Thesis
はじめに
私は、安全保障・外交政策を総合的に研究し、提言を行っていく政策シンクタンクの設立に尽力したいと考えている。他の分野同様、安全保障や外交の分野においても、日本には検討に値する政策オプションが少なく、適切な方策をグローバルな水準の説得力で提示できる研究機関もほとんどない。このことは政治の意思決定能力の強化にとっては著しく不利であり、国民にとっても多様な意見を検討する機会を奪われていると言わざるを得ない。また、この政策シンクタンクは、わが国がアジア太平洋地域の安全保障秩序を構築していくにあたってのアイディアやコンセプトの源泉となることを目指すものである。
本稿では、安保・外交分野に限らず、政策シンクタンクがなぜ必要なのか、そして、実際にその要望に応え得ていくためにシンクタンクは何に留意しなくてはならないのか述べていくことにしたい。
1.「言うは易く行うは難し」の政治主導
政治によって政策形成を主導することの必要性が叫ばれるようになって久しい。この主張は、官僚制度への不信感と表裏をなすものであり、近年の官僚スキャンダルによって強く世論の後押しを受けている。
しかし、実際に政治の主導性を確保することは、それほど容易なことではない。改革への期待を背景に世論の強力な支持をうけて誕生した細川内閣の政策決定過程が実は「官高政低」であったことは広く知られている。竹下内閣から村山内閣まで官房副長官を勤めた石原信雄は、政策決定の透明性は高まったが、政策の原案作りからはじまって官僚がカバーする範囲が一段と広がったと回想している。対して、自民党単独政権後期には、「党高官低」「党高政低」と言われたように、特定の政治分野において、自民党政務調査会を主要な舞台とし、族議員を主要なアクターとするかたちで、ある程度の政治主導が確立されていたと言われる。政務調査会は、個々の議員が代表する利益を、与党・自民党の代表する利益や主張に変換するアリーナである。その下部機関である部会は、議員の利害調整の場であると同時に、政策を勉強し、官僚との関係を作り出し、自己を売り出す場であった。関連ポストを経験した議員が部会に属することによって、政策知識は機関に蓄積されてもいた。とはいえ、基本的には各部会や族議員は各役所の応援団として機能してきたのであり、役所にとって都合の悪いものも含めて多様な政策オプションの中から政治が選択する、という形にはなっていなかった。後藤田正晴言うところの「政治家と役人の共同体的な関係」が成立していたと言えよう。
政治主導が困難である理由はいくつか考えられるが(内閣の権限が小さいことなど)、政治家や政党が官僚制から独立して情報を収集・分析し、政策を立案していくためのリソースが非常に限られていることが最大のネックであろう。我々は「政治家がだめだから」とか「政治家がしっかりしていないから」という意見を当たり前のように聞いているが、たとえ政治家がスーパーマンであったとしても、様々な政治課題の本当のプロになることなどできはしない。政治家がしっかりしているべきことは前提としても、それだけでは政治の質は上がらない。政治家が、官僚が提示してくる以上に多様で良質な政策オプションを検討していくことができるためのシステムが不可欠なのである。逆にいえば、そうしたシステムの支えなくして「政から官へ」と言って見たところで、官僚へのフラストレーションを解消する子供の所業でしかない。よく言われることであるが、情報公開が問題視される以前から、役所は政治家に対して莫大な情報を提供してきた。真に問題だったのは、提供された情報を政治家が処理できなかったことにある。
2.政策シンクタンクに期待される効果
上記のような政治主導にまつわる問題を解決するものとして、主としてアメリカを範として、政策シンクタンクに関心が寄せられてきた。アーバンインスティチュートの上野真城子氏や国際奨学研究財団の鈴木崇弘氏、下河辺淳氏を嚆矢として、政策シンクタンクの必要性が熱心に主張され、またその設立に必要な条件についても研究が重ねられてきた。政策シンクタンクの意義としてあげられるのは主に以下のようなポイントである。
3.課題と展望
ここ数年、構想日本や21世紀政策研究所などのユニークなシンクタンクが設立されており、また、今年の4月には政策アナリストを横断的につなごうとする「政策分析ネットワーク」が活動を開始するなど、シンクタンクが花開く素地は着実に育ちつつある。
この動きを加速し、定着させていくためには、税制上の優遇措置や法人格取得上の問題など、政治のバックアップが必要とされる課題があり、シンクタンクの成長を阻害する要因としてしばしば取り上げられているが、長期的にはそうした制度上の問題は解消されていくものと思われる。
むしろ長期的に問題になるのは、いかにして政策シンクタンクに優秀な人材を確保し、質の高い政策提言・政策分析を行っていくかということであろう。それは、各シンクタンクが、自分の組織としての目標や理念をどこにおくのかということと無縁ではありえない。シンクタンクを必要とする議論の中には、シンクタンクのハードを作ること自体が目的になってしまっており、ハードさえ作れば政策過程の改善が自動的に可能になると考えているのではないかと疑われるようなケースが見られる。しかし、喩えて言うならば、美術館を建てさえすれば、いい絵が集まってくるわけでもないし、多くの人々が訪問するようになるわけでもない。重要なことは、シンクタンクが、本当に官僚制が提示する以上に多様で良質の政策オプションを提示することができるのか、ということであろう。そんなことは自明だと反論されるかもしれないが、利益の追求のような明確な目標を持たない非営利組織では、アウトプットの品質を管理することは非常に難しい。シンクタンクの政策提言が自己満足なものに堕してしまわないためには何らかの工夫が必要であろう。以下に挙げるのはその一例である。
おわりに
政治を真に優れたものにしていくためには、秀でた資質を備えた政治家の登場だけでなく、そうした政治家が適切に意思決定することを可能にする環境作りが不可欠と私は考える。
政策シンクタンク設立はその第一歩でしかないが、わが国がしっかりとその一歩を踏み出すために活動していくこととしたい。
参考文献
Thesis
Masafumi Kaneko
第19期
かねこ・まさふみ
株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹
Mission
安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造