論考

Thesis

カナダの思い(後編)

現在私はカナダ、バンクーバーにて「カナダ文化を通じた英語の習得」を目指して研修を進めている。その中で気が付いた二点を報告する。

■ 相手の言葉、ロジックを用いる

 この2ヶ月、私は、カナダ社会への理解を深めると同時に、どうすれば英語で自らと自らの国を表現できるか、どうすれば自分の思いが伝わるか、そのヒントを求めて日々研修を進めた。この作業は非常に包括的かつ膨大な作業となった。本年度の私のテーマたる外交と直接的には関係のないようにみえるテーマに時間を割くこともしばしばであった。(ただ、後にその作業がカナダ社会全体の理解を深める源となった)そんなもどかしい作業の中でヒントを得ることができた。
 自らの意見・文化・価値観を相手の確かな理解のもとに主張するために、彼らの言葉、彼らのロジックを用いるという点である。一見、この主張は間違っているように思える。我々のことを表現するのだから、我々の言葉、我々のロジックを用いるべきだという考えもあるだろう。しかし、声高に日本語の、日本文化のロジックで訴えても、相手が日本通、あるいは日本に関心を持つ人でない限り、カナダ人の耳には届かない。アジア系カナダ人ですらそうである。
 もちろん私の英語のつたなさを考慮に入れている。考慮に入れたとしても、この場合、英語が伝わらないのではなく、何をどういう順番で伝えるかにかかっているという気がする。用いる言葉のもつ文化的・社会的背景を頭に入れているか。DiscriminationやRacismといった言葉の持つインパクトの強さは、我々が思っている以上に強いし、これは辞書からはわからない。
 それから、ステレオタイプを用いていないか。日本に関する情報は思った以上に少なく、また、あったとしても一面的である。日本及び日本人に関するステレオタイプを用いた説明の場合、相手がそのステレオタイプを思い出した瞬間に、その会話で話そうとしていた内容と相手が理解したと思っている内容とのギャップに苦しむことになる。ステレオタイプを用いずに、いかに根気強く丁寧に説明できるか。

■ カナダ人に必要な「道具」

 先に、「用いる言葉の持つ文化的・社会的背景を頭に入れておく必要がある」と述べたが、カナダ社会において、正確に理解しておくべきものがある。それは、道具としての民主主義だ。
 民主主義はこのカナダという多文化・移民国家を支えるために必要不可欠な装置である。とりわけ移民が、カナダ社会に順応していくための後ろ盾となっている。民主主義はカナダアイデンティティの源泉たる「多様性」を担保するものである。(詳細については森岡洋一郎氏(松下政経塾第20期)のレポート(5月月例報告)を参照のこと)ある大学教師は、「テレビニュースを見(て、政治および政治家の行く末を見守)ることは(民主主義を支える)国民としての義務だ」とまで言い切った。
 しかしその一方で、普遍的な価値観とはうらはらの、経済的な階層構造も厳然と存在する。ジョン・ポータースは、著書”TheVertical Mosaic”のなかで、カナダにおいて、エスニシティは階層構造と非常に近い関係にあると論じた。彼はこの構造を”Vertical Mosaic(垂直的モザイク)”と呼んでいる。実際、英国系を筆頭にフランス系、他のヨーロッパ系と続き、ファーストネーション(カナダのネイティブ・インディアン)にいたるまで垂直的な階層構造を経済的統計の中にも見つけることができる。

 以上がカナダ研究などにおける教科書的な説明となるわけだが、実際にここで暮らしてみて私がどう感じるか。私の感覚では少し状況は異なる。
 もともと経済的に力を持っている人々にとってその主張を認知させる手段としての民主主義の必要性は正直言ってあまり感じられない。
 しかし、チャンスを求めてカナダ社会に新たに参加した人々、カナダ西部を中心としたアジア系新移民にとって、民主主義は、この国で安心して暮らしていくための大事な心のよりどころなのである。言うならば、カナダ社会への入場券である。この入場券にはカナダの思いが詰まっている。

■ 自分が住む社会を自分たちで支える

 日本に住む人々にとっての民主主義にも同じような思いがこもっているだろうか。価値観の多様化は日本においても叫ばれて久しいが、その裏にある社会に対する責任と義務を同時に果たしている人がどれだけいるであろうか。多くのただ乗りを許せるほど今の日本に余裕があるとは思えない。
 「自分が住む社会を自分たちで支える」という一見あたりまえに見えることを、普段の生活の中でさりげなく、しかし愚直にやること、この大切さをカナダに教わった気がする。


(参考文献)
”The Vertical Mosaic”(John Porter’s, 1965)
”Average income and Ethnic Origin by Gender”(Statistics Canada,1989)

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城井崇の論考

Thesis

Takashi Kii

城井崇

第19期

城井 崇

きい・たかし

衆議院議員/福岡10区/立憲民主党

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