論考

Thesis

カナダに学ぶ子どもの人権擁護

近年、各自治体の児童相談所などへ寄せられる子どもに対する虐待の相談件数が急増している。こうした問題に他国はどのように対応しているのか。80年代からこの問題に積極的に取り組んでいるカナダ・オンタリオ州の姿に学ぶ。

◆オンタリオ州の取り組み

 子どもの人権問題に詳しい大学教授からカナダの児童福祉が進んでいることを聞き、今年の6月、約1カ月間カナダを訪れた。滞在したのはカナダ東部のオンタリオ州トロント市。オンタリオ湖をはさんでアメリカと接している。ここでグループホームや裁判所など20近くの民間・公的機関を見て回った。驚いたのは、どこの施設でも関係者たちが口を揃えて「虐待が多い」と言うことであった。

 日本の児童相談所に相当するメトロポリタン・トロント・CAS(Children’s Aid Society)は、1992年に扱った虐待ケースが2,553件に上ったと報告している。カナダで虐待がクローズアップされ出したのは1982年。当時、児童に対する性的虐待が非常に大きな社会問題となった。こうした事情から84年に児童福祉法が大改正され、その名も「子ども家庭サービス法(Child and Family Services Act)」と変えられた。

 この法律の特徴の一つは、子どもと親(家庭)、それぞれの人権を守るために、裁判所が最終的な判断を下すシステムを作った点である。たとえば、子どもが親などから身体的虐待を受けつつあるか、あるいはその恐れがある場合には、関係者は直ちにCASに通告しなければならない(第68条)。もし通告を怠れば、1,000カナダドル以下の罰金刑か最大2年の懲役刑に課せられると規定されている。そしてCASは、通報を受けてから5日以内に「オンタリオ州裁判所」に報告しなければならない。そこで子どもの処遇や親の親権剥奪(Crown ward)、あるいは親権一時停止(Society ward)などについて、裁判所の判断を仰ぐ。
 しかし、子どもと親(大人)が法廷で争えば、当然子どもの方が不利になりがちである。そのため州政府は公費で子どもたちに弁護士をつける制度を設けた。州政府運営の子どもの弁護士事務所や、弁護士会で運営している民間の子ども青年法律扶助事務所が、その任に当たる。
 前者の弁護士事務所に勤めるデナ・モーヤル弁護士は、「年間5,000ケースは取り扱う。子どもにとっての最善の利益のために彼らの意見を代弁することが第一」と目的・役割を語る。

 また、子どもたちの意見を裁判所以外で代弁する機関として、コミュニティー・ソーシャル・サービス省直属のアドボカシー(代弁)事務所もある。
 所長のジュディー・フィンレーさんは、このように手厚い保護がなされる理由を 「カナダのバックグランドには、すべての人々の権利を尊重する文化があります」と説明する。さらに、子どもの権利を社会的に尊重し、またいくつかの機関を通して保障する法律やシステムも整備されている。
 こうした姿勢が、オンタリオ州の「子ども家庭サービス法」が89年に国連で採択された「児童の権利に関する条約」に先駆けていたと言われる所以である。

◆日本の現状

 日本の虐待への理解は欧米ほど高くない。その背景として人権意識が十分に根づいていないことや、虐待の数が欧米と比較して少ないことなどが挙げられる。
 日本子ども家庭総合研究所(厚生省外郭団体)では、「18才未満の子どもに対する大人の不適切な関わり」を虐待とするガイドラインを昨年春に出した。具体的には身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、心理的ネグレクト、ネグレクト(無関心・放任)などがその種類だ。

 厚生省の調査によると、初めて調査を実施した1990年に児童相談所が受けつけた虐待に関する相談は1,101人で、5年後の95年には2,722人と2.5倍に増えている。また別の調査では、養護施設に入所する理由として「虐待」に該当するものが30年前に比べ6.1%から14.9%に増えている。関係者の間では「表面化しないものまで含めるとさらにその数は増え、今後ますます増えるのは間違いない」と指摘されている。

 行政機関で虐待への対応窓口となるのは、各都道府県に設置されている児童相談所である。現在、全国に175カ所にあるが、関係者たちにとっては「設置数が少なく、ケースワーカーの数も足りないので、細かく速やかに対応できていない」というのが現実である。民間の機関も児童虐待防止協会や子どもの虐待防止センターなどいくつか存在するが、その数は30にも満たない。

 昨年からトロント市で児童福祉の研究をしている大阪府立大学の許斐有助教授は、「日本では子どもの権利よりも親の権利(親権)を優先している。そのため子どもが家庭内で虐待されていても、警察や児童相談所といった公的機関が速やかに子どもを保護することはとても難しい。日本の児童虐待への取り組みは極めて遅れている」と語る。
 カナダの児童福祉に詳しい駒沢大学の高橋重宏教授は、「日本では子どもは親の従属物だとする考えが根強い」と前置きしながら、「だから子どもを一人の人間として尊重し、権利を認めるシステム作りが日本では大切」と子どもの権利保障の必要性を強く訴える。

 虐待が急増している現在、わが国ではなにより子どもの人権擁護システム作りが急務である。


(くさまよしお 1966年生まれ。生後3日で乳児院に預けられ、2歳で養護施設に移り高校卒業まで生活する。
東北福祉大学卒業後、養護施設に5年間勤務。日本子ども家庭総合研究所嘱託研究員。現在、要保護家庭の支援のあり方をテーマに活動中。)

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草間吉夫の論考

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Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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