論考

Thesis

空間からヒトへ、ヒトから空間へ

空間(外部環境)とヒト(内部環境)との間には、常に影響を与えあう相互作用があり、ヒトが変わることによってヒトを取り巻く世界が変わり、世界が変わることによって、ヒトに大きな変化がもたらされる。
 南米のインディオや仏教にも見られるこの哲理が、cell cityの根本にある。cell cityとは、都市空間におけるハードインフラ、ソフトインフラそしてミーム(リチャードドーキンスによって提唱された、文化の遺伝子という考え方)の中に、このような相互作用の仕組みを利用して、ある仕掛け(もの)を埋め込み、ヒトという存在に変革をもたらせようとする試みに他ならない。この仕掛けとは、あるときは、心安らぐ家であったり、またあるときはブランド効果(コマーシャリズム)であったり法律であったりする。(家の間取りと動線の取り方で、家庭内暴力の発生率や高齢者の寝たきり率が変わってくるのは住居学の基本である。ブランド効果や法律が個人のライフスタイルや考え方に影響を及ぼす例も(効果の多少・効用のあり方はともかくとして)数多い。)
 これらの仕掛けの中には、利益追求の過程や日常の中から自然に発生してきたものと、ある環境、空間、社会、風俗などの実現をめざし、意図的にコンセプトをもって作り出されたものがある。

 cell cityの場合は、“生物としての人間”というコンセプトで仕掛けを作ろうとしているが、“もっと、ヒトはやさしく親切になっても良いのでは”という価値観に基づいて作られた仕掛けの例が、先週のAERAに紹介されていた。ヘブンズパスポートである。
 このヘブンズパスポートは、徳島の青年によって作られた。おまじない好きの女子高生の特質を掴んだアイテムだ。
 まず、本物のパスポートに似せて作られたノートに願い事をひとつ書く。それから、どんな小さなことでもいいから、“良いこと”をし、そのたびにノートに記録していく。“良いこと”が100個たまったら、願い事が叶うという仕掛け。否定的な報道もあるが、ミームとしてうまく機能している。
 「進んで良いことをするのはかっこ悪いという風潮」の外部環境の中に、「ヘブンズパスポート=願い事をかなえる為に良いことをする習慣を身につける=かっこいい」という仕掛けを放り込み、「進んで良いことをする勇気を持った少女」を作り出している。

 空間とヒトとの相互作用を研究し、それを語学の修得に役立てている組織もある。言語交流研究所(ヒッポファミリークラブ)だ。言語交流研究所では、言葉を人間の内なる現象として捉え、文字、振動、音声、記紀、物理学など様々な角度から、言葉、人間、環境、を科学している。その語学修得の実践部門であるヒッポファミリークラブでは、7~15カ国語を同時学習している。その方法論は、「赤ん坊は言葉を自然習得するものであり、多言語の環境を身の回りに作り出すことによって、多言語が自然習得できる」という考え方に基づいている。
 多言語の環境は、多言語のテープを毎日聞くことと、ファミリーと呼ばれる集まりによって作られる。ファミリーでは、テープから聞こえてきた音やリズムを、お互いに投げかけあったり、言葉に関して身近に起きた体験談を話しあったりする。(ここでのヒッポファミリークラブに関する説明はかなり省略してあるが、その方法論、考え方には、参考になるものが多い。全体と部分に関する話や、人間観に関する話など、興味のある方には、多言語習得の小冊子を一読することをお薦めする。)
 ひとつひとつの仕掛けを効果的に働かせるのもなかなか大変な仕事だが、複数の仕掛けをあるコンセプトにそって統合し、しかも都市という広域の空間レベルで動かそうとなると、とても尋常な話ではなくなる。cell cityの理想像はそこにあるのだが・・・


(蛇足1:civic system engineer という職業表記はどんなもんだろうか?)
(蛇足2:部分と全体についてのコメントがいただけたら、ありがたいです)

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栗田拓の論考

Thesis

Taku Kurita

栗田拓

第16期

栗田 拓

くりた・たく

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まちづくり 経営 人材育成

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