論考

Thesis

人間の可能性を信じられるかどうか

◆パラリンピック開催
日本中を大感動の渦に巻き込んだ長野オリンピックが大成功のうちに2月22日に閉幕した。続いて行われるているのが、障害者のためのオリンピック、「パラリンピック」だ。3月5日から10日間にわたって、世界32ヶ国(過去最多)から約600人の障害者が、長野・オリンピック会場に集い、5種目32競技で世界の頂点を目指している。聖火ランナーとして参加した人や代表選手の多くは、身体障害者の方が選ばれていた。「パラリンピック」で残念なことは、知的障害者(法的には精神薄弱者)や精神障害者の参加者数が極めて少なかったことだ。今回、日本選手団のなかには8人の知的障害者が参加された。知的障害者がこの大会に参加するのは初めてだそうだ。
WHO(世界保健機構)では、3つのレベルで障害を示している。機能障害(Impairment)・能力低下(Disability)・社会的不利(Handicap)がそれだ。我が国ではどうだろうか。障害者基本法では、次のように障害者を定義している。「身体障害や精神薄弱、そして精神障害があるために長期にわたり、日常生活または社会生活に相当な制限を受ける者」。平成8年に出された厚生白書によれば、身体障害児(者)約295万人・精神薄弱児(者)約39万人・精神障害者約157万人で、その数およそ500万人の障害者が全国にいると報告している。

◆ある施設を訪ねて

渡部弘道・松下政経塾副塾長から紹介され、冷たい雨が降りしきる2月24日午前10時、横浜・新杉田駅から歩いて1分もかからない所にある「ぽこ・あ・ぽこ」という福祉施設を訪ねた。初めて訪問した私を温かく迎えて下さったのは、ここに勤める土師修司さんだ。
「ぽこ・あ・ぽこ」は、神奈川県内の電気・情報機器関連産業に働く10万人の組合員で組織された産業別労働組合、電気連合神奈川地方協議会(以下、地協)を母体とした法人がその運営に当たっている。地協の障害福祉活動の歴史は古く、今から26年も前に既に始まっている。一人の障害のある子どもをもつ組合員の声を受けて出発したのが、そもそもの始まりだ。労働組合が障害福祉活動を組合独自で始めたことは、当時としては全国的に見ても先駆的で、しかも異例の取り組みだったそうだ。
年々活動内容も充実さを増し、1995年3月には神奈川県より社会福祉法人電気神奈川福祉センター(以下、センター)として認可を受けるまで活動が発展した。そして翌年8月からは、知的障害者のための通所授産施設「ぽこ・あ・ぽこ」の運営が始まった。この他にも就労援助センターを始め地域ケアープラザや、行政サービスコーナーなどいくつかの事業をセンターでは手掛けている。国内にある労働組合で、このような形での福祉事業をしている所は皆無だ。各地から見学者が後を絶たない。このセンターの事業の設立に深く関わって来たのが、前述の土師さんだ。現在、常務理事兼センター長として勤務されている。
ラテン語で少しずつ・一歩ずつの意味を持つ「ぽこ・あ・ぽこ」は、専門資格を持ったスタッフが、知的障害者が将来、仕事を通して自立した日常生活を送れるよう、彼らに職業訓練や生活指導をしている所だ。50人の定員に対して、利用者の数は常に満杯だ。待機者が出るほどの利用状況だ。いずれも横浜市内から電車やバスなどを使って通ってくる方々ばかり。
彼らが知的障害になってしまった原因は様々。発育不全や出産後のトラブル、乳幼児期の病気や事故などで、主に大脳の機能の一部に支障が生じていると推測されている。彼らの多くは、難しい文章を読んだり書いたり、あるいは理解したりするのが、とても苦手だ。我が国では、IQ75以下の人を知的障害と判定している。ここに通う知的障害者は、休日を除いて毎朝9時前にはやって来て、夕方4時まで各々のデイ・プログラムに沿った、訓練・指導を受けている。

◆「ぽこ・あ・ぽこ」の新しい挑戦
彼らが働いている4階のフロアーに案内してもらった。100坪ほどの広さだろうか。フロアー全体が彼らの職業訓練場所だ。古くなったコンピューターを解体する所、部品の底にパッキンを貼る所、組み立てをする所といった具合に、いくつかのセクションに分かれている。ここでの作業はすべて地協に加盟する企業からの外注によって賄われている。企業が後ろ盾になっているメリットを生かせるのが、この法人の強みだ。他の法人にはない特色の一つでもある。セクション毎にスタッフが配置され、彼らと一緒に作業をこなしている。手さばきはスタッフより利用者の方がスムーズだ。
見学者(私)が来たからといってよそ見をする人、私語をしている人など誰一人としていないのには驚く。ただ黙々と自分に与えられた仕事を集中して取り組んでいる。緊張感さえ漂う感じだ。繁忙期は残業なくしては納品できないため、スタッフが利用者に無理にお願いすることもあるそうだ。お願いされると利用者の表情が一変するそうだ。そして、その日の作業効率が30%も上がってしまうとのこと。「自分が必要とされていることがうれしいから」がその理由らしい。
利用者が毎日の作業を通して手にする報酬(月額)は、全国平均8千円を大きく上回る3万円だ。ここでの報酬方法は能力と成果の2つから算出されている。遠くから見れば普通の工場と何ら変わりなく映るのも、こうした報酬額の違いから来ているのかも知れない。 彼らのそんな熱心な仕事ぶりに関心して思わず「ここにいる方は、みんな軽度の知的障害者ばかりですか?」と口走ってしまった。私の愚問にもかかわらず土師さんは冷静に答えてくれた。「そんなことはないですよ。最重度の方もいれば、重度の方もたくさんいますよ」と聞き、びっくり。頭が真っ白になってしまった。興奮冷めやらぬ間に、「彼らに存在場所をきちんと創ってあげれば、落ち着くし必ず彼らは成長して行きます。成長する実感を彼らが持ち始めると生きがいを持つようになり、表情も生き生きとしてきます。大事なことはそういう環境を用意することなのです」と続けて述べられた。実践した人ならではの言葉だけに重みが伝わって来る。私の彼らに対する誤った見方を正された感じがした。
センターの取り組みはこれだけに留まらない。これまでこの業界では、”知的障害者は変化に弱い行動特性を持っている”と考えられていた。そして、そのほとんどの施設では、同じ作業を退所するまで続けているのが実情だそうだ。しかし、土師さんの考えは全くその逆だ。「知的障害者は変化に弱い行動特性をもっているという考えは、単なる幻想に過ぎません。いろんな経験をしてこなかったから、彼らは変化に弱いだけなのです」が、その答えだ。
この土師さんの自信に溢れた言葉にはそれなりの理由がある。「ぽこ・あ・ぽこ」では、利用者に同じ作業を3ヶ月以上はさせない指導方針を打ち出し、時期が来れば別のセクションに移動するやり方を採用している。変わりたての頃は、利用者は大変戸惑ってしまうらしいが、しばらくすると慣れて適応するとのこと。そしてその結果、「適応した自分自身に利用者は自信をもつ」のだそうだ。1年半の短期間で、こうした実例を何度も見てきたと、土師さんはそう力強く語ってくれた。彼らには健常者と同じく無限の可能性があるのだと言うことを教わった気がした。
また、指導方針や取り組み方、運営ノウハウなどに、既存の価値観(例えば従来の福祉的な考え方)に囚われない、企業的なセンスのようなものも感じた。

◆可能性を信じる
私を始め多くの人は、彼らに可能性や能力があるはずないと思っているのが、本音ではないだろうか。その典型的な例が、企業(5人以上)における障害者の雇用実態だろう。1993年の調査によれば、雇用総数の85%に当たる34万4千人を身体障害者が占め、知的障害者は6万人という結果が出た。一概には言えないが、知的障害者への理解不足も、この数字に影響を及ぼしているのではないだろうか。「ぽこ・あ・ぽこ」の実践は、我々に意識変革の必要性を教えてくれている。
今、土師さんが一番頭を痛めているのは、企業の国際化・多国籍化に伴って障害者とりわけ知的障害者の雇用の場が減少していることだ。目下の課題は、「新しい雇用の創出と働いている知的障害者のフォローアップシステム」だ。悩む日々が続いている。 障害者雇用促進法が改正され、今年の7月から従業員63人以上の企業は、全従業員の1.6%から1.8%以上の障害者を雇用しなければならなくなった。また、改正されるまでは、法定雇用率のなかに知的障害者は含まれていなかったが、今後は加えなければいけなくもなった。今後に期待が広がる。
知的障害者の可能性を広げることも、彼らが生きがいを感じられるかどうかも、我々の考え方に大きく左右される。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

Mission

福祉。専門は児童福祉。

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