Thesis
ここ数ヶ月ロシアとの関係に注目が集まっている。九州沖縄サミットでのプーチン大統領の国際社会デビュー、北方領土交渉、海上自衛隊三佐による機密漏洩事件など枚挙にいとまがない。ロシアとの関係はどう考えればよいのか。このうち最もロシア人と相対する機会が多かった北方領土交渉を参考に対露外交のあり方について考えてみたい。
■日本の対ロシア観
外交という視点でいえば、現在の対ロシア観は、ゴルバチョフ時代後期、エリツィン時代初期のイメージに非常に近いと考える。川奈会談の際の、和やかな関係を想起する人もいるではないか。日本政府としては、これまで積み上げてきた交渉の成果もあり、「あうんの呼吸」を期待していた節は強い。しかし、これは日本側の都合であって、ロシアの本当の姿を少々見誤っているようだ。ロシア人の国民性とはどんなものか。
■ロシア人の国民性
ロシア人は日本人が期待する「あうんの呼吸」は理解できる人々であるという。ただし、理解したからといってそれをそのまま飲み込む人々ではないようだ。彼らは交渉が好きなのである。また変幻自在な人こそがロシアでは「人格者」とみられる。こういった人こそが仕事熱心とみなされ、ロシア人の尊敬されるタイプなのである。総じていえばロシア人は「芝居」が好きということができる。
しかし、単なる芝居好きではない。彼らはメンツを非常に重んじる傾向も同時に持っている。このメンツを重んじたとき、自らの強さを信じたときの行動は注意しておかなければならない。1916年の対独政策の変化がそれを教えてくれる。
現在の彼らからみれば、「北方領土」と「NMD」の両問題は「負けられないけんか」なのである。とりわけ強さの演出・復活を目指すプーチン大統領の時代になってからこのメンツの保持は再び明らかになってきたと思う。
■北方領土交渉
領土問題は元来ゼロサムゲーム(一方が他方を犠牲にする事によって利益を獲得する交渉)であるといわれる。領土をめぐる紛争は地上にただ一つしかないものの主権の帰属先を争うものだからである。
これまでも北方領土の発見、入植、開発に関してどちらが先だったか論争が続けられてきた。しかし、この議論は不毛で一義的な結論に達し得ないことがその後明らかになった。ウラジミール・エリョーミン氏は次のように説く。「千島列島は日本とロシアのどちらか一方というよりも、その双方によってほぼ同じに発見され、移住が開始された。ロシアは北から南下してきた千島と中千島を占拠し、日本は南から北上して南千島を占拠した。たとえ仮に先に誰が発見し、移住したかということを確定し得たとしても、それは現時点における北方領土紛争を解決する決め手とはならない。なぜならば、領土主権は誰が先に発見移住したかではなく、国家間における交渉の結果として合意された条約によって決定されるべきだからである。」
以上のように、事実認定で争うことはあまり生産的ではないと考える。
最低限の事実はお互い共有する必要はあるが、もっとプラスになる方向から考える必要がある。ロシアも日本も一緒に踊れるダンスはあるのか。私はあると考える。単なるゼロサムゲームではなく、より大きな国家目標の達成をともに目指せるからである。そのより大きな国家目標、平たく言えばメリットは何か。
■ロシアにとってのメリット
ロシアにとってのメリットは、交渉経過の困難さを考慮に入れても取り組む価値があるくらいに非常に大きいと考える。
・ロシアが主張してきた「法と正義」外交が単に外交上のリップサービスではなく、新生ロシアが真剣に実践している外交姿勢であることを全世界に実証できる。
・ソ連がサンフランシスコ講和条約に調印しなかったために国際法上未だ100パーセントの主権を獲得しているとはみなしがたい、南サハリン及びウルップ島以北の18のクリールの島々の事実上の占有状態が、日本及び国際的な認知を得て完全かつ最終的な主権の獲得となる
・北方領土を対日返還する事によって、オホーツク海を中心とする北東アジアにおける米露(日)間の軍縮交渉を進展させ、己の国防予算を大幅に削減できるばかりか、これまでロシアを主要な仮想的としていた安保条約を通じての事実上の日米軍事同盟を形骸化しうる
・北方領土返還によって日本からの対露支援の大型の「カンフル注射」を獲得する道を講ずる事となり、現在存亡の危機に直面しているロシアの経済(及び政治)改革に生きを吹き返させる事が可能となる
・これまで世界で最もダイナミックな発展を遂げてきたアジア・太平洋地域へ、日本の祝福と先導を得て参入できる
■日本にとってのメリット
日本にとってもメリットは大きい。そのメリットは次のものである。
・係争中の諸島についての主権の獲得できる
・第二次大戦に真の終止符を打ち戦後を完全に終結させることができる
・北方の隣国ロシアとの間に友好関係を構築する事から数々の利益がもたらされる
・北からの軍事的脅威を感ずる事が激減し、安全保障上の利益がもたらされる
・これまで対露支援問題に関して、日本は領土問題を口実として責任分担を回避しているとして非難され孤立しがちだった外交的立場を克服し、G8の主要な一員として安心して協力体制を組める
・ロシアのアジア・太平洋地域への参入を手助けする事によって対米一辺倒の外交姿勢イメージを払拭しうる
■ 第三国にとってのメリット
第三国にとってもメリットは大きい。例えば、次のものが考えられる。
・日本の積極的な対露支援によって、経済回復や軍事技術・難民の流出防止についての他の先進国の負担がその分だけ減る
・ロシアを民主主義及び市場経済への移行を容易にし、西側文明共同体へ参画させる作業が容易になる
■踊らされずに踊るミュージカルの台本はあるか
以上を踏まえて対露交渉において私が最も大事だと考えるのは、相手が踊れるミュージカルを演ずることである。すなわち相手がきちんと見えているか、そしてロシアが欲するものを日本側の提案にどれだけ盛り込めるかということである。このロシアが欲するものとは何か。私は、メンツと、安全保障、そして経済協力・援助であると考える。一方日本は「領土」の対日返還が最もプライオリティが高い。
先に述べたように、ロシア人は交渉は好きだし、芝居も好む。これまで日本は自分好みでもあり彼ら好みでもある台本を準備できたか。「より大きな国家目標」を用いてロシア人に納得してもらえるシナリオをきちんと見せているか。海上自衛隊三佐の事件の後、日本政府はスパイ活動を行ったロシアの駐在武官を追放処分としたが、ロシアはそれに対して対抗措置を取らなかった。外交慣例によれば、追放処分が下った場合、その該当国に駐在する相手国の駐在武官も同様に追放処分になるのだが、今回は見送られている。ロシアは日本と事を構えたくないのである。この行為のメッセージをきちんと受け取っての交渉ができているか。いわゆる段階論にのっとって、返す島の数を考えるだけでなく、それに付随するストーリーを具体的に見せる努力が必要である。踊らされずに、ともに踊るために。
Thesis
Takashi Kii
第19期
きい・たかし
衆議院議員/福岡10区/立憲民主党
Mission
政治、とりわけ外交・安全保障及び教育 在塾中