論考

Thesis

北朝鮮工作船事件・ガイドライン関連法成立後の日本の安全保障 【前編】

前回の報告において、北朝鮮工作船事件を通して見えた日本の安全保障・危機管理の問題点を検討した。本報告では、その際指摘した5つの「不備」に対するその後の対応を検証しながら、今後の安全保障・危機管理のあり方を考えてみたい。

<参考>
 1999年6月2日の朝日新聞の記事によれば、政府内において不審船への緊急対応策の最終案がまとまったようである。内容は大きく次の7項目にわたっている。

1 関係省庁の情報連絡や協力のあり方
2 海上保安庁及び自衛隊の対応能力の整備
3 海上警備行動の迅速で適切な発令のあり方
4 実際の対応にあたっての問題点
5 適切な武器使用のあり方
6 各国との連携のあり方
7 広報などのあり方
 本稿執筆段階ではこの対応策の要旨しか入手していないため、この分析については、詳しい内容を確認した上で行いたいと思う。本稿では前回の報告に沿った形で論を進めたいと思う。

■ 5つの「不備」へのその後の対応

? 対処のありかた … 演繹的か、帰納的か(能力・法律の不備)
 物理的な能力向上・装備の改善については、徐々にはから進められつつある。防衛庁は、2001年度に速力40ノット(時速74キロ)の高速ミサイル艇2隻を海上自衛隊舞鶴基地(京都府)に配備する方針を決めた。ミサイル艇は通常、4隻で部隊を組むため、舞鶴に配備する2隻に今後さらに2隻を追加する考えのようである。夜間の警戒監視に用いる暗視ゴーグルの導入も決まった。
 法整備については、国会での具体的な法案審議には至ってないが関心事項にはなっている。先の「対応策」は言うまでもない。現実と法律のギャップは政治から見てもやはり大きかったのだろうか。実際、議論に挙がっている法的不備も、次のように非常に具体的である。海上保安庁の追跡根拠としての「漁業法違反」、自衛隊が行う「警戒監視」の根拠である「調査・研究」、自衛隊の武器使用に関する警察官職務執行法の「準用」、海上警備行動発令前に海自が対処にあたるための法的根拠の「不備」などだ。これらに関して、読売新聞など各マスコミが大々的に取り上げ議論を展開している。各政党のそれぞれに検討に入っている。
 このように具体的な対応が進む中で、私はどうしても一つの疑問が頭の中から消えないでいる。それは、能力向上や法整備が、危機への対処の原則を持ち、それにのっとった「演繹的」な方向で行われるべきなのか、起こった(起こりうる)脅威に個別具体的に対応していく「帰納的」な方向で行われるべきなのかということである。

 ここで、そもそも危機管理とはどういう意味を持っているのかという事に立ちかえりたい。江畑謙介氏によれば、日本語で言う「危機管理」を英語で表現すると、「クライシス・コントロール」(Crisis Control)と「クライシス・マネジメント」(Crisis Management)の二つがあるという。前者が「演繹的」、後者が「帰納的」という事ができようか。日本語の「危機管理」はどちらかというと後者の意味合いが強いと思う。実際、ガイドライン関連法案にしても、元々周辺事態における防衛協力の原案となるたたき台を、実務担当者が個別具体的なケーススタディをいくつも積み重ねる事で作ったという。北朝鮮工作船事件への対応にしても、対処できなかった事柄、想定外の現実に対処するための見直しが行われている。先述の「対応策」は、この後者の最たるものだと思う。
 これに関して私は次のように考える。私としては、犯人に追いつけないパトカーは、「追いつけるという事を示す」ため(抑止)に、よりスピードが出るようにすべき(能力向上)だと思う。ただそのときに忘れてはならないのは、「こちらがアクセルを踏めば向こうもアクセルを踏むという事」(軍拡競争)と、「こちらが急ブレーキを踏めば、相対的に相手のスピードが上がるという事」(軍縮のジレンマ)である。今我々に必要な事は、車を自分で乗りこなすために、自分の車のアクセルの具合と最高スピードをきちんと知っておく事だと思う。これこそが我々にとって本当に必要となってくるもの、すなわちクライシス・コントロールとなるだろう。

? 山は動き始めた?!(運用・意識の不備)
 私は仮説として、昨今の日本の安全保障が抱える問題点は、装備や法律といった「ハードウェア」にあるのではなく、その用い方あるいは用いる人といった「ソフトウェア」の欠如であるという考えを持っている。この半年間に渡って国会議員事務所で日本の安全保障政策を「定点観察」してきて次のように感じている。確かに、現在でも平時の安全保障を初めとしてソフトウェアの欠如は多い。しかし、この半年間だけでもソフトウェアの充実に向けた変化の兆しがいくつか見られる。ここでは次の二つを挙げてみよう。
 一つは運用面の不備を改善するために始まった「現場実務者間のコミュニケーション」である。先に述べた対応策の一つ目がそれにあたると思われる。また、ここでは具体的に名前を挙げることは出来ないが、前回の報告で私が挙げた、「組織」と「情報」の両面での不備のうち、組織に関しては現場で具体的な取り組みが始まりつつあるようである。情報に関しては、一定の制約が以前の通り存在する。例えば、海上保安庁と海上自衛隊の間では、現状でも情報交換が可能であり、実際に「必要があれば」情報交換が行なわれているという。しかし、双方の歴史的経緯や組織構成によって全ての情報が自動的に行なわれるわけではない。
 もう一つは、「国民の中の漠然とした問題意識の高まり」である。この数ヶ月で、ガイドラインの国会論議、北朝鮮関連、ユーゴ情勢など、安全保障について考えさせられる機会が多くなってきているため、国民の中でも安全保障への関心は以前に比べるとやや高まってきているように思う。しかし、あくまで「なんだかたいへんかも」という「漠とした不安感」でしかないように思う。安全保障意識の高まりを計るきっかけと考えれば問題ないのかもしれないが、現状の問題点は、その国民の中にある「漠とした不安感」と実際政治やマスコミにおいて行なわれている議論の乖離にある。先月末に関連法が成立した「ガイドライン」にしても北朝鮮工作船事件を発端に議論が盛り上がりつつある「領域警備」にしても、法的・制度的空白を埋める作業がその議論の中心である。防衛庁官僚や、保守系若手政治家が行なっている、法律や技術を主とする政策論がその代表といえる。この種の議論は前回述べた「掛け捨ての保険」を充実するという意味で必要だと思う。しかし、その「掛け捨ての保険」というサービスの受益者たる国民がその保険内容を十分に理解していないというのはいかがなものか。経済で「自己責任」が叫ばれるようになって久しいが、安全保障に関しても「安全保障政策の自己責任感覚」があってしかるべきだと思う。この「自己責任感覚」を醸成するためにも国会で行なわれる議論は技術論だけでなく、問題の「重要性の認識」と、問題に対処する「国民の覚悟」を国民に持ってもらう議論でなければならない。
 最後の政治の不備への対処については、次回の報告で詳述する。

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城井崇の論考

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Takashi Kii

城井崇

第19期

城井 崇

きい・たかし

衆議院議員/福岡10区/立憲民主党

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