論考

Thesis

義務教育制度改革の議論について

文部科学相は、義務教育を中心とした高校までの教育制度の改革について、中央教育審議会(中教審・鳥居泰彦会長)に包括的に諮問する方針を固めたという。これは、全国で様々な試みが実施され、義務教育を取り巻く状況が実際に大きく変化していることから、改めて義務教育のあり方を検討するためだという。

 読売新聞(5月8日朝刊)によると、「今後の初等中等教育改革の推進方策について」と題して、教育課程・指導の改善と義務教育など学校制度のありかたの二つのテーマについて諮問する予定だという。諮問を予定されている主な課題としては、教育課程・指導の改善の中には、学習指導要領や年間授業時数の考え方、長期休業日や学期の区切り方、「総合的な学習」の充実、習熟度別指導、発展的な学習などの推進、学力テストを踏まえた指導の改善、義務教育など学校制度のありかたとしては、義務教育の今日的意義、国と地方自治体の役割、就学時期の弾力化、幼小・小中など学校間の連携、義務教育国庫負担制度、株式会社やNPOによる学校経営などについて諮問されるという。

 記事によると、構造改革特区で認められた株式会社や非営利組織(NPO)による学校経営について全国に拡大するかどうかや、六・三・三制にこだわらない学校を設置する動きがあることから、幼小、小中などの。一貫教育の是非についても検討するとあった。中教審は結論の出たものから答申を出すという。答申を受けた文科省は必要に応じて学校教育法などの関連法令の改正を進める方針だという。

 諮問内容をみているととても広範囲に渡っている。制度を変えようとすると最終的には法律を変えなければならないから、どのような事も最終的には国会で議論がされるのだが、実質的には我が国の場合、各省庁が法律の改正案作りに着手する時点で大方、制度改革の方向が決定される。その際に、諮問先の審議会からの答申を参考にする事が多いのだが、そうすると審議会の答申が多くの場合実質的な制度改革の骨格を決める事となる。立法府たる国会は多くの場合、余程の重要法案や国民の中に反対の多い法律でないと廃案にする事はない。省庁から出てくる改正案は殆どの場合、与党の事前審査を経て通る。この度の義務教育改革についても、実質的な内容は中教審で決まるのであろう。

 制度改革が実際の教育現場の様々な試みや改革に追いつかなくなっているというのが、現在の状況だと思う。今回の義務教育制度改革の文科相の諮問は、現実に追いつく為の制度改革を行なうためのような印象を受ける。しかし、個々にみていくと、実はかなり深い議論が必要なことも多い。単純に現状を追認する制度改革を行なうための答申になって良いものかという気がする。答申に根本的な思想というか方向性がなく、バラバラに現状を追認するだけのものになっては意味がない。しかし、何となく隠された思想みたいなものはあるのかもしれない。そして、答申の底にある思想こそが実は一番問われる部分だ。

 今回の諮問内容を見ていると、多くのものはそのまま、認めれらるような気がする。私にはこの中に、個人的に期待をもっているものもあるが、今の方向でのみ進んでしまう事についての懸念もある。構造改革特区で認められた、株式会社やNPO立学校の経営を全国的に認める事などは、現状に鑑みて賛成だが、何か全体から受ける印象は、義務教育に対する責任を国が縮小して行く方向と改革の名の下に一部の子どもを優遇しその他の多くの子どもを切り捨てる方向に進むものにも見える。これは、実は、穿ちすぎかもしれないし、今回は細かい言及は避けるが、大人社会の「能力主義」のようなものが明確な基準も指し示されないまま何となく子ども中にも導入され行くのではないかという感じも受ける。

 多様化を認める事はとても良いことだと思うし、硬直化した今の教育現場を活性化するために、また、今までと違った思想・物事の考え方に基づいた教育が出来る可能性が生まれる事には期待がもてる。しかし、これは以前にも書いた事だが、今のような人間観・社会観がそのままに続く世の中で子どもの個性重視の名の下、差別をして行くのが当然という世の中になっていく事には抵抗を感じる。ここは微妙で非常に難しいところだ。これまでのものの失敗を踏まえた上で今後の社会における新しい公教育の概念を構築しなくてはならない。

 是非、制度を改革する(法律の改正を伴う制度改革)が長い目で見て、どういう結果をもたらすか、引いてはどういう社会を創るのか、結果として創ってしまうのかという点まで見据えて議論をして欲しい。短に現状を追認するだけであれば、わざわざ、審議会で議論をする必要はないからだ。世の中の進み具合にそのまま合わせれば良いからである。しかし、何らかの制度改革を行なう場合は現状認識と共にあるべき、改革後の姿、もっというと、5年、10年、50年後どういう社会になる事を望ましいと思って改革を行うのかというより根本的な思想を議論する事ことそが求められる。

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吉田健一の論考

Thesis

Kenichi Yoshida

吉田健一

第22期

吉田 健一

よしだ・けんいち

鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)

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