論考

Thesis

北朝鮮工作船事件の検証

■ はじめに

 1999年3月23日に起こった北朝鮮工作船事件から1ヶ月あまりが経った。初代内閣安全保障室長であった佐々淳行氏の言を借りれば、「1906年以来のSeaBattle(海戦)」であったという今回の不審船追跡は、自衛隊による初の海上警備行動、実弾による威嚇射撃、自衛隊哨戒機からの爆弾による威嚇など、「実戦さながら」の対応を迫られた。この出来事は日本の安全保障のあり方を再び考えさせるに十分なものであったと思う。
 本報告では、この事件への対応に関して、成果と問題点を整理したい。そして次回の報告ではガイドライン法案審議も含めて、今後日本の安全保障についてどのような対応が必要であるか考えてみたい。

■ 今回の対応の成果

 今回の対応の成果について、政府側は、不審船対処に関して毅然たる姿勢を示したとして、領海侵犯に対する一定の「抑止効果」を強調していた。実際のところ、事件後の批判の多さとこの後述べる問題点を考え合わせれば、手放しに政府の対応を賞賛することは出来ない。しかし、次の2点は数少ない成果の一つとして挙げられるのではないか。
 ひとつは、事件発生後の対応が、これまでの危機管理に比べておおむね迅速であった点である。この理由としては、直前に類似の訓練を行っていたという事実があるが、それを差し引いても、この迅速さはこれまでなかったものである。
 もうひとつは、現状の危機管理システムを前提とした場合のぎりぎりの対処であったのではないかという点である。例えば、拿捕についても、強制的な停船についても、「できなかった」のか「しなかった」のかはともかく、実行に移していた場合に現状の法律ではその行動を担保することが出来なかったのではないか。十分であったかはともかくとして、現状でやれることはやったという点は確かであろう。

■ 今回の対応の問題点

 今回の事件を通して明らかになった問題点は、武装ゲリラやテロといったいわゆるLIC(低強度紛争)に対する日本の安全保障・危機管理体制の脆弱性が改めて露呈された点である。別の言い方をすれば、脅威の変質にわが国が対応できていないということである。

 特に、次の5つの「不備」を指摘することができる。
 まず、「能力の不備」である。具体的には、海上保安庁巡視船の航行速度が不審船より明らかに遅かったこと、停船させるための装備が不適当かつ不充分であったことが挙げられる。「パトカーが犯人の車にぶっちぎられた」ということが、国内の治安維持の観点から認められるだろうか。これは、朝日新聞の田岡俊次氏も言っているようにわが国の主権にかかわる問題である。
 次に、「法律の不備」である。ここでの不備には2種類ある。行動を規定する法律がそもそもない点、それから法律の根拠が仮にあってもそれが極めて弱い点である。具体的には、自衛隊の任務として、領域警備(今回の場合は領海警備)が明記されていないという点が挙げられる。事態がエスカレートすれば「海上警備行動」などが適用できるが、平時に警戒監視活動を行う場合、「調査研究」(防衛庁設置法第6条)という現実の活動とはかけ離れた法律を根拠に活動を行う。文民統制の意味からも平時の自衛隊の警戒監視活動を法律に明記しておく必要があるのではないか。また、この場合の自衛隊の武器使用についても明確な規定がない。現在の武器使用の条件は、正当防衛と緊急避難、武器などの防護のためとなっているが、事態がエスカレートした場合を考えると実際に相手と向き合う現場の負担が重くなると考えられる。
 三つ目は、「運用の不備」である。今回の対応では、海上保安庁と海上自衛隊の役割分担が非常に不明確であった。また両社には共通の暗号電波が無く、相互の情報交換など不審船に筒抜けであった。このように、組織・情報の両面での運用の不備は明らかである。
 四つ目は「意識の不備」である。ここでいう意識とは国民の危機意識である。私は日本人の危機意識には二面性があると思う。ひとつは安全保障(特に対外的脅威)に関する「無関心」である。ダイオキシンなど生活の安全への関心の高まりとのギャップを乗り越え、「現実感」をいかに持つか。昔日本に初めて生命保険が誕生したときに「縁起が悪い」と敬遠された話があるが、「何も起こらない」のが一番良い状態である安全保障・危機管理は、「掛け捨ての保険」と同じく消極的な意味しか持ちにくいのは確かである。しかし、それでも掛ける「掛け捨ての保険」の意味を考え直してみたい。
 最後は「政治の不備」である。先ほど少し触れたように政治の対応が迅速であった点は間違いない。しかし政治にも不備は多い。事件直後の3月24日午後、衆議院において安全保障委員会協議会が開かれ、事件の詳細について質疑が行われた。「国民の不安の除去」が本来この際に目標とされるべきだと私は考えたが、実際には、声高な批判に終始するか、重箱の隅をつつくような事実確認がほとんどであった。このとき一つ考えさせられたことがある。それは、「国民に対する情報公開」と「作戦行動上の機密保持」の境目はどこかということである。議会での議論は基本的に国民に広く知らされる必要があるが、今回のように「警備のノウハウ」にかかわる事柄の場合、それがどのくらい適用されるべきなのか。抑止力に大きく依存する警備は、裸にされてしまった後その役割を果たすのかは疑問である。

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城井崇の論考

Thesis

Takashi Kii

城井崇

第19期

城井 崇

きい・たかし

衆議院議員/福岡10区/立憲民主党

Mission

政治、とりわけ外交・安全保障及び教育 在塾中

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