論考

Thesis

まちづくりは路面電車とともに

ヨーロッパに始まるLRTと呼ばれる新型路面電車が注目を集めている。環境にやさしいだけでなく、福祉や地域の活性化にも効果的だ。LRTにみられる複眼の視点が、今地域にもとめられている。

◆フライブルグの交通政策

 環境首都とも呼ばれる、ドイツ・フライブルグ市。人口20万人のうち10%以上を学生が占める学園都市であり、シュバルツヴァルト(黒い森)から湧き出る冷たい疎水が流れる、美しい観光都市でもある。昨秋、市の環境保護局長に会うために知人とこのまちを訪れた。
 局長との待ち合わせ場所は、壮麗なドイツ・ゴシックのなかでも極めつけの美しさを誇る大聖堂。高さ116メートルにそびえる尖塔が遠くに見えたとき、突然車が止まった。「待ち合わせの時間まであと5分しかないので、ここから走ってください!」 渋滞しているわけでもないのに何故? 不思議に思いながら手早く荷物をまとめて降りる。そこがフライブルグの旧市街への入り口だった。
 町の中心部では一般車両の乗り入れ制限が行われている。1979年には旧市街地に歩行者ゾーンが設定され、公共交通機関と自転車の利用を促進する方針が打ち出された。フライブルグ中央駅を跨ぐ陸橋も、自動車は通行止めだ。線路を越えて市内を東西に車で移動しようとすると、大変な遠回りを強いられる。
 自動車の代わりに市内輸送の主力となっているのがLRT(Light Railway Transit=新型路面電車)だ。フライブルグではLRTを中心にしたまちづくりに取り組んでいる。

◆環境対策からまちづくりの中心へ

 なぜ LRTを公共交通機関の軸に据えてきたのか、局長に尋ねた。
 山脈に囲まれた地形の為、市周辺には付近の高速道路やフランスの工場地帯からの排気ガス・排煙が滞留しやすい。そこから酸性雨が発生し、まちの象徴である黒い森が枯死し始めた。同じ時期に原発建設計画への反対運動が起き、多くの環境NGOが設立されたこと、市民に「いつも自然と結びついている」という気持ちを大切にする気風があること、いくつかの要素が重なって、環境優先のまちづくりが始まった。LRTを推進したのも当初は「環境」からだった。しかしそれがまちづくりに思わぬ効果をもたらした。LRTにはまち活性化させる力があったのだ。
 フライブルグの住民にとってLRTに乗ることは、生活の一部だ。中央駅で列車を降りた客は、そのまま陸橋上の停留場からLRTに乗ることができる。市内を網の目のように走るLRTには犬も乗っている。自転車を持ち込むこともできる。最新型の低床式の車両は、道路面との段差が約25cm。停留所からは、車椅子の人が介添えなしで乗り降りできる。食料品を山積みにした買い物車を、楽々と車両に乗せている老婦人にも会った。通勤通学の足はいうに及ばず、朝市に出かける人も、深夜コンサートの帰りに一杯引っかけて帰る人もいる。早朝から深夜まで、誰にでも安心して使える公共交通の存在に保たれている文化がそこにはある。

◆LRTは都市の複合政策の中で復権する

 日本は今、高齢化・福祉・環境・教育・経済と多くの分野で問題を抱え、しかもそれが複合化・複雑化している。これらの課題を解消するためには、従来のように一つひとつの政策について独立で考えるのではなく、都市というシステムを総合的に捉える目、複眼の視点を導入する必要がある。
 LRTは環境にやさしく公共交通システムとして優れているだけでなく、都市の空洞化の解消、バリアフリーの実現、景観の向上、文化の創造などに貢献している。いままで別個のものとして捉えられてきたいくつもの問題を結びつける触媒のような力を持っている。
 もちろん、導入に当たって課題もたくさんある。 バスやタクシー業界との調整も大変だ。住民が便利な自家用車の規制に簡単に賛成するとも思えない。しかし、これらを乗り越えて導入する価値がLRTにはある。昭和30年代に、渋滞を巻き起こすからとの理由で路面電車が次々に廃止されて以来、日本の域内交通網を支えてきたのは、確かにバスやタクシーだ。しかし、これらの交通機関は交通システムとして機能するだけで、都市の中でそれ以上の役割を果たすことはないのだ。
 複眼の視点からのLRTの導入は、都市が変わろうとする意欲を測る指標になるだろう。地方分権の時代、都市の生き残りをかけて行政に求められているのは、縦割りの単眼的な思考法から部局を越えた複眼的な思考法への転換だ。
 都市の複合的施策の中でLRTが生かされ、そして、LRTが地方都市を復権させる時代がすぐそこまでやってきている。


(くりたたく 1969年生まれ。千葉大学園芸学部造園学科卒。地域と人との関わり合い方を生態学からのアナロジーとして捉え、まちづくりに応用しようと活動中。)

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栗田拓の論考

Thesis

Taku Kurita

栗田拓

第16期

栗田 拓

くりた・たく

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まちづくり 経営 人材育成

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