論考

Thesis

日本にとってのTMD

2000年3月7日に東京財団にて行われたアフタヌーンセミナーに参加した。ゲストスピーカーは、米国ヘリテージ財団のラリー・ヴォルツェル氏、テーマは「TMD(戦域ミサイル防衛)に果たす日本の役割」であった。日本の安全保障を考えるにあたって、弾道ミサイルという新たな脅威への対応について私は常々考えさせられている。本報告では、この弾道ミサイルへの対応手段のひとつとして注目を集めているTMDについて、ヴォルツェル氏の論も参考にしながら日本にとって考えうるメリット・デメリットをまとめ、主体的にとりうる政策オプションとしての可能性を探ってみたい。

■ TMDとは何か

 冷戦終結後、核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器(WMD)やその運搬手段である弾道ミサイルなどが移転・拡散しており、この問題への対応は国際社会の抱える緊急の課題である。(WMDについての詳細はhttps://www.mskj.or.jp/jukuho/0003jkkanekom.html を参照)米国はこのWMDの拡散抑止のための努力のひとつとして、BMD(弾道ミサイル防衛)の能力向上が必要との認識を持っている。BMDは米国本土の防衛を行うNMD(国家ミサイル防衛)、在外米軍や同盟国などを防護するTMD、宇宙配備迎撃兵器などの継続技術に分けられる。
 日本はあらゆる外交的努力を追及する一方で、米国主導のTMDに参加する方向になっている。具体的には1999年8月、米国国防総省と防衛庁の間でTMDに関する了解覚書が交わされ、日米両政府はNTWD(海上配備型上層システム)に関する共同技術研究に着手することに正式に合意している。このNTWDとは、「イージス」対空ミサイルシステムを搭載した護衛艦から「SM?3」ミサイルを発射する方式である。具体的な研究対象は、赤外線シーカー、キネティック弾頭、ノーズコーン、第二段ロケットモーターの四項目である。

 TMDとは、射程3000キロメートルまでの戦域弾道ミサイルを迎撃するシステムであり、コアプログラムと呼ばれる4つのシステムの研究開発が行われている。地上配備のものは上層用のTHAAD(戦域高高度防衛)と下層用のペトリオットPAC3、海上配備のものはイージス艦によって移送可能な下層用のNAD(海軍地域防衛)上層用のNTWDからなる。導入に向けては、「研究」(部品を個別に扱う)・「開発」(組み合わせて実験を行う)・「配備」(実際に装備化する)の3段階が考えられている。(BMDを含めた詳細は、http://www.jda.go.jp/j/library/archives/bmd/bmd.pdf (pdfファイル)にて)

■ 日本にとって考えうるメリット

 日本にとってのTMD参加のメリットは次のようなものが考えられる。

M1 純粋に防御的なシステムで、専守防衛にふさわしい
M2 日米同盟再強化のための政治的ツールとなる
M3 弾道ミサイルによる被害を極小化できる
M4 弾道ミサイル保有の意義低下、世界的減少につながる
M5 TMD以外の選択肢(弾道ミサイル保有や発射基地破壊)をとらずに済む
M6 技術上のスピンオフへの期待

M1 専守防衛にふさわしい
M5 TMD以外の選択肢(弾道ミサイル保有や発射基地破壊)をとらずに済む

「純粋に防御的なシステムである」と言う政府答弁に代表されるように、飛んできたミサイルをミサイルで打ち落とす発想は防御に徹しているイメージではある。では、どういうロジックでそうなっているのか。
 もしかりに日本の領域に弾道ミサイルが飛来する可能性が非常に高い場合、理論的には次の4つの選択肢がある。

 第一は、同様の弾道ミサイルを保持して抑止力とすること、第二は、相手の弾道ミサイルを攻撃して発射機能を破壊すること、第三は、弾道ミサイルを打ち落とせる防御システムを開発装備すること、第四は、何もせず無抵抗主義を貫き、国民の安全については目を瞑っておくことである。このうち、第一と第四の選択肢は、日本の国是ではなく非現実的である。第二の選択肢は個別的自衛権発動の三要件を満たしている限り、憲法の趣旨に反しないという政府の統一見解(1956年2月及び1959年3月)があり、現在も同様に解釈されている。しかし、実際に攻撃に踏み切ることは政治的に難しい。
 結局、第三の選択肢、つまり専守防衛に徹したTMDの開発着手が妥当であるという論なのである。

M2 日米同盟再強化のための政治的ツールとなる

 冷戦後の新たな地域諸国のミサイル脅威に対して日本が米国からTMDを導入し、日米が協力してこういった脅威に対応すると言うことは、日米同盟関係の更なる強化を促進するというものである。日本が導入しない方針を固めた場合、日米関係への政治的マイナスは避けられないだろう。現在日本は、研究には参加しても「配備するか否かは別問題」としている。

M3 弾道ミサイルによる被害を極小化できる

 もし100パーセントとは言わないにしても、それに近い迎撃率が実現できれば、被害は最小限で食い止めることができる。ただ、現在そこまでの迎撃率は実現できていない。

M4 弾道ミサイル保有の意義低下、世界的減少につながる

 TMDによって弾道ミサイルの無力化を図ることができれば上記の状態になることが予測される。しかし、逆に問題点も出てくる。MAD(相互確証破壊)のロジックが崩壊してしまうのである。相互抑止が働かなくなった世界がどうなるのか。また新たな秩序を求めて世界が動くのか。ただ、部分的なTMDやNMDでは不十分でグローバルなミサイル防衛が実現しなければMADは崩壊しないというヴォルツェル氏の意見もある。

M6 技術上のスピンオフへの期待

 TMD関連技術研究への部分的な参加は、その他の分野、特に民間への技術移転(民需転用)への期待が大きい。ただ、現在参加している四分野は比較的日本が得意とする分野(アメリカ側から具体的な要請があった分野)である。

■ 日本にとって考えうるデメリット

D1 中国・ロシアの反発、軍拡(対抗手段の開発)
D2 ABM条約への抵触可能性
D3 日本自体の軍拡(攻撃兵器への技術転用)を招くとの懸念
D4 莫大な費用
D5 技術的信頼性が未確定(実現可能性に疑問)
D6 実践配備までに時間がかかりすぎる
D7 防空システムの中枢を米国が握ることによる主権侵害のおそれ
D8 軍縮プロセスにブレーキ(MTCR(ミサイル輸出管理レジーム)に抵触の恐れ)

D1 ロシア・中国の反発、軍拡(対抗手段の開発)

 ロシアは、TMDを含むBMDに対して、1972年に米ソ間で締結されたABM(対弾道ミサイル)条約への抵触可能性を指摘し、反発を強めている。当時の交渉記録に出てくる迎撃スピードの点から見ればABM条約にかかる可能性があるというのである。しかし、これは条約の現存を前提にすればの話である。
 一方でABM条約は現存しないとの論も存在する。同条約はあくまで単一国家としての米ソが結んだものである。そのときの原則は、「一国家一サイト」であった。しかし、現在、かつてソ連だった部分には6サイト存在する。(ロシア・ベラルーシ・ウクライナ・アゼルバイジャン・グルジア・アルメニア)米国は1サイトである。したがって条約は無効だという論である。現在のところ、以上のように意見は分かれている。
 ロシアが反発するにはもうひとつ理由がある。それは、ロシア自体の通常兵力の弱体化によりミサイルに依存する部分が年々増加しているという点である。
 浦山香氏によれば中国のTMDに対する反対論拠は次の点である。

 台湾ファクター(台湾のTMD参加は中国の主権と内政に関わる問題)
 中国の抑止力低下に対する危惧(戦略ミサイルの無力化)
 日本の再軍備脅威論(楯を手に入れれば剣や槍を欲する)
 日米同盟の強化脅威論(米国主導の指揮統制体制に日本が組み込まれる)
 軍縮プロセス擁護論(TMDは「ミサイル拡散」でMTCR違反)

D2 莫大な費用

 共同研究も途についたばかりのTMDには莫大な費用がかかることが見込まれている。一言で言えば、2兆円以上の費用がかかるのである。
 研究期間は5,6年で研究費は初年度で10億円弱だが、全体では200億から300億円(日本側負担分)という見積もりがある。開発段階に進むと、1000億円から2000億円にはねあがる。配備、具体的には日本政府がインフラとして考えているイージス艦4隻と航空自衛隊の対空ミサイル「ペトリオット」を弾道ミサイル迎撃能力を持つ「PAC-3」に更新するためにかかる経費は約一兆円(期間はわからず)かかる。
 イージス艦8隻が必要となれば1兆8000億円にもなる。これはどのくらいの金額なのか。三自衛隊の装備費は9629億円(1999年度)である点を考慮すると、丸々つぎ込んで2年分である。5カ年計画でやるとすれば、その間約4割をTMDに投じることになる。

D3 技術的信頼性が未確定(実現可能性に疑問)

 1999年版防衛白書によれば、TMDはアメリカからの要請ですでに1993年12月から日米安保事務レベル協議(SSC)の下に作業部会が設置され、事務レベルの情報交換が続けられてきた。1995年以降は弾道ミサイルの特性やTMDシステムの技術的可能性について専門家レベルで日米共同の実現可能性研究を積み重ねてきている。また、防衛庁独自でも1995年から98年の5年間に5億6200万円をかけて、TMDを使った防空システムの総合的調査を実施している。これらのフィージビリティ・スタディ(実現可能性調査)を経た日本政府はTMDの技術基盤に関して、必要な一般的な技術基盤は確立されつつあるとの認識である。しかし実際には技術上の疑問も残っている。
 今までのTMDの実験は失敗続きなのである。実戦例でいえば、湾岸戦争における米国のパトリオットの経験が唯一の例であるが、実際の命中精度は44発命中させようとして0から4発であり、最高でも10パーセントである。米国陸軍の発表(50パーセント)とは異なる。また、テスト記録によれば、1982年から1998年の間に、米国は16回の実験を実施し、迎撃装置で4回のみの成功例しかない。陸軍のTHAAD(5回中0回)、海軍のLEAP(軽量大気圏外迎撃体(NTWDの一部)、4回中0回)はいずれも現時点で物理的に弾道ミサイルの迎撃は難しい。最近の例でも、技術的な関連が期待されるNMDの迎撃実験でも1999年10月の実験では命中しながら、関係者から、まぐれと批判を浴び、2000年1月の迎撃実験では失敗に終わった。

D4 実戦配備までに時間がかかりすぎる

 TMDの実戦配備には、どんなに頑張っても10年、間違いなく15年はかかると言われる。先に挙げた日本が担当する四分野の研究期間は5、6年かかり、その後、「開発」や実験に移行する。米海軍の「SM?3」は開発完了を2007年と見込んでいるが研究・開発は遅れることが多いという。まず、米海軍が装備し、その後日本も防衛力5カ年計画に入れて、導入、となれば日本で実践配備につくのは早くて2010年代半ば、という計算になるのである。TMDへの参加を促すきっかけとなった北朝鮮が今日と同じ状態を20年弱も続け弾道ミサイル開発を存続するとは考えにくい。

D5 防空システムの中枢を米国が握ることによる主権侵害のおそれ

 防空システムの中枢を米国が握ることに対して、日本の主権が侵されるのではないかという懸念も一部にはある。

■ 日本はどうすべきか

 あるひとは「TMDは神話」であるという。しかし、反対の声の少なさから「TMD神話こそ神話」との声もある。確かにまだまだ実体がみえないし、想像の域を出ない。しかし、これだけ影響力の大きい政策を実行するにあたっては、我々はかなりしっかりと検討する必要があるだろう。
 私が考えるに、TMDだけで日本の安全保障が確保できるわけではない。戦わないための外交努力・政治的措置がまずあり、しかるべき抑止力があり、必要な防衛力が整備・運用され、軍備管理も行われてこそのTMDだと思うからである。
 その点を頭に置きながら、当面は研究段階に徹してみるのはどうか。その際に気をつけるべきは、費用対効果へのチェックを徹底すること、周辺国、特に中国への透明性をできる限り確保することである。
 とはいえ、もう少しだけよくよく考えてみることとしよう。幸か不幸か我々には10年ほど考える時間があるようだから。

Back

城井崇の論考

Thesis

Takashi Kii

城井崇

第19期

城井 崇

きい・たかし

衆議院議員/福岡10区/立憲民主党

Mission

政治、とりわけ外交・安全保障及び教育 在塾中

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門