論考

Thesis

東京シュタイナーシューレ研修報告

はじめに―何故、この研修を行ったのか―
私は昨年から、これまでに国内の主に「フリースクール」と呼ばれる学校での研修を何ヶ所か行って来た。私は実の所、個人的にはこの「フリースクール」という言葉があまり好きではない。また、実際に「フリースクール」と呼ばれる所でもこの言葉を好んで使うところと自分からは名乗らない所がある。現在の公教育とは違った考え方をもって意欲的に独自の教育を行っているところや、また、公教育で受け入れられなくなった子ども達の「受け皿」的な役割を果たしている学校など様々な学校があるが、この「フリースクール」という言葉に対する対し方も様々なようだ。

私自身が、何故、この言葉があまり好きではないかはうまく言えない、「フリー」という部分が何かひっかかるのかもしれない。実はこの事はいろいろな所に行く度に考えてきたが確たる答えは出ていない。私は、今の日本の教育はあまりに画一的なので、今後はかなり自由で個性的な教育が実際に出来るようになる事を良いことだと思っている。だから、これまでにも全国で様々な新しい教育を実践したり模索している人と活動をしてきたり、お話しを伺ったり、実際に働いたりしてきた。しかし、決して、今の「フリースクール」の全てが今後、公教育の枠内で認められる事が良いとは思ってはいない部分もあるし、また、自由化をどこまで認めるかは常に難しい問題だと思っている。

前置きが長くなったが、これまで、私が「フリースクール」といわれるところに行ってきたのは、何かそこに、今後の日本、社会、教育、子ども、人々の生きようについて考えるヒントがあるのではないかと思ったからである。今回、私が研修させていただいた「東京シュタイナーシューレ」についても以前から関心をもっていた。この研修の目的は、大きく見れば、今の日本で様々な教育についての議論がなされるなかで、議論ではなくすでに実践を行っているところに行って、実際を知ってくるという事の一環であるが、また、もう少し絞って考えてみると、全世界で行われている「シュタイナー教育」とはどのようなものであるのかを知る事であった。

シュタイナー教育とは何か―魂の教育―
簡単にシュタイナー教育について紹介をしておきたい。シュタイナー教育とは、オーストラリア人思想家、ルドルフ・シュタイナー(1861‐1925)の人間観に基づいた独自の教育である。最初のシュタイナー学校は1919年にドイツで誕生した。

シュタイナー教育の、教育観は成長の節目を7年ごとにとらえることや、幼児期=意思の形成、少年期=感情の育成、青年期=思考の育成と3つの時期にふさわしい教育の方法を編み出している事などである。欧米諸国にはどこの国にもシュタイナー学校があり、アジア・アフリカにも数校ある。日本には今の所、4つのシュタイナー学校がある。私が研修している「東京シュタイナーシューレ」は日本では一番古いシュタイナー学校であり15年前に生まれ、昨年NPO法人の認証を得た。場所は現在は東京三鷹にある。

シュタイナー教育の特徴はどの教科も芸術的に行うという事である。社会や数学という名の時間はないが、「エポック」と呼ばれる担任が行う教科学習の時間に国語や数学や社会や理科に当たるものを学ぶ。しかし、その進めかたが全て芸術的なのである。また、シュタイナー教育の特徴は1人の担任が9年間同じ生徒を教えるという事である。一般にいう小学校1年生から中学校3年生までの子どもが学んでいるが、小学校・中学校の区別はない。中1にあたる学年は7年生と呼ばれ、最高学年は9年生である。つまり、1人の担任が9年間1人の生徒を責任をもって教育をする。

「エポック」の時間は教科学習だが、他に「専科」の時間があり、これらの時間は工芸や音楽・習字などをやる。これらは担任ではなくそれぞれの先生が教える。しかし、シュタイナー学校の先生は皆、共通点があり、外国のシュタイナー学校の教員養成の学校を卒業して、シュタイナー教育の教育者と認められた人ばかりである。日本の教員免許をもっていても教えられないのである。

シュタイナー教育の理念になっている思想は皆、シュタイナーの「人智学」からきている。この「人智学」は知性・感性のバランスを重視している。また、世の中は物質のみから出来ているという考え方ではなく、人間には魂があるという考えである。

シュタイナーシューレに行って
実際にシュタイナーシューレに行ってみてもなかなか本質には迫れない。正直、まだまだ分らない事が多い。実際に授業を見たり子どもと接したりといった事が、シュタイナー学校ではなかなか出来ないからである。実際、私がやっている事は事務の手伝いなや荷物運びなどで、何かこれまでと勝手がちがうのである。実はこの辺にシュタイナー教育のカギがあるようだ。授業は保護者もなかなか見られないということである。授業を外部の人に見せると子どもが緊張したりいつもと違う状態になるからだという。

悪く言えばとても閉鎖的であり、良く言えばとても子どもを大事にしている。その大事にされ方は、「世の中の汚いものから子どもを守る」という感じが根底にあるのではないかというくらい子どもを大事にしている。一例を挙げるとシュタイナーの子どもは、家で一切テレビを観ない(観せてもらっていない)ようであるがこういうところからも伺える。

子ども達もはっきりとわからないが、全体でみると明らかに普通の小中学校の子どもとは違う感じがする。良く言えばとても礼儀正しく、また優しい感じだ。ただ、少し悪く言えばとても年齢の割に幼い感じもする。普通の公立学校の小学生のようなうるさい感じがあまりない。これはテレビを見せない事や、1人の担任がずっと教えている事、出きるだけ大人や社会の汚い部分に接しさせない事等が原因だと思う。

事務局体制は驚いた事に全て保護者(お母さん)によって成り立っている。生徒のお母さんで事務局の仕事を全部回しているのは人間のもつパワーに驚くと同時に、余程の覚悟と信念がないと出来ないことと思った。先生方と保護者はよく、意見交換している。

公教育との折り合いをどうつけるのか―教育改革特別区について―
先に触れたように、東京シュタイナーシューレは、NPO法人だがお金が少なく、行政からの補助金が出ない状態で学校を続けていけいる。運営は微妙な状態にある。従って、何とか新しい道を求めねばならぬという気持ちから、今、小泉内閣が進めている特区で「特区学校法人」になることを目指している。また、自治体や中央の政治家や行政職員と非常に良い関係を作るべく活動をしているようだ。多くの与野党の文教議員や地元の地方議員や教育関係者も視察にくる当たりから、東京シュタイナーシューレは―シュタイナー教育そのものにはやや秘密的な部分があっても―現実の社会とは非常に友好な関係をも結んでいると思われる。今回もし「特区学校法人」になれば、これまでの活動に行政から補助が出る事になる。

「特区学校法人」になれば、運営面でかなり自由に活動が出来る。これはシュタイナーシューレにとっても似た運動をしている人にも朗報である。しかし、上に見てきたように世界中にあるとは言え、シュタイナー教育は閉鎖的で「密教」的な部分がある。これらの部分をどう考えるか、外側の公教育とのバランスをどうとるのか、いくら今の社会が病んでいるからと言って、子どもを社会の空気から毒気を受けないようにし続ける事が良いかという議論が起こってくると思う。

私自身は、日本中にこういう学校もあっても良いではないかという意味では、多様性が広がる事は喜ばしいと思う。しかし、実際、あまりに「密教」的部分を隠し「顕教」的部分だけを出し、「特区学校法人」になるのは良いことかなという気もする。ここが以前に行った「ラーン・ネットグローバルスクール」とは違う所だ。今後もう少し偏らない態度で考えてみたい。

おわりに
実は、今回の研修はまだ途中である。3週間のうちの2週目の途中である。普通、1つの所をみるのは2週間くらいあれば大体の感じはつかめると思うが私は今回は初めから敢えて3週間、受け入れてもらう事を希望した。2週間では多分分らないだろうと思ったからだ。夏休みになった後、先生方へや保護者の方のインタビューや意見交換を通してもう少し、本質に迫れればと思う。更に知見を得て後日もう少し情報を盛り込み、私の見識も披露するつもりである。

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吉田健一の論考

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Kenichi Yoshida

吉田健一

第22期

吉田 健一

よしだ・けんいち

鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)

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