Thesis
先月のレポートでは、年の初めということもあり、大きな視点から今の日本の現状に対する私の考えと心構えについて書いたが、今月は昨年の12月から1月にかけて行なった、神戸にある「ラーンネット・グローバルスクール」(以下、ラーンネットと略す)というフリースクールでの研修報告とそこでいろいろ考えた事を書いておきたいと思う。実は後述するように、ラーンネットは理念的には一般的なフリースクールと一線を画しているが、分類上はフリースクールにあるため、便宜上ここではフリースクールと書いておく。
今の日本は教育に対する問題が噴出し教育問題に関しての国民の関心も強い。不登校・学級崩壊・学校崩壊・ひきこもりなどの話題が世間を騒がせるようになって久しい。しかし、理念的なレベルから実践的なレベルまで様々なレベルで議論が起こっているものの、現実にはなかなか教育改革は進まない。現状の教育に問題があるという認識をもっている人同志でも人によって理想とする教育も現状認識も微妙に違うため、教育問題は誰もが日常的に語れるが実際には奥が深く課題も多く取り組むのに非常に難しい問題である。
しかし、制度論的なアプローチや抽象的な議論に終始するのではなく、実際に日本の今の教育とは違ったかたちの意欲的な教育が様々な現場で行なわれている事も事実である。一般にはあまり知られていなくとも、多くの志ある人によって、今の状況に風穴をあけるため様々な意欲的な教育が実践されている。私は、まずはいくつかのフリースクールの現場に実際に身をおき、異なった教育理念(手法)の学校をまわり現場をみて見識を深めたいと考えた。今回の研修の目的はフリースクールについての実際を知る事、どういうニーズをもった子どもがいるのかを掴む事、親の意識を知る事などであった。
いくつかの学校を調べてみてここのラーンネットの事を知った。そして、研修をさせて欲しいとお願いした時にちょうど「ナビゲーション講座」というのをするのでまずこれに参加して欲しいと言われて参加した。ラーンネットでは一般にいう先生を「先生」とは言わず「ナビゲータ」と呼んでいるが、それは、大人が子どもを「指導」していくというより「支援」していくという考えに基づいてこの学校が運営されているからである。ナビゲータは子どもが自立的に生きる力をつけることを支援する。その技術が「ナビゲーション」である。その「ナビゲーション」とは何かと言うことを一通り身につける講座があったので先にそれに参加した。これが終わってから通いで研修をしたい事を言ったら受け入れてくださることになった。
ラーンネット・グローバルスクールに関心をもったのは、この学校を創った炭谷俊樹さんが提唱している「第3の教育」という概念に強く関心をもったからである。「第1の教育」が現在の普通の教育で学ぶ中身は権威(文部科学省等)が決め偉い人(先生や親)が教え込む「管理」による教育、「第2の教育」が強制はいや、権威には従わない、したいことは何をしてもいいという「放任」による教育であるのに対して、学ぶ主体は自分であり、興味や選択により自ら学ぶ内容や学び方を選択するという「自立」が理念だというこの「第3の教育」という考え方に私は強い関心をもち心引かれるものがあった。著書である『第3の教育―突き抜けた才能は、ここから生まれる』も読ませて頂き、共鳴する事が多くがあった。ラーンネットもフリースクールだが、多くのフリースクールが「第2の教育」的な感じのところが多いので、ラーンネットは自らはフリースクールという言い方はしていないようだった。
ラーンネットグローバルスクールは、神戸の岡本という所と六甲山頂の2ヶ所にある。子ども達は、朝、神戸市の岡本にある「岡本わくわくハウス」に集合しそこからバスで「六甲山のびのびロッジ」に移動する。ここには小学1年生にあたる年齢から中学2年生にあたる年齢の生徒が20人くらい通っている。年齢にすると6歳くらいから15歳くらいまでの幅広い年齢層の生徒が通っている。
クラスはみんなで5つに分かれている。小学校1.2年生のクラス(ぶどうクラス)、3.4年生のクラス(UFJクラス)、5.6年生のクラス(fewクラス)と中学のクラス(3点組)だ。5.6年生と中学のクラスは一緒にやる事もあるようだった。
カリキュラムは「ベイシック学習」「テーマ学習」「プロジェクト学習」「とことんやろう!」の4つに分れている。「ベイシック学習」では、読み書き・計算等基礎的な力を身につけたりある程度反復練習が必要なことを練習する。「テーマ学習」は、テーマに沿って、調べる、実験する、作る、話しあう、考える、まとめるという活動をする。「プロジェクト学習」は、テーマ学習の次のステップで、個人、またはグループで取り組み問題解決能力を身につけるものである。日頃、知りたいと思っている事を図鑑やインターネットで調べたり実際に現地見学やインタビューも行ない、調べた内容や分かった事をまとめてプレゼンテーションソフトなどを利用して資料作りをして、まとめたものを発表したりするものである。「とことんやろう!」と呼ばれる学習は個人またはグループで興味のあることに「とことん」打ち込むクラスである。
ラーンネットの基本的な考え方は「Oplysning」(オプリュスニング)というもので、デンマーク語で「教育」を意味する言葉だという。日本語の教育とはややニュアンスが違い基本的には「照らす」という意味だという。「自分の中に火を灯す」「人と互いに照らし合う」という事が基本的な理念にとなっている。これはこの学校を作った炭谷さんが経営コンサルタントの仕事をしておられた時に仕事で行かれたデンマークで出会った、デンマークの教育に対する考え方から影響を受けて日本でもこういう考えかの学校を作ろうと考えられたところから来ているという。炭谷さんによると、デンマークの教育に対する考え方は知識を学ぶとか計算が出来るとか漢字を知っているとか、そういうことではなく、自分の中に強い力、何か燃えるものがあって、それでお互いを照らし合うということが教育のコンセプトなのだという。
この考え方によって運営されているためにテストもなければ成績もない。また授業では教科書も使わない。これでは、子どもがサボってしまうのではないかと思う人もいるかもしれない。私も初めはテストや成績表がないというのは少し驚いた。しかし、子どもがサボってしまうというような事はなく、子どもは皆自分の興味・関心に基づいて自分の課題に取り組んでいる。ラーンネットでは生徒を他の生徒と比較をしないという事が基本的な考え方となっている。
ナビゲータの役割は、「子どもを信頼し、いい点を見つける」「自らよい見本を見せる」「本物や自然の経験、人との出会いの機会をつくる」「子どもとの対話によって刺激し合い、ともに学び、成長する」という事が挙げられている。
ラーンネットに通いはじめてから、私も実際に入ってみて子どもと一緒にいくつかの授業に参加した。ラーンネットはカリキュラムも特徴的で非常に良く出来ているが教え方が普通の学校とは違うという印象を受けた。普通の学校のような先生が一方的に生徒に教えるような感じの「授業」はない。生徒が自分の課題をそれぞれ自分のペースで学習して行く。
私は主に一番小さなクラスの子どもと一週間ほど行動を共にした。初めに親しくなったのが一番小さなクラスの子どもたちだったからだ。小学校1.2年のクラスの子ども達だが皆しっかりしているなと思った。一般の小学生が今全体としてどういう雰囲気をもっているのかは分からないが、少なくともラーンネットの子どもは非常にしっかりしていて素直な感じがした。集団で何かやる時は子ども同志が相談して物事を決めていくがその決め方などもしっかりしていると思った。
先に紹介したように、ラーンネットの考え方は「指導」というよりも、子どもの自立を助けるための「支援」という考え方なのでナビゲータの人も必要以上の細かい指示を出したりはしないようだった。それでも子どもは積極的に物事を進めていく。また、小学校1年生の年齢から調べものをする学習ではインターネットを使っていたのは少し驚いた。これからの子どもは生まれた時からパソコンでものを調べるという事が普通の時代なのだななどと思った。この事がよい事かどうか別にして、我々が生まれたときからテレビや電話があったのと同じようにこれからの子は生まれたときからパソコンがあり、インターネットを使って生きて行くと言うのは全く普通の事になっていくのだなと思った。
私が通い始めてすぐに2学期は終わってしまった。1月になってからは「テーマ学習」の時間を頂いて、中学生のクラスを対象に「選挙」というテーマで授業をさせて頂いた。「テーマ学習」は大きく分けて、理科系・芸術系・社会系に分かれており、それぞれから、1期間に3テーマを平行して行なわれている。私が政経塾生であるという事もあり、また、今まで政治に関する部分はあまりやったことがなかったようなので「選挙」をテーマにやらせて頂いた。ただ、「選挙」に絞ってしまうと少し狭くなると思い、私は「選挙・政治・民主主義」と大きくテーマを設定した。ナビゲータの方と打ち合わせをして進めていくことにした。
「テーマ選挙」は、はじめに鈴木宗男氏の写真を生徒にみせて「鈴木宗男って誰?」というところから入って行き、政治家の仕事、何故、国民が政治家を選ぶのか、民主主義と独裁政治の違いなどを学ぶということにした。はじめの2時間でレクチャー的な事をして、3、4時間目は「ラーンネットを1つの国と考えてもし自分がラーンネットの首相だったらラーンネットをどうするか」というテーマで最後の時間に演説をするために調べ学習及び演説原稿を書いてもらう事にした。そして、最後の時間は「ラーンネットを1つの国と考えてもし自分がラーンネットの首相だったらラーンネットをどうするか」というテーマで演説をしてもう事とした。レクチャーの部分は、なるべく、一方的な話にならないようにし、私が子どもに質問をし、子どもに答えてもらったり自由に発言してもらい、その話しから更に進めていくという感じで行った。全体を通じて一通りおわると教科書に出てくる内容は理解するというような感じになるようにした。
このテーマ学習の目的は民主主義を実感することだった。2週間目は私が政経塾へ帰らなければならなかったため、調べる時間はナビゲータの方に見てもらった。3週間目、また私が戻ってきた週の最後の時間に発表をしてもらった。それぞれ、個性的で良い発表をしてくれた。テーマは大きく、「ラーンネットをどうする」というテーマに設定していたが、中には「セクハラ防止策」や「のびのび憲法改正について」(のびのび憲法はラーンネットの生徒が守るべき規範を定めた憲法)「外国人を入学させよう」などという具体的な提案をしてくれた生徒もいた。また、ラーンネットの事にとらわれず、日本をこうしたいという提案をしてくれた生徒もいて非常に感心した。ちなみにこの生徒は様々な分野に関して大人顔負けの知識をもち、また独創的なものをもっており「教育」「医療」「交通」「エネルギー」「環境」「外交」といった現実の社会の様々な政策分野に自分で関心をもち、今の日本の持つ課題と自分の思う解決策を示してくれてとても感心した。終わったあとはアセスという一人一人の子どもに対するテーマ学習をおえてのコメントをナビゲータが書くことになっているようだ。これは評価ではあっても成績ではない。私自身が正直に感じたところを一人一人丁寧に書いておいた。
テーマ学習がない日も毎日通って子ども達と行動を共にしたのでいろいろ発見することや思う事も多かった。毎日、夕方の4時くらいに岡本に戻って来てから主に小学校1.2年生の生徒達と遊んだ。「高鬼」という鬼ごっこをしたりしたが、実際に自分が子どもだった時以来鬼ごっこをやったのではじめは感がつかめなかった。これも現地現場主義だと思い出来るだけ私は子供と触れ合うようにした。
全体的に楽しい毎日で、教育について考えさせられたが、良いことばかりだったわけでもない。これはメルマガの『TAO』に書かせて頂いた事と重複するが、考えさせられる事もあった。よく話す2年生の元気な男の子がいたが、その子ども達と遊んでいる時にちょとした事件が起きた。3人で私にじゃれてきたので全員に手加減して相手をする事は難しくなり、その子どもに蹴ったりぶつかってきたりするのでやめるよう言った。それでもやめず益々全身でぶつかったりしてくるので、私はその子どもを投げ飛ばしてしまった。強くしたつもりはなかったが、畳の上に落ちて体を打ってしばらく動けなくなった。私も驚き、強過ぎたかと思い謝りはしたが、その子は大変な顔で私を睨んで来た。
何回も注意をしたにも関わらず私の肘を蹴ってきた直後に起きたことなので私も自分だけが全部悪いとは思えず、私は「やめろと言った時にすぐやめなかったからこういう事になったのだ」という事を説明してその子どもにも非がある事を悟らせようと思った。するとその子どもは「全部、僕が悪いのか」と言って益々、突っかかってきた。私は「強過ぎたのは悪かったが、やめろと言った時にやめずに悪乗りしてくるからこういう事になったのだ、自分は悪くないのか」と言った。その子は黙って30分くらい何か言おうと思って私を睨んで座っていた。私もこれは最後まで付き合うしかないと思ってずっと正面に座っていた。私はつくづく、子どもを叱るのは難しいと思った。こんな事は教育の現場にいる方は日常的に経験しておられる事だとは思うが、子どもとは言え、時間をかけて人間と正面から向き合うというのは楽な事ではないなつくづく思った。
ラーンネットのように独自の考え方に基づく意欲的な教育を始めているところは最近増えてきている。また、あまり知られていないのかも知れないが、以前からシュタイナー教育の学校など公立でも私立でもないが独自の理念と手法に基づいた教育を行なって来ている学校もある。これらの学校は公立学校ではなく、私立の学校法人でもないため、法律的には民間の私塾だか、近年、教育問題が様々な立場から議論される中で、大きな役割を果たしていると思う。今までなかったようなこういう学校が制度の壁に阻まれながらも自然発生的に出来てきている事はこの国の教育が一種類しかない事に違和感を覚える人が増えてきているからだと思う。私は決して今の公立学校を全否定するものでもないし、あちこちの学校で意欲的な面白い試みが為されていることも知っているが、フリースクールが担っている役割についてももう少し評価されて良いのではないかなと思う。
以前の月例レポートでチャータースクールについて書いたが最近は小泉内閣の教育特区構想が出てきてからチャータースクール(公設民営学校)をつくれる状況をつくる運動は少し勢いをなくし、特区の中で自分たちの理想と思う教育を行なえる状態を作り出そうという動きのほうが盛んになっているようである。規制改革の中の特区のなかで、自分たちの思う理想の教育を進める状況を創ろうという考えを持つ人が積極的に活動をしている。いずれにせよ、独自の教育が行なわれる可能性が増え、現状の教育にあきたらないあるいはどうしても馴染めない子ども達の居場所が出来るようになる事は望ましい事だと私は考えている。
また、今回行ったラーンネットも株式会社であったが、今、政府(内閣府)の規制改革会議では農業分野、医療分野と並んで教育分野へも株式会社の参入を認めるかどうかが議論されている。以前の月例レポートで私は何でも自由化、規制緩和されることには慎重な意見を書いた。その考えは今も基本的には変わっていない部分もある。株式会社の教育分野への参入が文部科学省の反対で見送れた事に対しても、どちらかというと積極的な評価をしたが、それは教育が全て市場主義に委ねられる事によって起こるかもしれない事態に懸念を示したわけである。しかし、ラーンネットのように小規模で別に儲け主義ではなく独自の理念・考え方をもって意欲的な教育を行なっている所を正式に認める道が開けることは良いこと思う。
しかし、ラーンネットのような感じのどちらかと言えば経済的に豊かで教育にこだわりをもっている親が通わせるような学校ばかりがフリースクールばかりではない。また、中身の面から考えてもラーンネットは基本的に自由な学校とはいうもののある程度カリキュラムもしっかりしており毎日きちんと進んでいくがそういう学校ばかりではない。こういう学校も含めてどう考えていくのかは難しい。今後はまた違ったフリースクールも見て、今どういうニーズをもった子ども達がいるのかを知りたい。またどのような方々が様々なニーズをもった子ども達の教育にあたっておられるのかを知りたいと思う。2月は北海道夕張にある、主に不登校の児童を中心に受け入れているフリースクールで寄宿舎に住みこんでの研修をしている。次回はここでの研修報告を書きたい。
『第3の教育――突き抜けた才能は、ここから生まれる』(炭谷俊樹・角川oneテーマ21)
ラーンネットグローバルスクールホームページ http://www.L-net.com
Thesis
Kenichi Yoshida
第22期
よしだ・けんいち
鹿児島大学学術研究院総合教育機構准教授(法文教育学域法文学系准教授を兼務)