1.学童保育の必要性の背景
核家族化は今に始まったことではなく、ずっと以前からあったものだ。現在では6割を超えていると厚生白書は報告している。さらに夫婦の共働きも今ではすっかり当たり前のように一般化してきた。
また、教育費などに代表される養育費の負担額も年々増加傾向を辿っている。
ある大手保険会社は、「月に約72,000円もの養育費がかかている」と試算結果を発表した。子どもを育てる家庭や社会の環境は大きく様変わりをしてきているようだ。
例えば、両親が共働きをしていて就学前の子どもがいた場合、保育所か幼稚園、あるいは託児所に預けることができる。しかし、もしその子どもが小学生でしかも低学年だった場合、身近に預かってくれる場所(児童クラブ)がなければ、学校から帰ってきても面倒を見てくれる家族は存在しないことになる。
子どもは不安な中で親が帰宅するまで待たなければならないし、親がいないなかでの生活では、心身の健全な成長は望めない。一方、親の方は仕事をしていても、我が子の事が気になってしまい手に付かなくなってしまうだろう。
これでは、精神衛生上良くある筈がなく、夫婦は子育てをどうするかで頭を痛めてしまうのは目に見えている。仮にどちらか一方が仕事を辞め子育てに専念しても、収入が減り家計のやりくりにも影響を及ぼし、家庭生活に支障を来たすことになってしまう。
これは、深刻な悩みとして特に低学年児童を持つ家庭を襲っている実情のほんの一例に過ぎない。
2.国の取り組み
このような現状があるなか、厚生省では児童の健全育成の観点から、平成3年に児童家庭局より「放課後児童対策事業の実施について」の局長通達を出し、支援策を打ち出した。
しかし、これはあくまでも通達であり、法律に明記されていないものであった。
1994年に厚生省が法制化を目指したが、保育制度法案が先送りになったために、学童保育の法制化も合せて先送りとなってしまった。
全国学童保育連絡協議会では、541,242名の署名とともに「学童保育のよりよい法制化を求める要望書」をこの3月、厚生省へ提出した。
6月3日の衆議院本会議では、賛成多数で「児童福祉法等の一部を改正する法律案」が可決成立した。関係者の地道な努力が実り、この法律のなかに初めて「放課後児童健全育成事業に関する事項」が新たな施策として盛り込まれ、一歩前進した。
3.学童保育の設置数と児童数
全国学童保育連絡協議会の調査によれば、1967年では全国で515ヶ所だけだったのが、現在では約8,600ヶ所になった。利用している児童は、およそ24万にも上ると言われている。
4.ゆうゆうクラブ研修
「ゆうゆうクラブ」は、同じ敷地の中に小学校と幼稚園がある目の前に、子ども達をやさしく包むように建っている。それは、海へは徒歩1分で行くことが出来、車を30分も走らせれば、そこはもう福島県になってしまう、茨城県は県北に位置する高萩市にある児童クラブ(学童保育)だ。この事業を始めるに当っては、既存の建物に新たに手を加え、きれいに増改築して立派な施設にした。
環境的にも申し分のないところだ。
先月、私はここで理事長先生や館長のご厚意で2週に亘って研修させて頂く機会に恵まれた。
高萩市では「放課後児童対策事業」を市の新規事業として、この4月より始めた。(この時点では、まだ改正案は成立していない)
社会福祉法人同仁会(理事長遠藤光洋氏)では、市内にあるもう一つの法人とともに、この事業を市から委託を受けて、「学童保育」(ゆうゆうクラブ:館長塩沢幸一氏)を新学期よりスタートさせた。
同仁会ではより多くの市民の方にこの事業を知ってもらおうと、毎月出ている市報やタウン情報誌に掲載してもらった。また、地元の有力新聞の茨城新聞の取材を受けるなどピアールに力を注いだ。
対象となるのは、原則として市内の小学1年生から3年生までの児童で、昼間保護者がいない家庭の児童。定員は40名(当分の間は35名)。応募してきたのは、下は1年生から上は4年生までの男女13人だ。
費用は、月5,000円。(おやつ代、昼食代は別途徴収) 保育時間は、下校時から夕方6時まで。夏休み等の休校日は、午前8時30分から午後6時までと長くなる。
13人の子ども達は昨年までは放課後になるとまっしぐらに自宅帰っていたのが、この春からは、それぞれの時間割に沿ってここへ集まってくるようになった。
帰る家が一つ増えたわけだ。学年が小さくなるに従って早く来るようである。
「先生、ただいまあー」と、どの子も元気な声で駆け込んでくる様を見てると、「ここへ来るのが楽しみなんだなあ」とかんじる。
スタッフは館長、専属スタッフ2名とパート1名の4人。
「夏休みは時間が長くなるだけでなく、その期間だけの子どもも加わる予定なので、丸々一日の保育に体力がついていけるかどうか、スタッフ一同本当に心配で心配で。どうやって40日を過ごさせるか今から考えている」とあるスタッフが打ち明けてくれた。
すでに今から一日の過ごし方やキャンプ・花火大会・バーベキュー行事など、具体的なプログラムをスタッフ全員で知恵を出し合っている。
「何かいいアイデアがあれば教えて下さい。それから夏休みは人手が要ります。時間があればボランティアに来てもらえませんか」と直々に館長から協力を要請されりもした。
国のこの事業に関する実施要綱では、20人から35人の児童数で1組織と考えており、スタッフの配置は1人となっている。
同仁会では県や市の補助に加え、法人内部で職員が他の業務と兼任して人員配置のやりくりをして、何とか4人のスタッフを確保した。
私は実際に研修してみて、子ども5人に対して最低1人のスタッフは必要であるとかんじた。と言うのは、学童保育は教科を教える学校とは違い、あくまで子ども達を預かって面倒を見る生活施設だからだ。つまり、保育園の学童版だからだ。
子どもの数が多くなってもそれに比例してスタッフが増えなければ、責任上から管理的な保育にならざるを得ない。そこでは、生活の場としての保育からは程遠いものとなってしまう。
「スタッフ数の増加は願ってもない要望」と館長が言うように、人員配置基準の問題は、学童保育にとって大きな課題の一つとなっている。
まだ始まって2ヶ月しか経っていないためか、スタッフは子どもとの関係作りや環境作りを毎日試行錯誤しながら一生懸命に取り組んでいる様子が、一緒にかけっこしている姿や、ピアノを指導している後ろ姿などから伝わってくる。
子ども達の方も「○○先生」、「先生、先生」と大きな声でスタッフの取り合い合戦を毎日繰り広げていた。喧嘩になることは日常茶飯事だ。
表情は子どももスタッフも共に明るい。皆なでゼロから”形”を作り上げていく喜びをかんじ合っているように、私には映った。 ここでは、車での送迎はなく保護者が迎えに来て
いる。それまで子ども達は、晴れた日には隣の小学校のグランドでバスケットをしたり、サッカーをしたりと屋外で過ごすことが多い。私も彼らに混ざって動いたので、毎日汗だくで大変疲れた。
「この仕事は体力勝負ですよ」とスタッフは実感を込めて私に教えてくれた。雨が降れば室内で本を読んだり、トランプをしたりして過ごす。室内だからって静かに過ごすのかっと思ったら大間違い。大きな声を出して遊んでいるのがあちこちから聞こえて来る。
5時を廻った頃から、仕事帰りに立ち寄る保護者が、自分の子どもを引き取って行く。一人帰りまた一人帰りと、6時になればもうほとんどの子が帰宅している。
スタッフは5時頃から後片付けや掃除を子ども達と一緒に始める。気持ちよく手伝ってくれる子もいるが、なかには知らん顔の子もいる。スタッフは、「これどかすの大変だからちょっと手を貸してくれる」など声の掛け方やタイミングに創意工夫しながら、一緒に掃除しようとしている姿が目に焼き付いている。
子ども達同士で遊ぶ時間が意外と少ない。スタッフである大人と遊びたがる場面が多く見られたのも印象的な光景だ。
もっと驚いたのは、小学生にもなる子ども達のほとんどが、スタッフに抱っこしてもらったり、おんぶしてもらったり、あるいは背中に乗っかてきたりして、甘えながらスキンシップを求めてくることだった。
スタッフに理由を聞いたところ、「家庭の中では親と一緒にいるのでしょうが、親と直接触れ合うスキンシップが足りないのかも知れませんね」と答えて下さった。
一緒に遊んでいて元気な子が多いのに驚き、「ここのお子さんは元気ですね」と感想を漏らしたら、「個性の強い子が集まっった気がしますね。子ども達を見ていて、私たちの時代よりも個性豊かな子が多い気がします」と教えて下さった。 「ゆうゆうクラブ」は、いま始まったばかりだ。当然、課題も多いはずだ。その辺の所を最終日に館長に尋ねてみた。
「制度や予算とか職員配置の問題や子どもの過ごさせ方など、課題はたくさんあるが、今はそんなこと言ってられる余裕はない。まだ始まったばかりで、何とも言えないのが正直なところ。とにかく今は、一日一日が勝負。何もないんだから積み重ねて実績を作っていくしかない」と語り、これから作り上げていこうとする意気込みが伝わってきた。
少子化が進行する今日、子育てと仕事が両立できる支援体制が叫ばれるなか、学童保育が担う役割は大きい。ますます児童福祉の柱として注目されるだろう。
「ゆうゆうクラブ」が地域のなかで根を張る日もそう遠くはない。
最後に、今回の研修を快く引き受けて下さった理事長先生初め館長並びにスタッフの皆さんに心から感謝したい。