論考

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開校まで、いよいよあと2ヶ月!

4月24日の開校までいよいよあと2ヶ月あまり。2月10日現在125人の入学が決定しています。この学校に大きな夢を抱いてやってきてくれる子どもたちと毎日会いながら、「4月24日が早く来ないかなあ」と、そればっかり考えています。
 学校づくりを始めた6月以来、毎日少しずつ日記をつけて学校ができていく様子を記録しています。今月の月例報告では、その一部を公開します。

学校日記 1月

1月4日 月曜日

  仕事始め。朝、創立者マキノ氏に東京から電話。沖縄のとある有力な経済人が本格的にインターナショナルスクールを応援してくださることが決定した、という嬉しい話をきく。

1月5日 火曜日

 東京で色んな人に会う。たまに上京すると、面会希望やら取材希望やらがどっと来て、みなさんに会う時間をつくるのが本当に大変。色々な人にご無沙汰してしまっていて、心が痛い。

1月6日 火曜日

 朝、帰沖。本年初出勤。
 机の上に年賀状やらファクスやら手紙やら伝言やらが山積み。その上面接がたてつづけで4件入っていて、目が回るほどの忙しさだった。
 創立者も忙しそうでほとんど話す暇がなかった。

1月7日 水曜日

 面接5名。

1月8日木曜日

 面接4名。

1月9日 金曜日

 まだ入学願書を提出するかどうか決めていないので面接ではなく、話だけ聞きたい、と15歳のAくん親子のアポイントメント。私はてっきりお子さんのために親御さんを説得しないといけないのかな、と思って待ちかまえていたのです。
 ところが、お迎えしてみると、親御さんは、「すごいタイミングでこんな学校をつくってくれてありがとうございます!」とニコニコしているのです。ベターな選択を、と思って私立の高校の推薦をとりつけたけれどもそれが子どものためにベストの選択とは思っていなかった、悩んでいたところへドリームプラネットの新聞記事が目にとまり、これだ!と急いで駆けつけた、というのです。
 頭を抱えているのはAくんの方。「高校の資格が得られないのが、将来にひびくんじゃないか・・。」「半年間がんばって辛い思いをして私立の推薦に合格したのに・・。」
 「将来はどうしたいの?」と聞くと、「何も考えていない、高校を卒業するときに考えればいいと思ってた」といいます。
 一生懸命Aくんを説得しようとする親御さんを制して私は彼に言いました。
 「まずは自分が将来どんな風になりたいのか、何をやりたいのかをイメージしてごらん。そのために私立の高校の方があなたに向いているんだったら私はそっちを勧める。」
「あなたが半年間がんばってきたことは、あなたの体の中に残って血や肉になっているはず。せっかく沖縄まで来てこういうことを考えるチャンスができたんだから、合格なんてちっぽけなことにこだわるよりこれからの自分のことを考えてみようよ。」
 結局は学校の予定地を見に行き、海を見てドリームプラネットへの入学を決めたそうです。

1月10日 日曜日

 朝8:30,FM東京、冨永みーなさんの「トーキョーコーリング」に電話で生出演。緊張して舌がもつれた。
 今日は久しぶりに面接がなく、たまっていた仕事を一気にやっつけた。

(中略)

1月16日 土曜日

 24日の第二回体験入学のため一日中下見。
 夜、大阪へ移動。疲れてぼろ雑巾のようになりながらたどり着く。

1月17日 日曜日

 気付けば今日は阪神大震災の4周年の日だった。4年前にボランティアに神戸に来たとき、一緒になって小学校の音楽室に寝泊まりしたご家族は元気に暮らしているだろうか。
 そんな日に大阪にてラジオ出演。毎日放送「月亭八方のぼくらのNEWS」。1時間、学校づくりのことやここに至った経緯などを聞かれた。なかなかに緊張感があっておもしろい仕事だった。反響もかなりあったらしく、準備室にも早速問い合わせが来ているとの報せ。

1月19日 火曜日

 一日中、婦人雑誌Fの取材。ライターさんと写真家の方と学校予定地に写真撮影に行くも、雨がどしゃぶりでどうしようもなく、24日体験入学の日にふたたび撮影、ということに。

1月20日 水曜日

 面接3名プラスインストラクター希望者2名。
 面接を始めて以来初めて、入学願書をそのままお返しする。どうしても寮に入りたくない、昼まで寝ていたい、ということなので。要は学校に行きたくないだけらしい。さぼりたい子どもはこの学校には向かないことは明白だし、「今のフリースクールが楽しい」というので、お母さんとも話し合って入学願書をお返しした。

1月23日 金曜日

 面接インストラクター2人に生徒3人、プラス読売新聞に琉球朝日放送の取材。ずっと喋り続けで、最後の琉球朝日放送のインタビューを受けているときにはアタマがグラグラした。
 夜遅くまで明日の準備をして帰る。

1月24日 土曜日

 第二回体験入学。全国各地から47人の子どもと10人のインストラクター希望者、それにみんなの様子を追う、たくさんのマスコミのみなさん。参加希望者が多すぎて、1ヶ月前からキャンセル待ち状態だったんだ。
 創立者が体調を崩して親御さんのためのオリエンテーションが中止になってしまったのが誤算だったけれど、あとは大成功!
 子どもたちも学校予定地のオリエンテーション、バーベキュー、浜辺での宝探し、と本当に楽しんで帰っていってくれた。
 しかし参加者が多すぎてインストラクターをよく見る余裕があまりなく、帰ってもそればかり悩んでいる。子どもたちも今回は「みんないい人ばっかり!」って言うのよねえ。針の穴を通すくらいの難関の面接をパスした人たちだけあって、悪い材料がほとんどなくて、かえって困っちゃう。最後の手段はスタッフたちやビデオからの情報収集。やっぱり結局は、自然に子どもの中に入って行けた人たちを選ぶことになりそうだ。

1月25日 日曜日

 昨日の体験入学、一回沖縄によこせばあきらめるだろう、と思っていた親御さんも多かったみたいだけど・・来たらますます「この学校に入りたい!」という思いが強くなってしまった子ばかりで、今日はもともと入っていた面接5名に加えてかけこみ面接ラッシュ。
 昨日大人たちに対して悪態ばかりついていたBくん。「とにかくお話しがしたい」というお母さんの希望で面会。
 「昨日はあなたのことが一番気になった。本当はいい子なのに、いきなり相手に向かっていやなことばかり言ったらみんなあなたのことを誤解するよ。私はあなたがいい子だってわかってるんだから、何も警戒することはないんだよ。」と言ったら、お母さんの方が泣き出してしまった。ドリームプラネットでやっていけるという気持ちになったらもう一度面接に来るそうだ。(Bくんは3月に面接を受けに来ることになりました。)

1月26日 月曜日

 今日は面接はお休み、ようやくこまごましたことを片づける余裕が少しだけできた。色々な人に電話をしまくり、ファクス、メールを送りまくる。
 体験入学がとても評判がよく、もう一度やってほしいという要望が多いので、3月14日に第3回を実施することを決めた。

1月27日 火曜日

 休みなしがたたってか疲れがたまり、これはマズイ、と思ったので設立準備室に電話して一日家で死んだように眠っていた。
 夕方6:30に準備室から電話。「今日はテレビ放映です。」慌ててテレビをつけると最初の予告から私の顔がアップで出ている。「人物探訪」だそうだ。
 感動した。子どもたちとこの学校のことを本当に温かい目線でとらえてくださっている。そして、自分自身が子どもたちに対して自然に笑いかけられていることにホッとした。客観的に見ていて「このひと、楽しそう・・」と思った。
 一気に元気回復。

1月28日 水曜日

 創立者、会うなり涙目。昨日はちょうど学校の敷地を提供してくださる会社の全国の営業所の方々の訪問を受けていた最中にリアルタイムでテレビを見て、社長と一緒に泣いたそうだ。「みんなにこのビデオを配ろう!」ってとにかく興奮している。
 私もとても嬉しかったのでさっそく取材にいらしていたキャスターの方に手紙を書いて出す前に創立者に見せたら「キミはうまいなあ、オレは感謝の気持ちをうまく伝えられないんだよなあ」としみじみしている。
 手紙を出してからすぐ、キャスターの方本人から電話があって、びっくりするくらい反響が大きかったとのこと、「学校として認められない学校を宣伝するなんて」という抗議の電話には「冗談じゃない」とケンカしてくださったそうだ。頼もしい。学校がオープンしてからも子どもたちの様子を見守りたい、と言ってくださった。うれしい。

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白井智子の論考

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Tomoko Shirai

白井智子

第16期

白井 智子

しらい・ともこ

NPO法人新公益連盟 代表理事

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教育・ソーシャルセクター

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