論考

Thesis

日本の現状と私の心構え

年の初めに当りどのような心構えで今年の活動をするのかについて書いておきたい。今回は年初めでもあるのでやや大きな観点から書いておきたいと思う。まずは私の今の日本に対する認識を書いておきたい。

 私には現在の日本は直接的にはデフレ不況が原因とはいえ、国自体が益々チマチマした雰囲気になり、人々は保身的になり、モラルが低下して行っているように思えてならない。このような時代ほど人間・社会の理想とは何かという問題について深く考えなくてはならない時代はないと思う。しかし、残念ながら、このような時代にはいくら正論を本気で話しても、一般には常識はずれな言動だと受け取られる可能性もある。この辺はなかなか難しいところだ。「チマチマした」などという表現を使うと批判が来るかもしれない。「皆この不況下で必死に歯を食いしばって生きている」と。確かにそうだろう。私はそういう人を批判しているのではない。全体がここまで悪くなってきているのに、根本的な問題や本質的な問題は何なのか考えようとせずただ、これからは更に厳しくなるから自分だけは助かろうと思っている視野の狭い人間が増えてはいないかという事をいつも思うのだ。

 私は本当のところは個人にも運命があるように国にも国民にも運命があると思っている。そのレベルから見ると日本は今年も良い方向にはまだ向かないように思っている。今の国民の意識全般を考えても歴史の流れから今の日本を考えても今年も良い年にはならないであろう。今は「そういう時期」なのだと思う。今年もここ数年のように社会の様々な分野で膿が出るという気がする。その後、国民の覚醒が何段階かの大きな事件を経て起こるであろう。雪崩を途中で止める事が出来ないように、日本も一旦完全に行くところまで行かなければならないのかもしれない。

 しかし、いくら今は「そういう時期」だとしても、現状をどうしようもないものと諦めたり自分だけ助かろうというような態度をもつ人には私は日常的に言動で闘いを挑んで行かなくてはならないというふうに思い始めている。批判すべきは批判し、時には、誤解を怖れない発言も必要だと思っている。おそらく益々混迷するであろう今年、大きな視野と確かな時代認識をもち、自分の真の使命を常に意識しつつ活動し、日本の復活の為に行動すべき力を蓄えようと思っている。

 なぜ、こういう事を書いているかというと、私は松下幸之助塾主がなぜ、この塾を創られたのか根本的な問題を改めて考えているからだ。塾主は大変に大きなところを見てこの政経塾を創られたのではないかといつも思う。塾主は何でも専門化していくことや学問が細分化して行く事に対して批判的だったように思う。そもそも政治と経営でさえも分けて考えてはいけない、人間の営みの全てが「経営」で国や自治体の「経営」が「政治」だというお考えだった。塾主のレベルから見てみるといかに我々が小さくせせこましいレベルで日頃「経営」と言っているかが分かる。ここの塾生がそれぞれの見識を磨くために専門分化していくのが悪いわけではないが、もっと何事も全体を大きく捉えて行く事も必要である。塾主は人間を掴み、普通とは違った観点から世のあり方、政治のあり方を考え、実践する政治家を輩出する事を願っておられたと思う。それは昔の講演を本で読んだりビデオで見ればわかる事だ。ただあまりに塾主は大きな事を言っておられたし、また根本的なことを言っておられるので、読むほう(ビデオなら見るほう聞くほう)にもそれなりのセンスというか勘がないと理解できないことが多い。もっと雑にいえばセンスのない人や勘が鈍い人や現代の狭い小賢しい知性に囚われている人には松下塾主が政経塾を何故創ったのかを話している部分は多分理解出来ないと思う。難解すぎて理解出来ないのではない。素朴過ぎて理解出来ないのだ。「知」で考える人ほど、塾主の言っている事をただの個人の成功話と思い、後の思想的な部分は稚拙で抽象的過ぎて思想家としては素人の実業家が晩年説教臭い事を言ったという程度にしか理解出来ないと思う。我々も政治・経済・社会の出来事について、状況についての自身の立場、考え方を持つ時に、何が世の中を動かしているのか、何が人間を今こういう状態にしているのかといった事を大きな視点から考え、天地宇宙の理とか自然の理法とかいった視点から実際の現象に対する事をもっと意識しなくてはならない。

 このように考えてくると、本当に必要な事は実際には人間の器をどう鍛えるかという事に尽きる気がする。知識は学べば増えるが人間の器は学んだだけでは大きくならない。書物からも学び実際の人間社会からも学んでこそ大きくなる。だから塾主は現地現場主義にこだわられたのだろう。決して書物を低く見ておられたのではなく、書物だけでは足りないと思っておられたのだ。いずれにせよ目指すべきは「人物」になる事、器の大きな人間になる事につきるのではないだろうか。塾主の言葉でいうと「ゴツゴツした名人」だ。12月にかつて塾で囲碁を教えてくださっていた、日本棋院理事の酒巻先生とお話しした時に、かつての塾は「人間いかに生きるべきか」という事についてもっと考える時間が多くあったといわれていた。私自身もっとそういう事をやって良いと思う。そして大人物たる素養を涵養して今後襲いかかってくるであろう小賢しい連中にどう人間として負けないかの訓練をやっていかなければならない。指導者を目指すとはそういうことではないか。そう思わざるを得ないほど今の日本は小賢しい連中が多くてそういう人間が束になって生きている。「ゴツゴツした名人」どころか「チマチマした小人」が権力を握り人を指図している図が多く見られるのだ。

 今日本で行なわれている議論の大半は「何の為に」という事が抜け落ち「幸福とは何か」という問いもない。今の政治・経済の議論の目的は景気回復だという事だけはわかるが不況脱出のためにだけ全ての人間が働いているのだろうか。そうではないだろう。しかしそれ以上の事は議論にならない。もはや人間として理想も社会としての理想も今の日本人の多くは考えられなくなっているのだ。このような状況がそもそもおかしいのだという認識を持つ人が増えなければ日本は益々、漂流していくだけであろう。私は現実の様々な現場で研修するとき、人と交わる時、絶えずこういう視点から考えて活動し発言していきたい。

Back

吉田健一の論考

Thesis

Kenichi Yoshida

吉田健一

第22期

吉田 健一

よしだ・けんいち

鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門