Thesis
十一月四日、中国社会科学院日本研究所のご協力により、北京第一師範学校付属小学校を訪問させていただくという貴重な機会をいただきました。
この学校は学級数24クラス、生徒数約1200人。一般の小学校では一学級あたりの生徒数を減らす傾向にあり、30~40人学級が殆どだそうですが、ここの学校では一学級あたり約50人です。中国も日本と同様に中国は学区制を敷いているので、通ってくるのは地域の子どもたちですが、いい学校との評判が高く、遠いところから数万元(1997年11月現在、一元は約15円)の寄付金を払ってでも通わせる親が後を絶ちません。つまり、人気校だから生徒数も多い、というわけです。
先生方の給料も基本給は北京市内共通ですが、いい学校ではその寄付金のためにボーナスが良かったり、福利厚生が非常によかったり、ということでいい先生が集まってくるのです。その評判が広まってまた生徒が集まる、という循環ができるわけです。 本来であればこのような学校とは違った、条件の悪い学校も見るべきですが、今回はメインの訪問目的が社会科学院の表敬訪問、ということで無理を申して小学校を見せていただいたような状況でした。ということで、それはまた次の機会、ということにさせていただき、今回は訪問させていただいた授業の様子や、北京市の教職員教育を担当する趙景瑞先生のお話をもとに北京市の教育の現状についてお話ししたいと思います。
私が見せていただいたのは5年級の英語の授業です。
今日のテーマは、”Have you got a dictionary?(あなたは辞書を持っていますか?)”
若い女性の先生がにこやかにこのテーマを告げ、「誰か、これを読んでくれますか?」と問いかけると、それをまだ先生が言い終わらないうちに、ものすごい勢いで子どもたちが手をあげました。皆、立ち上がらんばかりで、半分くらいの子は本当に立ってしまっています。
その中から先生が一人の男の子を指すと、その子はなんとも誇らしげにその文を読みました。
”Have you got a dictionary?”
”Very good!! “
指されなかった子どもたちの、くやしそうなこと!
こんな調子で、一つのダイアログ(会話)に触れながらも “Have you got a dictionary?”という一文を徹底的に練習させ、マスターさせます。
発音がうまくできない子にはできるまで徹底的に先生の真似をさせます。できるようになったら、みんなで拍手!!
先生は終始笑顔で、子どもたちを励ましながら、勉強に関心をもたせることがとても上手です。本当の、プロの先生だと感心しました。
この学校の劉修業校長(北京市の「模範校長」です)、張忠萍副校長(「全国優秀教師」であり、中国共産党代十五次代表大会の代表です)や前述の趙先生のお話によれば、今、北京市の小学校は「快楽教育」、日本語にすれば、「楽しむ教育」に取り組んでいます。一人一人の子どもが自分の個性に合わせて楽しんで学ぶことにより生命力をつけるようにしよう、という考え方です。つまり日本の教育で言うところの「生きる力」そのものです。
その中には「勉強したくない子を勉強好きにする教育」や「明るくない子を明るくする教育」等もあります。
例えばこんなことです。
作文が苦手な子どもがいます。先生は作文の授業がある前日に他の子どもには内緒でその子を呼び出します。
「明日、こんな題で作文を書かせるけど、お前さん、書ける自信はあるか?」
自信がない、と答えるその子に、その場で予め作文を書かせるのです。
そして次の日、授業の中で同じ題で作文を書かせます。学級の子ども達が一時間の時間内で書いたのに比べると当然よくできているので、先生はその子どもに作文を読ませ、ほめちぎります。
その子はだんだんと作文に対する苦手意識がなくなり、周りの子どもも
「へえ、こいつ、こんなことができるんだ」
と見直す、という訳です。
こんな教育が中国で行われている、ということに正直言ってびっくりしました。流石に三大文明の一つを生んだ国だ、と思いました。
もちろん、これは北京市内でもすぐれて環境のいい小学校の話だ、ということを強調しておかなければなりません。環境に恵まれ、優秀な先生方が集まっているからこそできることです。
しかし、正直なところ、私は、社会主義の国ではどんな管理教育、統制教育を行っているのだろう、と思っていたのです。
そうしたところが、こんな風に、日本の学校教育が目指しているところの「個性化教育」をいとも当たり前のように行っている学校がある、ということに心地よいショックを受けました。興奮しました。
中国はとても奥の深い国でした。
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Tomoko Shirai
第16期
しらい・ともこ
NPO法人新公益連盟 代表理事
Mission
教育・ソーシャルセクター