Thesis
◆ある研修会に参加
澄み切った青空が広がった3月17日、栃木県塩谷郡喜連川にある「ハートピアきつれ川」では2泊3日の予定で、ある研修会が開かれた。「セルフヘルプグループ研修会」がそれだ。
研修会を主催したのは、財団法人全国精神障害者家族会連絡会(以下、全家連)。今回の研修会は、身体障害者や精神障害者、あるいは接触障害者だった方など4人を講師に迎え、自分達の力による自分達の自立支援組織(セルフヘルプ)を如何にして立ち上げ、どのような活動を展開しているのか、直接当事者から話しを聞き、学ぶことを趣旨として開かれた。
当事者達が一同に集まって話し合う、このような企画は、我が国では過去に例がないそうだ。これは注目に値する。幸運にも私は養護施設出身者の立場で、講師として参加させて頂く機会に恵まれた。
会場には、精神障害者や保健婦、心理判定員、指導員、ソーシャルワーカー、など様々な職種を持った約40名が、北は岩手県から南は沖縄県より集まってきていた。特に精神障害を持ちながらも自立している方が、何人も参加されていたのに感激した。それは、この会の趣旨にとても相応しかったからだ。研修を企画・協力し、事務方としてまた講師としても参加をした加藤真規子さんは、ご自身が精神障害者だ。現在、全国精神障害者団体連合会(全精連)の事務局長として、日々多忙な毎日を送っている。
◆「ハートピア喜連川」の取り組み
足利氏の下で城下町として栄えた喜連川町。遠くには雪掛った日光連山や那須の美しい山々が顔を覗かせ、目の前には町を一望するかのように立っている「ハートピアきつれ川」(以下、ハートピア)は、平成8年6月にオープンした。良質な湯泉が上がる温泉付きの鉄筋コンクリート4階建てのお洒落な保養施設だ。
22の客室に最大84人まで宿泊可能な「ハートピア」を運営しているは、前述の全家連(山下利政理事長)。ここは、他の保養施設と一味も二味も違っている。なぜなら、ここでは多くの精神障害者が一般の従業員に混じって働いているからだ。フロントや売店、レストランなどほとんどのセクションで彼らは働いている。
一口に精神障害といっても様々だ。精神保健法では、「精神分裂病、中毒性精神病、精神薄弱、精神病質その他の精神疾患を有する者」を精神障害者と定義している。全国に約157万人(平成5年)にいると厚生白書は報告している。
ちょっと前にこんなことがあったと語るのは、ここに勤める村上・福祉部長だ。「ベットメイキングを担当していたある男性が、明日から接客係をやってみたいけどいいかと言ってきたんです。慣れない部所で、彼が果たしてちゃんと勤まるかどうか、職員は皆不安でたまらなかったのです。随分迷ったんですが、結局、本人の希望を受け入れることにしました。それまで遅刻気味だった勤務態度が、その日からガラっと変わったんです。表情が生き生きし出したんです。お客さんから”ありがとう”と言われるのが、本人にとってとてもうれしく、励みになっているようです。人って何に向いているかは分からないものですね」。
ここで彼らは、健常者と共に働きながら、泊りに来て下さったお客さんとの触れ合いを通して社会復帰を目指している。
スタッフの方は、皆とても親切だった。どの人が精神障害者なのか、職員に教えて頂かなければ私には全く分からない。そんなところが、この施設に全国から数多くの人が足を運ぶ理由の一つかも知れない。
開業してまだ2年足らず。平成8年度(6月~3月の10ヶ間)だけで、12,708人(内、障害者2,032人)が各地から泊りがけで訪れた。日帰り入浴は何と3万人を超えると言う。宿泊稼動率は目下、60%。順調な滑り出しだそうだ。
ここで働いている精神障害者は、「ハートピア」の後に併設されている鉄筋コンクリート3階建ての授産施設(定員50名)から、毎日通って来る。「いつかは社会で働くことを夢見る」方々ばかりだ。併設なので通勤時間は0分と、とても恵まれている。現在、授産施設では16名の入所者に加え16名の通所利用者が生活している。
中を見せて頂いたが、とてもきれいで近代的な建物だ。”施設ぽさ”もあまり感じられない。「遠くから近くから見学者が絶えません」と説明する指導員の言葉にも納得する。前述の村上・福祉部長は、この施設の長も兼任している。
◆誤解していたこと
正直に言って今回、「セルフヘルプグループ研修会」に出ることにかなり抵抗感があった。なぜか。それは、「精神障害」という障害を私はよく知らなかったからだ。また、接した経験も少ないから余計に抵抗があったのかも知れない。どのように接すればいいのか、どういった会話をすればいいのか全くと言っていい程、見当がつかなかった。今から思えば大変失礼だったが、彼らに会うまでは本当に怖かった。
深夜遅くまで何人かの精神障害者の方や身体障害者と酒を酌み交わしながら、いろんな話しをしている内にいつの間にか、抱いていた恐怖感も何処かに飛んでいってしまった。すでに何らかの形で自立している彼らは、普通の人とちっとも変わらないことを実感した。友達と酒を飲んで楽しんでいる感じだ。
その時に、「ただ健常者よりも人間関係が上手く出来ないだけ。安心して話せる人、安心して集まることのできる場があれば、自分達で支え合い、自分のことが見え、自分で人生を選択する力を取り戻し、自身も回復していきます」と私に向かって加藤さんが述べられた。
加藤さんの言葉は、私に「彼らやその実態を健常者が知らないから、多くの誤解や偏見が生まれ、たくさんの悲劇が次から次へと起こってしまう」と言うことも教えてくれた気がした。彼らは健常者よりもちょっとデリケートなだけで後は何も変わらない。加藤さんや「ハートピア」で働く彼らが、それをしっかり証明している。
私が抱いていたような誤解が、社会の中で少しずつ減っていけば、彼らの自立への可能性は無限に広がるはずだ。
それは同時に、「誤解が人(障害者)を傷付ける」悲劇が無くなっていくことにも繋がっていく。
Thesis
Yoshio Kusama
第16期
くさま・よしお
東北福祉大学 特任教授
Mission
福祉。専門は児童福祉。