Thesis
この半年間、主に公立の小学校の現場に文字どおり潜り込み、実態を見せていただく、という研修を続けてきた。現場を見れば見るほど、結局行き着くところはソフト、つまり教員の資質の問題だ、という結論にぶちあたる。システムをいくら変えても、第一線で子どもたちに接する先生方に頑張っていただかないと、どうにもならない。
千葉の小学校では、熱意と教育的愛情とをもって子どもたちを見、彼等の個性を尊重して能力を伸ばし、しかも学校の中で起こるさまざまな局面に的確に対応できる、という先生の下で研修をさせていただくことができた。
しかし、そういう先生ばかりではない。熱意はあるのだが、授業中ヒステリックに子どもたちに怒鳴り散らすだけの先生もいる。まるでやる気がなく、授業もろくにしない、という先生もいる。
子どもたちは雰囲気に非常に敏感だ。前者の先生のクラスでは、教室の中で子どもの自然な笑顔を見ることは殆どできない。休み時間の子ども同士の会話も、「いけないんだ」「先生に言ってやる」といったとげとげしい内容のものばかりだった。後者の先生のクラスでは逆に、生徒たちは「個性」という名のもとにやり放題、当然基礎学力も落ちる。
先生の質のバラつきは依然、大きい。それなのに子どもたちは一旦クラス分けされれば、どんな先生であっても否応無く毎日その先生の教室に通い続けなければならない。
長期的には生徒の側に選択権を持たせるべきだ、と考えているが、現段階でクラス間の不公平を少しでも縮めるためにやるべきことは、たとえお金が余分にかかるとしても、教員の養成、採用、研修を客観的な基準をもって真剣に行うことだ。
すでに六月の月例報告にも書いたように、オーストラリアのNSW州では、教育学部の学生は大学にいる間に合計6~8回1カ月ずつ、つまり、実質一人6~8カ月の教育実習を受ける。それだけやれば、自分が本当に教師という職業に向いているのかどうかわかる、というわけだ。教育学部の教授は全員教職経験者で、実習も彼等の指導を受けながら進める。現場側の担当教師は実習生の授業を全て見てレポートを書き、その実習記録のレポートが教員採用時の判断材料になる。
これに対して、わが国では、実習は大学卒業間近の三週間のみ、実習のことまで親身になって指導する大学教員は一部の「とても丁寧な先生」だけだ。現場側の担当教師も実習の評価をする。しかし実習生はその母校、或いはなんらかのつながりがある学校で実習を受けることが多く、ある先生曰く「何か問題があったとしても、それを書けないのが人情ってものじゃないかねえ。」
しかし、問題に目をつぶって採用しても、結局のところ被害を被るのはその教師に受け持たれる子ども達であり、そして合わない職業に就いて苦しむ教師自身なのだ。
ある県の採用試験では今年、応募者487人の中から小学校教員51人を採用した。 試験内容はペーパーテスト、実技試験、適性検査(内田クレペリン検査)、面接。面接は人事課5人で対応し、各学校の校長教頭なども駆り出されるが、一人当たり20分が限度である。
「20分では、見抜けないのです。去年も半年で精神疾患になって辞める人が出て、定員の調整が大変だった。そういうことが毎年あるんですよ。」と担当者は頭を抱える。
採用時の問題として大きいのは、ペーパーテストによる点数輪切り以外に客観的基準がない、という点だ。
現在、PHP研究所の研究会で、教師を評価するための客観的な基準をつくろう、「教師の条件」を考えよう、という試みをしている。
その参考として、オーストラリアのニューサウスウェルス州の教育省の諮問機関のメンバーに会い、彼等が作った「教師の達成すべき基準(Desirable Attributes for Teachers) をいただいてきて、それを訳して委員に配布した。
一部を引用させていただく。(全文の内容を知りたい方はメールにてお問い合わせください)
教師になる全ての者は、以下の事柄の実践を求められる。
つまり、教師はあらゆる局面に教育的に最良の方法で対応しなければならない、ということだ。彼等はまさにスーパーマン、スーパーウーマンであることを要求されているわけだが、現場の教師たちも、この要求によく応え、できるだけこの基準を満たす教師たらんと努力しているように見受けられた。
PHPの委員の間でも、この基準はよくできているという評判で、これを叩き台にしてなんとか「教師の条件日本版」をつくろうと画策している。
ただ、忘れてはならないのが、5月の月例報告でも述べたように、教師をかたちづくるのはまさにその人自身が子ども時代に受けてきた教育である、ということである。そしてまた、教育はその土地の文化的、歴史的背景を強く反映してつくられるものである。木に竹を接ぐような改革をしてはならない。
今までの日本の教育を形作ってきたものは何であったのか。小学校の現場に毎日通い、先生方と話をさせていただいていると、そのヒントが見えてくる。
もうしばらくの間じっくりと考え、その答えをだしたい。
Thesis
Tomoko Shirai
第16期
しらい・ともこ
NPO法人新公益連盟 代表理事
Mission
教育・ソーシャルセクター