論考

Thesis

地域コミュニティの自治とふたつの事件

最近気になったニュースがふたつある。
 ひとつめは、和歌山の毒入りカレー事件のその後。もう一つは、茨城県三和町のオウム真理教信者の転入問題だ。

 和歌山のニュースは、検察が事件の動機を、 「普段から近所との折り合いが悪かった被疑者が、当日、夏祭りの準備に遅れたことをなじられ、恨みに思い、犯行に及んだ」 と判断したと報じていた。

 三和町のニュースは、役場が違法を承知の上でオウム真理教信者の転入を拒絶、「法律を字句通りに守ることしかできない地方行政」「住民不在の行政」というレッテルを果敢にも覆して見せたものだった。

 地方自治の視点から見たとき、これらのニュースは我々に古くて新しい課題を与えてくれる。「地域コミュニティに、自らその構成メンバーを選ぶ権利が与えられるべきか(以下、コミュニティ構成員選択の自治権)」つまり、近所に転入してくる人を、コミュニティが審査できるのか、その是非を問えるのか、というのがそれだ。

 「持ち家」に大きな価値を置く日本人にとって、ご近所とうまくつきあえるかは重要だ。せっかく土地付きの一戸建てを手に入れたのに、近所づきあいの不調から妻がノイローゼになり転居した、なんて話は、みのもんたを引き合いに出すまでもなく、誰でも耳にしたことがあるだろう。新しい住居を選ぶときに、立地や価格、通勤時間などだけではなく、周辺にどんな人が住んでいるかの情報を(逆に、新しい人が越してくるときにどんな人が越して来るかの情報を)知りたいというのは、特に家庭で過ごす時間が長い主婦(夫)【←男女雇用機会均等改正法対応・だけどこの法律の名称も、“女男”じゃなくて“男女”なんだよねぇ】にとって、切実な願いではないだろうか。

  稲作と共に日本列島を北上していった縄文人(南太平洋系)は、土地と共に生きた。大勢の共同作業を必要とした水耕農法は、“むら意識”を高めていった。

 時代が下ると、村境には、橋詰め、地蔵、石柱などにより結界が築かれ、生きるために、しばしば隣の集落との間で水争いも起きた。結界からの侵入者は“よそ者”で警戒すべき相手だった。旅人がむらに定住するのを許すかどうかは、村が持つ絶対的権利だった(もちろん、農民の自由な移動を中央政府が禁じていた時代の方が長かったが)。

 コミュニティの内部に目を転じれば、秩序を乱す村人に対して懲罰を下す権利も村は持っていた。村八分がそれだ。村人のつきあい10このうち、8つを行わないこの懲罰は、秩序を乱す村人を精神・物質両面で孤立させるのに充分な効果ががあったものと思われる。(ちなみに、村八分にされても、縁を絶たれない2つのつきあいは、火事と葬式である)

 時代がさらに下り、当時世界一の人口を誇った江戸。成人の男女比が2:1を越え、市民の1割以上が建設業に従事するというこの都市でもコミュニティ構成員選択の自治権は緩やかな形で残った。ひとつは、藩主-ご家人、旦那-丁稚、親方-見習いといった徒弟制度であり、もう一つは「大家といえば親も同然」の借家制度である。

 冒頭のニュースに戻るまでもなく、現在、コミュニティ構成員選択の自治権与えられていない。それではそれが失われたのはいつ頃か。明治維新か、あるいは戦後、全国総合開発計画で新産都市が進められた時代か。

 高度経済成長期に持ち家の奨励と都市への人口集中政策が採られ、東京圏のコミュニティの崩壊が加速され(と同時にコミュニティ構成員選択の自治権が意味を失った)のは確かだろう。しかしその萌芽は、中央集権政府の成立にすでにあったのだと考えられないだろうか。

 食料・エネルギー・環境危機の21世紀は、排他的地域ブロックの再形成の時代でもある。ユーロ、北アメリカ経済圏の動きは、その予兆だ。

 この動きは、近代国家(/国民国家)のレベルだけでなく、地域、都市レベルでも起きている。「生き延びるのが難しい時代」という集団の無意識の認識が、“むら”を守る防衛反応に出ているのだ。地方分権の動きは中央政界ではいったん封じられたが、経済環境や子どもを育てる環境、生存の為の環境がこれから先も脅かされ続ければ、地方からの自治を求める動きとしてますます活発化していくだろう。

 よそ者を排除し、自分たちのコミュニティを守る。オウムの転入問題に絡む全国的な、コミュニティ単位の住民運動の広がりは、あたかも細胞に入り込んだ異物を排出する免疫機構の働きのようにみえて仕方がない。近代国家の時代は終わりつつあり、国家連合(国際ブロック)と地域政府の二極に重点が移っていくのではないだろうか。

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栗田拓の論考

Thesis

Taku Kurita

栗田拓

第16期

栗田 拓

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