論考

Thesis

養護施設業界よ立ち上がれ!

1.はじめに

 春は新たな門出の時である。小学校に入学する子や中学から高校に晴れて進学する人、あるいは初めて社会に巣立つ人など様々な形の門出があるのが春である。4つの季節をもつ日本では春は特別な意味を持つ。
 同じように養護施設でもそこで生活する子ども達の人数に比例して、たくさんの門出が待っている。ただ、社会のとは違った形の門出が一つ存在する。

 新学期を直前にして家庭に引き取られる、いわゆる家庭復帰がそれだ。
 この季節は施設にとっては一年のうちで最も慌ただしくなるときだ。なかでも施設(職員)が最も心を砕くのが、中学や高校を卒業して社会へ飛び立とうとしている子ども達の就職だ。

 とりわけ中学卒業した子ども達の就職口を探すのは一苦労どころではなく、二苦労、三苦労が伴う。世間では大学を卒業していても「就職浪人」という言葉があるくらい就職先が見つからない有り様ならば、彼らの就職先を見つける(探し出す方がより的確な表現かもしれない)のは、さらに困難を極めるのは、簡単に思い浮かべて頂けるだろうと思う。
 養護施設の高校進学率は平成5年で65.8%(全国養護施設協議会調査)。高校へ行かなかった、あるいは行けなかった(実は後者の方が多い)子の数は、500人にも上る。
 この春、彼らは厳しい現実社会の一員となっていく。

2.あるテレビ番組の影響

 社会人の仲間入りをしようとしているそんな彼らを、横からしかも大きな力(影響力)で、邪魔しようとした集団がいた。
 それは、昨年の1月から3月にかけてフジテレビが、11回にわたってオンエアーした、「ピュアー」(主演:和久井映見、プロデューサー:栗原美和子)という連続ドラマが、それであった。毎回20%以上の視聴率を取っていた。あるリサーチ会社によると、1%は100万人の視聴者があったと計算するそうだ。とすると、毎回、2000万人以上の方々が「ピュアー」に釘付けにされたということだ。これは、かなり大きなインパクトを残したことになるのではないか。
 そのドラマのなかで、和久井映見のボーイフレンドが「孤児院」(戦前の日本には存在していたが、戦後は存在していない)の出身として描かれていたのである。

 また、今年に入り1月から3月にかけて前述のテレビ局が、11回にわたって「バージンロード」(主演、プロデューサーとも前述と同じ)という連続ドラマをオンエアーした。
 このなかでも前回同様、和久井映見が回を追うごとに惹かれていく男性と、その男性の彼女の出身が、またしても「孤児院」出身として描かれ、何度も会話のなかで使われていた。
 このドラマも毎回の視聴率が20%を超え、こちらも昨年同様に社会的に多くのインパクトを与えたのではないか。
 私自身もこのドラマを実際に観たが、前作よりも話題性があったように思うし、反響の大きさもかんじた。現に何人かの知人にこのドラマを観たかと聞いてみたところ、「(毎週)観てるよ」との答えがほとんどであった。さらに内容についても尋ねてみたが、「今回の方が前よりも情に強く訴えられるな。いいドラマだよ」という答えが多かった。

3.養護施設業界を立ち上がれ

 放送業界では「家なき子」に代表されるように、可能な限り出来るだけ家庭環境や家族関係を複雑に、しかも不遇な内容に仕立て情に訴えるきらいをかんじる。「お涙頂戴モノ」は視聴者に共感されやすく、確実に視聴率が見込めるのだろう。確かに注意してテレビを観てみると、「お涙頂戴モノ」系の番組は視聴率が高い気がする。
 視聴率を稼げれば、たくさんの有力なスポンサーがつく。それはテレビ局としては経営を安定させることを意味するし、願ってもないことだ。しかし、ドラマが社会に与える影響の大きさを考えれば、「たかがドラマ」とは思えないし、思ってはいけない。「されどドラマ」である。
 事実からかけ離れ過ぎたドラマは、放送倫理を逸脱していると言わざるをえない。公共性という観点で考えれば、一考の余地があるのではないだろうか。

 なぜ私がここまでむきになるのかを述べてみたい。
 先ほど述べたように日本には、「孤児院」は遠の昔に存在しただけだ。現在は、「養護施設」に名称が変わって、すでに50年を超えている。変わったのは何も名称ばかりではなく、そこで生活する子ども達の家庭環境も変わった。今では、入所全児童に占める孤児の割合は1割にも満たない(厚生省調査)。

 何も知らない視聴者が前述のドラマを観たなら、日本には全く身寄りのない孤児を受け入れる施設、「孤児院」があるのだなと思ってしまう。もし視聴者の住まいの近くに「養護施設」でもあったりしたならば、極端かもしれないが、「養護施設」の看板があったとしても、それを「孤児院」と思い込んでしまうだろうし、そういう目でついつい見てしまうだろうことは、容易に想像できる。
 それでなくとも「養護施設」の知名度は極めて低いのに、先ほどのようなドラマは、当事者ばかりでなく、関係者にとっても大きな迷惑である。
 一番迷惑や被害を被るのは、これから旅立とうと就職活動をしている子ども達である。実際に相手先から誤解されがちに見られることが多い現状で、このドラマはさらにそれを倍加させてしまう影響力を持つ。そこが、メディアの怖ろしさでもある。

 私が施設の職員を何年間かしてきたなかで、誤解や偏見が基で就職がなかなかきまらなかった子ども達を何度もみてきたことからすると、何とも言いようない複雑な心境になる。
 私は、「バージンロード」がオンエアーされたときに、2つの行動をとった。ひとつは、このドラマの制作をしたフジテレビの担当者に対して、実名で抗議と意見を申し入れをした。担当者に私は、自分自身も施設出身者としてこれまで経験してきたことや、彼らの置かれている厳しい実情を述べ、また、このドラマがもたらす悪影響を伝え、今後このようなことのないようにと再発防止を要請した。

 もう一つは、北は北海道から南は沖縄にある528の養護施設で組織する、全国養護施設協議会(全養協)の副会長(福島一雄氏)宛てに、フジテレビに対して抗議をすべきであると意見などを申し入れた。
 今回の件で、関係者が何か行動をしたとは聞いていないし、話題にもなっていない。しかし果たしてそれでいいのだろうか。

 養護施設は、子ども達のために設立された施設である。そこで働く職員は、彼らが心身ともに健やかに育成されるように導く責務がある。同時に子ども達の人格や存在が脅かされる時には、身を艇にして守りぬく義務と使命も当然ある筈だ。

 養護施設よ怒れ。
 そして彼らのために立ち上がれ。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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