Thesis
真に「生きて働く力」を育む教育システムとは何か。初等教育のシステム改善をめざし、 各地の小学校で教育現場の実態を調査している。そこで、先日訪れた千葉市のオープンス クールでの体験を今月号と来月号との2回に分けて報告する。
◆再び小学5年生
「あなたなら、小学生でいけます!」
校長先生のこの一言で、2カ月に及ぶ私の第2の小学校生活が始まった。
私は小学校教育について研究している。小学校2年生までをオーストラリアで過ごした。明るくて、自由で、楽しんで通ったオーストラリアの小学校。ところが、帰国後通い始 めた、まるで「個性を摘み取るモデル校」のような公立小学校に大きなショックを受けた 。管理教育あり、陰湿ないじめあり。なかでも「今年の先生は当たりだ、外れだ」といっ た会話が子どもたちの間でも父兄の間でも交わされていたのには納得がいかなかった。人格形成に大きな影響を与える小学校教育が当たり外れで片付けられているとは。
しかし、改革を訴えるには実際の教育現場を知っておかなければならない。そこで各地 の小学校に文字通り潜伏し、研修している。それが冒頭の発言へとつながるわけだ。
研修の第1日目。「どんな立場がいいのですか」と尋ねられて、私は生徒か先生を希望した。その結果、図らずももう一度、小学5年生をやることになったのである。
「オーストラリアから転校してきました白井智子です」。
「え~っ! でかい!」
「オーストラリアでは肉ばっかり食べるから10歳でもこんなに大きくなっちゃうんです ねえ」と担任の先生。子どもたちは半信半疑ながらも私を仲間として受け入れ、なにかと 面倒を見てくれる。
最初の時間は算数のドリル学習。先生がやらなくていい、と目配せするので回りの生徒 を見ていると、隣りの男の子に告げ口される。
「先生、この子、ドリルやってません!」
本気でかけ算の筆算に挑戦。
「速え!! 」
最近の子どもはマセている、すれている、と聞いていたので、内心ビクビクしていたの だが、意外なほど素直である。
◆打瀬小学校の特徴
今回私の通った千葉市立打瀬小学校は、幕張新都心の外れに位置する創立2年目のオープンスクールである。1学年2クラス。千葉県企業庁が幕張新都心の開発の一環として建設 し、その後千葉市教育委員会に移管された。児童は全員、現在約1000戸ほどのマンション 街「幕張ベイタウン」に住む。
この学校のオープンスクールとしての特徴は、外のコミュニティとの間に塀がない点で ある。教室は大きなガラスで覆われ、明るく開放感がある。体育館、コンピュータルーム 、家庭科室などの特別教室は地域住民が利用しやすいように建物の外側に面してつくられ ている。さらに、ほとんどの教室にドアがなく、ワークスペースという名の自主学習スペ ースに向かって開かれている。教室内部には床に積み木のような箱が埋め込まれていたり 、隠れ家のような小さな入り組んだスペースが設けられていたり、至る所に「遊び場」感 覚が盛りこまれている。
授業の進め方もこの学校独自である。一般に小学校では一人の学級担任がほとんど全て の教科を受け持つが、ここでは建物の構造を生かし、各学年の担任がチームを組んで(現 在流行のティームティーチング=TTという形態。流行とは言ってもうまく機能している例 は一般に少ない)、フレキシブルに授業を行っている。一方の教師が主に授業を行い、片 方が補助に回るといった場合もあれば、互いの得意科目、不得意科目を交換して授業する 場合もある。
◆ホントに小学生?
しかし、学校に通うようになって一週間も経たないうちに、私の立場は危うくなる。他 の学年の見学に行って「白井先生」と呼ばれているといった情報が、兄弟たちから級友の 耳に入ってくるのだ。「本当は10歳ではないかもしれない」という事実が出てくる度に私 は彼らに怒られることになった。
「智ちゃん、子どもなんだから職員会議に出ちゃだめじゃない!」
彼らは私が10歳ではない、とうすうす気付き始めたのである。しかし、あくまでもクラ スの仲間として扱ってくれ、友達としていろいろな話をしてくれた。興味があること、将 来の夢、恋の話など。適度に子どもらしさと大人の面を持つ子どもたちの姿に、この学校 の教師の力量を感じた。(次号に続く)
Thesis
Tomoko Shirai
第16期
しらい・ともこ
式会社こども政策シンクタンク 代表取締役
Mission
教育・ソーシャルセクター