論考

Thesis

首長よ、経営者をめざせ!

「地域経営」という言葉を目にする機会が増えた。自治体も本格的な競争の時代に入り、民間企業並の経営感覚を要求され始めている。21世紀の自治体のキーワードとなる「地域経営」。そのあり方を群馬県太田市に探った。

群馬県太田市は人口14万4千人。外国人労働者の割合がやや高いことを除けば、どこにでもある普通の地方都市だ。ところがいまこの町が行政関係者の注目を集めている。全国に先がけて実施した行政審査制度のためだ。
 太田市の行政審査制度は、政令指定都市に義務づけられている外部監査制度と同様、市民が行政の監視を行う仕組みである。特筆すべきは、調査の対象を財務監査から行政業務全体に広げたこと、また制度作りから実際の審査までの全てを市民の手で行ったことだ。仕組みは次のようになっている。

 まず市民は、行政の仕事で問題だと思われる点を審査事項として応募する。次に市民からの公募により「行政審査事項選定委員会」が組織され、この組織が寄せられた応募事項の中から、実際に審査すべき事項を選定する。この選定された審査事項について、市と委託契約を結んだ外部団体の「太田市行政審査委員会」が審査を行い、結果を市民に公表し、市政に反映させる。
 この制度で鍵になるのが、行政審査委員会だ。この仕組みが適切に機能し、行政の公正化、効率化が図られるかどうかは、行政審査委員会が市民の信頼に値する中立公正な審査活動を行えるかどうかにかかっている。
 初年度の98年度の行政委員会は、公認会計士、弁護士、青年会議所理事長、民間企業経営者などからなる5人で構成された。彼らが最初にやったのは、無報酬での審査を宣言することだった。「報酬をもらうと言いたいことも言えなくなる」からである。「あくまでも市民の立場」での活動にこだわった委員たちは、仕事の合間合間に十数回、延べ50時間以上にも及ぶ調査を行い、3つの審査項目について初年度の調査報告書をまとめた。
 基本の制度作りからこの仕事に関わり、初年度の審査委員長を務めた公認会計士の服部政美さんは、当時を振り返ってこう語った。
 「市民のための役所であるかどうかを常に念頭に置いて審査してきました。調査で苦労したのは、資料集めとヒアリング調査です。市役所には、県や国に向けた資料はたくさんあるのですが、市民が欲しい資料やデータ、民間なら当然あって然るべきものがありませんでした。ヒアリングも当初各担当課長にしていたのですが、答弁慣れしているせいか、どうも本質が見えてこない。直接業務に関わっている係長以下に対象を切り替えて、やっと作業が進むようになりました」。
 行政審査制度は審査項目以外の行政の仕事の引き締めにも効果がある、というのは、市役所側の制度の担当者だ。
 「それまでの業務の進め方は、前任者から引き継いだ業務をただそのままこなしていくだけのものでした。委員の方々から『どうしてこういう書類がないのか』と聞かれて、職員も自分の頭で書類の作り方や事業のあり方を考えるようになってきました。行政審査の作業の中で市役所が変わってきています」。
 太田市の行政審査制度は、市民にとっても市役所にとっても良い効果をもたらしたようだ。しかしここでひとつ疑問が起きる。行政審査制度は全国初とはいえ、他都市でも大枠で似たような市民オンブズマン制度や外部監査制度が導入されている。なぜ太田市では制度が上手く機能し、注目を浴びているのか。

 理由はトップの姿勢にある。清水聖義市長(56)だ。平成7年に、豪華すぎる市役所新庁舎建設の必要性に疑問を投げかけて初当選して以来、市長の理念は「市役所は最大のサービス産業、市民は株主。株主に最大の配当をすべきである」で貫かれている。「サービス産業としての自治体が目指すのは顧客満足度の上昇。そのための指標として、ISO9000シリーズ(事業所の品質管理システムに対する国際的品質保証システム)の取得も検討している」と熱っぽく語る。市長は、市民へのアカウンタビリティ(説明責任)を行政運営の根本とする方針を打ち出している。そして、その顧客満足度の上昇を図るための具体的な施策のひとつが、“市民の審査を受けることで、市の行政運営の透明化、公平性を確保する制度”つまり、行政審査制度だった。制度作りの段階から市民の手に任せたのも、そういった姿勢の表れだった。
 さらにアカウンタビリティに実効性を持たせるために、「公文書等開示・不開示整理要綱」を規定した。これにより、審査委員が審査をする際、市は「不開示文書として定められているもの以外の全ての文書等について提示するように、積極的に協力しなければならない」ということになった。

 説明責任を果たすことは情報公開から。その思想は、情報公開の基本であるファイリング・システムにまで及んだ。幸い太田市では、平成6年度から将来の新庁舎への移転を睨んで、ファイリング・システムの導入を行っていた。これに加えて全ての公文書に、開示・非開示・一部不開示の指定が行われた。市民からの問い合わせがあった場合に、即座にその文書がどこにあるか調べられる機能的なファイリングが、市民に開かれたわかりやすい行政の大前提というわけである。
 積極的に市政に参加する市民、それに応える行政、そして方向性を明確に示す市長。この三位一体の活動が、太田市を地方行革のトップランナーに押し上げようとしている。
 しばらく前まで、国の行財政改革の話題がマスコミを賑わせていたが、本当に深刻なのは地方である。中途半端な地方分権のために、地方にとって本当に苦しい時代がやってくる。財源の確保はますます難しくなる。その一方で、介護保険に代表されるような基礎自治体が直接行わなければならない公共サービスは、仕事量・コスト共に増加していく。
 さらにこれからの行政は、事務事業の多くの面で市場化を迫られ、NPOや民間企業との競争を余儀なくされる。当然、企画部の強化、シンクタンク機能の強化が要求されるようになる。
 つまり、コストの増加が見込まれる中で、自治体同士や民間企業との激しい競争に勝っていかなければならないのがこれからの自治体なのだ。

 この“自治体受難の時代”を乗り切るために必要なことが二つある。一つ目は「企業に学ぶ」ことだ。企業は合併やリストラによって徹底的な経営効率のアップを図り、国際的な競争力を取り戻そうとしている。企業の持つ経営理念や経営戦略に学び、「自治体は、その存在の最大の目的である顧客(住民)満足度の向上のために、健全かつ効率的に経営されるべきだ」という経営理念を持たなくてはならない。そして、行財政改革により戦略的に戦える足場を固める必要がある。
 もう一つは「住民に学ぶ」ことだ。競争の時代に生き残るためには、国際標準へ対応し、自らの組織改革を行うことが必要だ。住民は生活の現場である地域のことをよく知っている。さらにインターネットや海外旅行を通じ、行政職員よりも諸外国の様々な事例や地域に精通した住民もたくさんいる。こうした知識も力もある住民が、ある時はプランナーとして、ある時は行政運営への監視人として参加すればこれほど心強いことはない。

 21世紀の自治体は、ISOなどに示されている組織体として果たすべきグローバルな基準をクリアしなければならないと同時に、その地域固有のローカルな条件に対応し、独自の地域経営を行うことの両面が要求される。いわば、個々の自治体にはグローカル・スタンダードの追求が求められているのであり、そのためには、地域に生きる住民自身の地域経営への参加が不可欠といえる。
 政治・経済・教育をはじめとするありとあらゆる分野で日本型システムのあり方を見直す動きが本格化していくなかで、もう自治体だけが安穏としてはいられない。地域がその持てる財産(ヒト・モノ・カネ・情報)を総動員しての闘いに入る日は、そう遠くはない。

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栗田拓の論考

Thesis

Taku Kurita

栗田拓

第16期

栗田 拓

くりた・たく

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まちづくり 経営 人材育成

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