論考

Thesis

日本型チャータースクール―新しいかたちの公立学校―を創る運動

1. はじめに

 チャータースクールと呼ばれる新しいかたちの学校が、最近、教育関係者や教育問題に関心をもつ人々の間で注目を集めつつある。チャータースクールとはごくごく簡単にいうと志のある教師・保護者などの発議によって設立される公立の学校の事だ。チャータースクールは公立校であるので、私立学校のように入学者を選抜テストで選んだりはしない。地元の教育委員会などの公的機関から出されたチャーター(特許状・特別の許可状の意味)をもとに運営される学校として想定されている。許可を受ける時、明文化した契約書を取り交わし、その契約に基づいて学校を運営していくことが想定されている。現在ある公立でも私立でもない「公設民営」の学校として想定されている学校で、現在、不登校の子どもや普通の学校に馴染めない子どもが通っているフリースクールのような無認可の学校でもない。

 今ある類型の学校には当てはまらないので「第3類型」の学校とも呼ばれる。現行の学校教育法の縛りを受けない新しい公立校を創ろうという動きが日本各地で起こっており、これが新しいところだ。アメリカのミネソタ州で始まった制度を参考にしたもので、日本でも新しい公立学校を創ろうという議論が様々な場所で始まっている。今月は具体的な動きとして、今各地で徐々に関心が高まりつつある「日本型チャータースクール」について書く。

2. チャータースクールとコミュニティスクール

 前述したように、チャータースクールは、今の日本には未だ存在してはいない。これから創ろうという運動が盛んになってきている段階である。だから、今ある既存の学校を前提とした発想からだとなかなか実際にどういうものなのかは想像しにくい。チャータースクールに似た概念であるが違った言葉であるコミュニティスクールというものも最近議論されはじめている。この両者について簡単に触れておきたい。

 コミュニティスクールというのは、金子郁容慶応大学教授が「教育改革国民会議第二分科会」の議論の中で日本にも採り入れる事をはじめて提案したものだとされる。現在の教育行政のシステムが文部科学省―都道府県教育委員会―市町村教育委員会―学校という縦の関係になっているのを見直して、文部科学省や教育委員会といった行政の縦の流れでの支配を受けない地域主体で運営される公立校を設置する事を制度的に認めようという提案だ。金子氏は「コミュニティ」を広い意味で捉えている。「ローカル・コミュニティ」と「テーマ・コミュニティ」である。「ローカル・コミュニティ」とは地域共同体の事で居住する地域を共にする人のコミュニティであり、「テーマ・コミュニティ」とは価値観や関心を共にする人のコミュニティである。

 『コミュニティ・スクール構想 学校を変革するために』(金子郁容・鈴木寛・渋谷恭子 岩波書店 2000)によると、コミュニティスクールはチャータースクールの精神を受け継ぐものだが、アメリカのチャータースクールが資金提供者と学校設置者との契約という形をとっているのに対してコミュニティスクールは個人契約というよりは、制度保証という考えに基礎を置くもので、アメリカのように州ごとに設置の条件や学校の在り方について規則が異なるチャータースクールとは異なり、日本中どこでも地域のニーズがあり、意欲のある人がいれば同じ仕組みで学校を作れることを保証するという意図をもっていて、その点で、チャータースクールよりもイギリスのLMS(地域による学校経営)に近く、いうなれば、コミュニティスクールは、チャータースクールの基本精神とイギリスのLMSの制度論を合わせて日本的にアレンジしたものだという事が述べられている。

 チャータースクールとコミュニティスクールは、今のような公立校ではなく、私立でもない学校という意味ではイメージは同じだ。コミュニティスクールがチャータースクールの基本精神を採り入れている時点で、大きく捉えるとチャータースクールとコミュニティスクールは概念の上で対立するものではないと思われる。どういう問題により思い入れをもっているかの度合いによって、チャータースクールとコミュニティスクールをどう見るかに差があるようだ。コミュニティにはテーマ・コミュニティも含まれるというところを重視するならば両者はほぼ同じ概念と捉えることも可能だ。しかし、「地域」が管理運営するタイプではないチャータースクールをより重視する立場からの人には両者は違うと思う人もいるようだ。実際にこの両者はよく議論の過程で混同されたりしているようだ。

 私はこの両者を対立させて考えている訳ではないが、個人的には「地域」にはとらわれないチャータースクールにより関心をもっている。地域コミュニティにこだわるならば、別に新しい学校を作らなくとも、今の公立校へもっと地域が参加して行くようにすれば良いのではないかという気がするからだ。実際、地域に開かれた学校というのが教育委員会の主導で進んでいる自治体もある。しかし、学校評議会が運営し教育委員会から独立するという事がコミュニティスクール構想での目玉だから、コミュニティスクールを推進する立場の人からは教育委員会主導の地域に開かれた学校では物足りないとするのかもしれない。ここは微妙なところだ。

3. なぜ、今、「新しいかたちの公立学校」なのか

 しかし、そもそも、なぜ、今、新しいかたちの公立学校なのだろうか。今の公立学校がうまく機能していると国民の多くが思っていれば、「今更、屋上屋を重ねるような議論は不必要ではないか。何が新しい公立学校だ」と思う人が多いはずである。しかし、実際には今まで全く考えられなかった「第3類型」の学校が関心を集めている。やはり、今、こういう議論が起こって来て、少しずつ関心が広がっている背景には、今の小中学校の教育に対する危機感や不満などが多く出てきているからだと思う。

 私は今の公教育に対してはかなりの問題があるという認識をもっている。年々少子化が進んでいるというのに、不登校や登校拒否児は増えるばかりである。いじめの問題も解決されたとは言い難い。昨今ではひきこもり・とじこもりの問題も深刻化している。極めて多くの問題が噴出してきているのに、現状の学校は問題にきちんと対処しているのだろうか。私にはどうもそうは思えない。多くの公立学校現場には事勿れ主義と、真面目に真剣に問題に取り組もうとする人ほど排除されるような悪しき雰囲気が蔓延しているのではないだろうか。一番の問題は全てが制度・システムで動いており、人と人が正面からぶつかりあう事によって成り立つ「教育」という営みが、機械化されている事だと思う。勿論、問題に正面からぶつかっている学校もあろうし、個々には現場の公立校の先生方も奮闘しておられる事だとは思う。私は、軽々しく、今の学校の制度や実際に働いている先生方を全否定するものではない。意欲的な取り組みを次々に行なって公教育への信頼を取り戻す努力をしている自治体・教育委員会があることも私はよく知っている。しかし、全体として、問題が多い事も確かだ。

 問題は制度を改革すればすぐに解決出来るというような易しいものではない反面、やはり「現場の先生」に最終的な責任があるという事ならば、先生そのものの意識も変わる事を視野に入れた改革策が望まれると思う。つまり、ここが非常に難しいところだが、本質的には制度の問題ではないが、取りあえずは制度を少し変える事によって、いままで「要は先生の質の問題だ」という個々の教師の実力や倫理観に負わされた部分を、意識の変わった人が自然に生まれ出てくるような制度改革が望まれると私は考える。その意味で私はチャータースクールが日本にも設立可能な状態になる事は大きな意味があると思う。

 先日、チャータースクール設立に向けて、活発に活動している「湘南に新しい公立学校を創り出す会」の代表である佐々木洋平さんにお会いして、いろいろお話しを伺った。佐々木さんは現役の公立小学校の教師でありながら、今の公立学校の改革には限界を感じて、チャータースクールの運動を始められたという。今の公教育の問題点、これからの時代にどういう学校が作られて行くのが望ましいかといった理念的な事について様々な角度から意見交換をさせて頂いた。

 現在の公立校の問題について、佐々木さんはいくつかの理由を挙げておられた。その1つは、教員の人事異動の問題だ。今の学校ではいくら、良い校長の下で志の高い良い教師が集まっても公立学校の場合は人事異動が定期的にあるので、一定期間同じメンバーで学校改革に当たったり、ずっと一定期間運営をして行く事が難しいというのだ。メンバーが絶えず入れ替わるので持続性をもって改革や学校創りに取り組みにくいという事である。どこの組織でも人は入れ替わって行くものだから、ある程度は致し方ないとは思うが、確かにこの問題は大きな問題だと私も思う。

 ずっと現場で教育に携わる中から、佐々木さんは今の制度の中での改革を目指すよりも、残りの与えられた教師人生を新しい学校の設立にかけようと決め仲間の教師と共に運動を始められたという。佐々木さん自身「自分は神奈川の事しか分らないが…」と断られた上で、様々な問題を指摘しておられた。必ずしも全ての公立校を全否定して居られたのではない事を念の為に記しておく。

4. 法律制定への取り組みと運動の現状

 チャータースクールは、現行の学校教育法に依らない学校を作る試みである。従って、今の法律の中では設立は認められず、新しい法律が出来なければ話は進まない。NPO法人「日本型チャータースクール推進センター」では法案の試案も作成している。今月(8月)末の合宿で更にメンバーの意見を集め、より練られた法案にしようという段階である。私もこのNPOに参加しており、合宿で議論に参加してくる予定である。今のところ、具体的な法案(試案)を作成している団体は全国に一つだけだという。実際この法案は多くの専門家や衆議院法制局の人達との議論を通して練りあげられて来たものだという。今月末に肉付けがされると言う事になっているが、実際にこれが有志の議員による議員立法として国会に上程される可能性が高い。

 先日、「市民がつくる政策調査会」の円卓会議で「日本型チャータースクール法の制定について」というシンポジウムが開かれた。このシンポジウムには日教組の中央執行委員教文局長、教育行政学者、民間教育産業の企業の人、北海道のフリースクールの主催者、文部科学省の担当者など様々な立場の人がパネラーとして参加していた。提案者は「日本型チャータースクール推進センター」だった。大変活発な議論が行われた。ここで、試案(骨子)が公開された。ここで公開された試案は、かなり具体的なもので、試案の概要が公開されていた。これの【趣旨】と【基本事項】にはかなり細かなことが書かれていた。

【趣旨】には不登校等様々な問題が山積しているという公教育に対する現状認識が述べられた後「従来の学校教育法の体系の枠外に「公設学校(仮称)」という新しい学校類型を創設することにより、子どもの多様な個性を生かし、地域の教育に関するニーズに対応する魅力的な学校づくりを行うとともに、既存の公立学校の活性化に資することを目的とするものである。」と書かれていた。つまり、はっきりと、今の公立学校では対処できない問題が出てきている事を現状認識として法案趣旨に明記している。現状の学校を前提とした改革案にしかこれまで関心を払ってこなかった文部科学省や日教組にとってはある意味、自分たちの行なってきた事を批判されているので素直になれない部分はあるであろう。今の学校の問題点と限界を指摘されているので、制度に守られ、教育は自分たちの専売特許だと思ってきた日教組の人の中には不愉快に感じる人もいるだろう。

 そして【基本事項】に1.定義、2.設置者、3.管理運営団体、4.修業年限、5.修了者の資格、6.授業料、7.入学試験、8.宗教教育、9.「公教育」としての質の担保、10.指定、11.財務、12.事業収入などの項目があった。全部の内容をここで見ることはしないが、重要なところを見ておくと、設置者は市町村とする事、管理運営主体は「公設学校管理法人」※にする事、修業年限は1年以上9年以下とし、学校教育法上の小・中学生に相当する年齢の児童又は生徒を対象とする事などが書かれていた。

※「公設学校管理法人」とは、学校法人又は教育の振興を目的とするNPO法人若しくは公益法人であって、一定の基準に適合すると認められるもののうち、その申請に基づき、公立学校の管理運営主体として市長村長により指定された法人をいう。

 この勉強会には与野党の国会議員数人も出席しており、国会議員でもこれに関心をもっている人はかなり多いという事が見受けられた。自民党の議員で衆議院文教科学委員会の委員長や民主党議員も複数参加していた。一般にはまだあまり馴染みのない日本型チャータースクールだが、実際に設立できる条件が整いつつある感じが伺えた。

 先ほどの、佐々木さんの話によると、順調に行くと、来年の通常国会に議員立法で法案が上程され可決・成立する可能性があるという。この、チャータースクール法が制定されれば、日本に、明治以来の公立学校と私立学校とはタイプの違う「公設民営」型の学校を設立する事がはじめて可能となる。

 法律はまだ出来ていないが、実際にすでに、チャータースクールになる事を前提として動き出している学校がある。神奈川県藤沢市にある「湘南小学校」で先ほどの「湘南に新しい公立学校を創り出す会」のメンバーが中心となって運営している。週に一回土曜日に午前10時から午後3時までやっており、主に普通の小中学に馴染めずに通えない子どもが来ているという。現在は公民館を借りてやっており、今は、まだ、フリースクールのような感じだが、今後この「湘南小学校」が日本初のチャータースクールになる可能性が高い。

5. おわりに

 現状の公立学校の改革も必要なことではあるが、今後の公教育のあり方を考える時、志や理念をもった人々によって設立される新しい公立学校を制度として認めることにも非常に大きな意味があるように思う。新しい公立学校では、教員免許を持たない人も教えられるし、今の雁字搦めのシステムでは出来なかった教育も段々とできるようになっていくだろう。設立段階から教師・保護者などの人が智恵を出し合って運営されるのだから、実際に動き出しても、既存の学校に預けているという感覚とは思い入れの度合いが違うだろう。

 勿論、これから多くの問題も生まれよう。綺麗ごとばかりではいかないのは当然だ。そもそも学校という所に問題が起こらないことはありえない。法律が出来て、実際にチャータースクールの設立が可能になったとしても、今度は中身(どんな学校を創るのか)の問題がより具体的に問われる段階になり、すぐさまどこかに万人の認める「理想の学校」が登場するというようなものではない。チャータースクールの設立が可能となる事は、冷静にみれば、あくまでも、日本の公教育の中で新たな選択肢が一つ増える事にすぎないのだ。チャータースクールは今の日本の抱える教育の問題を一挙に解決するというような「魔法の杖」なのではない。

 しかし、型にはまった一方的な押し付けの、しかも、志のない教師によって担われてきた公教育、また、志があってもシステムの壁に阻まれて真の人間的な教育をしたいと思う人ほど行き詰まりを感じるという状態だった公教育が(勿論私はこれまでの体験から、志の高いプロ意識をもった、人間的に器が大きく、良い影響力、感化力をもった先生も一杯世の中には居られる事を承知してはいるが)理念や志といったもので、つながった人々に担われる道が開けるだけでも大きな一歩だと思う。日本に新しい形態の学校が出来ることによって、現行の公立学校も刺激を受けて様々な努力をし始め、これまで指摘されても解決されてこなかった多くの問題が解決にむけて努力されはじめる事が期待もされるからだ。今後、チャータースクールに関してはより、具体的な動きになってくる事が予想される。日本の教育の抱える問題を少しでも解決し教育を良い方向にもって行くために私も力を尽くして行きたい。

参考文献・ホームページ

  • 『チャータースクール あなたも公立学校が創れる―アメリカの教育改革』
     ジョー・ネイサン 大沼安史訳・一光社・1997
  • 『チャーター・スクール アメリカ公教育における独立運動』
     鵜沼裕・剄草書房・2001
  • 『コミュニティ・スクール構想 学校を変革するために』
     金子郁容・鈴木寛・渋谷恭子・岩波書店・2000
  • 日本型チャータースクール推進センター
    http://members.jcom.home.ne.jp/charter-center/
  • 湘南に新しい公立学校を創り出す会
    http://www.tamago.org/Tsukurukai/

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吉田健一の論考

Thesis

Kenichi Yoshida

吉田健一

第22期

吉田 健一

よしだ・けんいち

鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)

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