話を聞いた。埼玉県内の施設で働いている藤井美憲さん(37歳)は幼い頃から高校卒業まで都内の施設で過し、苦学して大学を卒業した。この仕事を選んだきっかけは、施設時代に出会ったある職員の存在だという。「この人と出会って人生観が180度変わった」と言うほど強い影響を受けた。

 実は私の場合も同じだ。これまで何度か挫折感を味わったが、それを何とか乗り切ることができたのは、私を受け入れ励まし続けてくれた人がいたからだ。
 よく「施設の子は人間関係を築くのが苦手だ」といわれる。仕事を転々とするのはその証拠かも知れない。親に捨てられたという根深い人間不信が、容易に他人に心を開かせない。それを解きほぐす一つの回答がメイさんや藤井さんの事例だろう。つまり深い信頼関係で結ばれた人をもつことだ。

 以上、施設で暮す子どもたちの精神的自立を支援する三つの案を述べたが、これらの根底にあるのは、とにかく子どもたちに何があっても彼らを無条件で受け入れてくれる人がいるという絶対的な安心感を与えることである。これは別段、施設で暮す子どもたちだけに限ったことではない。今日、社会問題となっている様々な現象を考えた時、希薄な人間関係、全幅の信頼をおける人間関係の欠如がそこにはあるように感じる。

<注>
(注1)児童養護施設とは、何らかの事情で親と一緒に生活できない子どもたちを養育する所。平成10年4月1日現在、26,767人の子どもたちが児童養護施設(556カ所)で生活している。入所の理由は、父母の行方不明18.5%、父母の離婚13.0%、父母の長期入院11.3%など(平成4年度養護施設実態調査)。
(注2)全国174カ所ある児童相談所に配置されている職種の一つ。児童の児童福祉施設入所の決定(措置)、児童相談・調査・判定・指導及び児童の一時保護が主な業務内容。

<参考資料>
厚生省児童家庭局編『目で見る児童福祉 1999』
『世界の児童と母性』VOL.45/1998-10(財団法人資生堂社会福祉事業団)
『季刊 児童養護』VOL.28/NO.3(全国社会福祉協議会 全養協)
『月刊 福祉』97年6月号(全国社会福祉協議会)

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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