論考

Thesis

SPEAK OUT

イギリスでは、津崎哲雄・佛教大学教授が紹介しているように、「SPEAK OUT」という言葉が正式に出てきたのは77年である(Who Cares? – Young People In Care Speak Out, NBC, 1977/津崎哲雄訳『養護児童の声』1982 )。しかしパークでこの言葉が生まれたのは、ずっと後のことだ。もちろんイギリスの事情など彼らは知る由もなかっただろう。

 70人の参加者を得て開かれた養育者会議が、88年にトロント市であった。パークからも4人のメンバーが、この会議のために出席した。参加者を前にして、4人ともそれぞれに自分が経験した養育者(里親など)に対するイヤな思いや不満を、ここぞとばかりにぶちまけたそうだ。
達の思いを発言するこのような機会が初めてだっただけに、口も滑らかになってしまったのかも知れない。
 それを黙って聞いていた参加者は、目に涙を浮かべる人・怒りの表情を見せる人、頭を抱える人など会場内が重苦しいムードに包まれてしまった。養育者も彼らに負けじと「私達はあなた方の言ったような思いで接してきたのではない」と反撃に出た。お互いの激しいバトルが何度も何度も繰り返されて、会議は大混乱のうちに幕を閉じた。この時点では、だれしもが会議が大失敗したと思ったそうだ。
 しかし、会議が終了した会場の外では、なんと先ほどまでいがみ合っていた4人のメンバーと養育者達が、顔をクシャクシャにしながら互いに強く抱き合っていたのだ。「どんな思いでいたのか」お互いの胸の内を初めて知って感激し合ったそうだ。アーウイン氏によれば、「この会議は決して無駄ではなかった」とのこと。

 後日、メンバーは養育者会議での出来事をパークのニュースレターグループ(News Letter Group)のメンバーに詳しく報告した。その時、その場に居合わせたメンバーの一人が、報告者に向かってこう言葉を投げ掛けたそうだ。「これは、スピークアウトだ」と。これがパークで「SPEAK OUT」という言葉が、最初の出たときのエピソードだそうだ。設立3年目(88年)を迎えていた。しかし、「SPEAK OUT」の考えは、その前の86年設立当時から既にあったそうだ。
 アーウイン氏によれば、パークにおける「SPEAK OUT」は”過程”であって目的ではないそうだ。目標よりも過程が何よりも大切で、スタッフもメンバーもだれもどこに向かって行くのか、さっぱり分からないと考えている。メンバーとスタッフが相互に信頼(パートナーシップ)し、共に歩んでいく姿勢が重要だとのこと。

 パークにおける「SPEAK OUT」の目的は、3つに分かれている。一つ目は、自分の心や思っていることを吐き出すことによって、自分が強くなることだ。実際にメンバーが「SPEAK OUT」をすると、3つのステップを辿るようだ。最初のステップは、泣くことである。初めて自分の過去を人に話すからだろう。「話すことを考えていることに苦痛を感じて涙が出てくる」と経験者は語っている。

 次のステップでは、少し気持ちを和らげて話せるようになる。それを何度も経験すると慣れてきて、客観的に冷静に話せるようになるようだ。これが3つ目のステップだそうだ。彼らがこのようなステップを踏めるには、自由に話せる場が保障されていることが前提であることは言うまでもない。しかし、自分だけ「SPEAK OUT」できただけでは、まだまだ不充分だと彼らは考えている。

 次に大切になってくるのは、グループ化・組織化することである。これが2つ目の目的だ。自分一人だけで、何かを変えていくには力不足だからだ。黒人・女性・マイノリティなど社会的身分の低い人が、声無き声を具体的な”形”にしていくには、組織化なくしてはあり得ないそうだ。当事者の力を結集するためにも、組織化が必要だと彼らは考える。

 3つ目は、聞いてくれる人(場)を探して「SPEAK OUT」することだ。どうやって探すのかをアーウイン氏に尋ねると、次のような答えが返ってきた。「人(グループ)が熟慮して行動していけば、自ずから①何を言いたいか、②だれに対して言いたいかが必ず見えてくる」。この姿勢を堅持にしつつ、とにかく声を外に向かって出していくことが大切とのこと。

 スタッフとメンバーの考えがしばしば一致しないときがある。そのような場合は、スタッフはメンバーの意見をしっかりと聞き、同時にメンバーはスタッフの意見をきちんと聞く姿勢と、お互いの対話をとても大事にしているとのこと。相互の信頼関係を重視しているからだ。これが欠けてしまうと、考えは良くてもうまく機能しないばかりか、いい仕事が出来ないのだそうだ。ネットワークグループのところでも触れたが、メンバーが必要とあれば様々な場で「SPEAK OUT」をしているのを見ると、パークではいい信頼関係が構築されているように感じる。これまでのパークの活動がそれを証明している。
 スモールビジネスグループ(Small Business Group)のスタッフ・デブラ氏は、「SPEAK OUT」を、まずメンバーを尊敬することだと考えている。もしも「SPEAK OUT」を通してパークの売り物にメンバーを利用した場合、それは彼らを尊敬していないのと同じだと彼女はきっぱりと言う。それから多様な意見表明の場を作っていくことが、次に大切だと考えている。パークにはたくさんのグループが存在する。それは、彼女が言ったことを具体的に表した形とも言える。
 長年の「SPEAK OUT」の活動から、思ってもみなかった効果が生まれている。86年にたった1人しかいなかった大学進学者数が、現在では50名にもなったことは、その典型的なケースだ。また、子ども家庭サービス法改正作業においては、州政府からパークにヒアリング依頼があったそうだ。
 また何より「SPEAK OUT」をすることによって、彼ら自身が癒されて自己確立していることも見逃せない。パークに「SPEAK OUT」が存在したお陰で、どれだけのメンバーが救われたかは計り知れない。数え上げれば切がないほど、いろんな形で効果は上がっている。今では、彼らにはなくてはならない機関にまで成長している。

 「SPEAK OUT」だけに留まらず、どうして次から次へと、ユニークな活動がパークでは出て来るのかが不思議でならない。何か秘訣でもあったのだろうか。とても気になり、アーウイン氏にその辺りを聞いてみた。設立当初、どのように運営をすればいいのか、だれもよく分からなかったそうだ。何しろ初めての試みだったからだ。そこでパークでは、一つの本を指南書として選んだそうだ。高校教師だったブラジル人教育学者のパウロ・フレイアー(Paulo Freire)氏が書いた「”Pedagogy of the Oppressed” 1965」(教授法)がそれだった。アーウイン氏を初めデブラ氏など、何人かのスタッフはこの本を持っている。
 そこに書かれていた「Reflecting(熟慮する)とAct(行動する)」の2つの言葉にパークは注目して、それを今日まで忠実に実践してきたそうだ。「この2つは人間だれしも持っている要素であり、それを続けて行けばやがて力になっていく」と、前述の本では教えている。先ほど述べた「SPEAK OUT」の3つ目の目的は、正にこれを実行に移したものだ。これが、パークにおける「SPEAK OUT 」の実際だ。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

Mission

福祉。専門は児童福祉。

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