論考

Thesis

「戦略対話」実現のために

先日あるパーティーで船橋洋一氏(朝日新聞編集委員)の講演を拝聴した。テーマは、「戦略対話とは何か」であった。この「戦略対話」は我々にとって非常に示唆に富む言葉であった。そこで本報告では、この「戦略対話」をキーワードに、日本外交を担う人材、特に政治家・ポリシーメイカーとして私のあり方を考えてみたい。

■「戦略対話」とは何か

 「戦略対話」とは何か。船橋氏はこう説明している。
 現在米国シンクタンクのひとつであるCSISに身を置くカート・キャンベル氏が、政府高官時代に日米関係において十分にできなかったことがある。それは、「戦略対話」である。この「戦略対話」とは、具体的には次の二点である。

 まず、相手の立場になりきること、そして、互いにオプション(選択肢)を示しあうことである。この二つを行うことによって関係向上を図るのである。現在のところ、Militaryto military(一方の軍とそのカウンターパート(日本の場合なら、例えば自衛隊))ではこの取り組みがみられる。米海軍と海上自衛隊の関係が例として挙げられる。しかし大切なのは、政治家やポリシーメイカーがそれをやることである。日英同盟がなぜ続かなかったかを考えればよくわかる。どれだけ質の高い交流・対話ができていたかということ、これが同盟を左右したのである。 戦略対話・政策協調のために必要なものは何か。それは、リーダーシップ、コミュニケーション、そして共感・理解である。実際こういったものを持って臨んでも同盟のマネジメントは難しい。特に、「特定の脅威に対する対処」より「地域の安定」の方が難しい。
 以下、それぞれの内容を取り上げる。

■リーダーシップ   多国間外交におけるトップの力

 多国間外交におけるトップの力が非常に重要になっている。
 例えば、世界の多極化・多角化によって、マルチ(多国間)の会議が増えている。二国間の関係作りはうまくこなす日本だが、参加国が増えたときにもうまく立ち振る舞えるか。「議長」の役割、すなわち参加者全員にものを言わせ、用意しておいたゲームプランへうまく誘導し、全員をある程度納得させた形にもっていくことできるか。
 また、グローバリゼーションの進展によって、外交政策決定の持ち時間が減ってきている。そこで、時間と場所を越える道具としてEメールが用いられている。ある特定の政策担当者間では、情報や議論のやり取りのためのEメールループがある。しかし、この「特定間のEメールループ」に入っている日本の政治家はいない。
 「特定間のEメールループ」に参加すること自体に意味があるのではない。ここで指摘されているのは、機微の高い話をやりとりする場合、トップが自分でものを書く力、つまり「Authorする力」が非常に重要だということである。

■コミュニケーション   日本の現状

 コミュニケーションに関して挙げられていた日本の現状は以下の通りである。
 ヘンリー・キッシンジャー氏が次のように言ったという。
 将来もう一度日米関係がクローズアップされるだろう。なぜなら、中国の江沢民氏の弱体化によってナショナリズムカードが切られる可能性が高まっているからだ。彼は、軍部の突き上げがもととなった台湾白書からもわかるように、権力の座にありながら政策的なフリーハンドを持っていないのである。
 しかし、中国の民主化プロセスにおいてナショナリズムが強まる危険性といった非常に重要な問題に関して、キッシンジャー氏はこのような話をする日本人の相談相手がいないという。キッシンジャー氏にとってアジアで相談できる相手はリー・クァン・ユー氏だけであった。ある時、故渡辺美智雄衆議院議員のもとに彼が電話をした際に外務事務次官がその電話をインターセプトして内容を確かめたという。彼はあきれてしまった。このようなことは何度となくあり、最後には彼は日米関係を投げた感さえあった。
 また、親日的な政府高官として知られるウィリアム・ペリー氏は、沖縄駐留経験があり、米軍基地問題に関しても軍に対して強い立場を示している。その彼が目指していたのが、アジア・太平洋国防会議の創設であった。この会議の創設によって彼は、同地域におけるセキュリティ・コミュニティの構築、つまりトップ同士の直接対話の場を創ることを狙ったのである。しかし、これは実現できなかった。なぜなら、幾度となく働きかけたにもかかわらず、日本が参加に前向きな姿勢を示さなかったからである。
 セキュリティ・コミュニティの構築は、特定国への軍事ドクトリンやプランを作らないことを意味するため、不安定要因を多く抱える今のアジアでは実現はむずかしいだろう。しかし、彼が目指した核心である、「政策担当者の不断の直接対話」は不可欠である。
 中国との関係構築も難しくなっている。朱容基氏が訪中団との面会を拒否したのである。これまでの日中外交は、日本側の態度は不誠実、中国側は書類を読み上げるだけという形式を繰り返してきた。自分でものを考え動かすタイプである朱氏は、この不毛な繰り返しについに我慢できなくなったのである。このままでいけば、中国にとって日本は米国との関係の「関数」でしかなくなり、都合よく扱われる可能性がある。
 また、先に述べた「Eメールループ」ももちろんコミュニケーションの課題だ。

■共感・理解   相手の立場になりきる

 共感・理解に関しては中国の国益が例として挙げられていた。
 中国がなぜ九州・沖縄サミットに参加しないか。中国にとってこの提案は自国の国益に照らしてとても飲めるものではないからである。

 まず、第一に、「ロシア化」を嫌ったことが挙げられる。次に、不参加によって余分な義務を背負わずにすむため、外から注文を多くつけられることがある。そして、国連安保理常任理事国としての正当性低下への懸念も指摘できる。第3世界のリーダーとしての思いの部分もあるだろう。
 相手国の機微を踏まえるのが外交の基本である。また、中国の国益は中国人になりきって整理する必要がある。こうした中国の「思い」についてどれくらいなりきって理解できているか。

■私のアプローチ   「戦略対話」実現に向けて

 以上の中で、私は特に注目しているのが、コミュニケーションと共感・理解である。入塾前から、相手の立場を慮ることができ、直接やりとりができる政治家が外交・安全保障分野に足りない、それによって損ねられている国益はたぶんにあるという思いを抱いている私としては、気持ちを新たにさせられる講演であった。したがって「戦略対話」の必要性は十分に認めるところである。しかし、私を含めてどれくらいこの「戦略対話」の要件を満たしているだろうか。満たす努力をしているだろうか。
 ひるがえって、私は今カナダのバンクーバーにおいて活動を行っている。メイプルリーフとモザイクの国、カナダ。Diversity(多様性)が人々の努力によって生活に根付きつつあるこの国での活動は、単にコミュニケーション能力の向上だけでなく、相手(国や地域)の立場を慮ることの難しさ、多者間の付き合いの難しさといった共感・理解を身につけるのに非常に有用な機会を多く提供してくれる。
 例えば、現在カナダで話題になっているビールのコマーシャル。名前は「I AM CANADIAN」だ。カナダのナショナル・アイデンティティたるアイスホッケーをはじめとして多くのカナダに関するステレオタイプが登場するこのCMには、「我々は“英語”と“フランス語”を話すんだ。“アメリカ語”じゃない」といった具合に、アメリカの影響から必死に逃れようとする隣国の叫びの意味もこめられている。壮大なイメージが私の中では強いカナダの熱い部分に少し意外な印象をもった。
 また、こういった問題についてアジアからの留学生たち(韓国、中国、台湾、イラン、タイ、日本)と議論している。多文化主義や移民・難民、国家のありかた、アイデンティティなどを以上のようなメンバーと論ずると、歴史問題や社会背景の相違からどうしても機微の高いものとなる。
 船橋氏は最後にこう締めくくった。
 「政治家は国益の専門家、プロであってほしい」
 願わくば、このカナダでの経験も含めたこの1年の研究を通じて、その国益の奥にある人間の専門家、プロに少しでも近づきたいと思う。そして「戦略対話」のできる人材の一人となりたい。

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城井崇の論考

Thesis

Takashi Kii

城井崇

第19期

城井 崇

きい・たかし

衆議院議員/福岡10区/立憲民主党

Mission

政治、とりわけ外交・安全保障及び教育 在塾中

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