Thesis
私達は通常、我が国の周辺にはこのような脅威があるからこのような軍事力が必要である、という風に、戦略的環境との関連で軍事力を考えがちである。しかし、軍事力をめぐる問題を理解するためには、軍事力がおかれている社会的環境も評価する必要がある。そうでなければ、軍事力は社会から遊離した存在になってしまい、最終的にはその軍事的な効果を維持することも出来なくなってしまうだろう。社会と軍隊の関係については、ハンティントンが「軍人と国家」で考究して以来、欧米で数多くの研究が積み重ねられており、Armed Force and Societyという学術誌まで存在するくらいである。
我が国に安全保障や防衛についての知的な基盤が存在していないことは従来から指摘されているが、実際には近年戦略の方面ではそれなりに多くの論文も書かれるようになっている。しかし、戦略議論が盛んになればなるほど、他方で軍事力と社会の関係についての分析的な視点が求められるものと思われる。
本月例ではまず、特に冷戦後提唱されるようになっている「ポストモダンミリタリー」モデルを通じて軍事力と社会の関係を分析する切り口を概観する。次いでそうした視点から自衛隊と日本社会の関係を考察する。
最後に、自衛隊の役割が拡大しようとしている現在、自衛隊が社会のなかで実際どのような位置にあり、今後どのような位置付けを得ていくことが望ましいのか検討することがますます不可欠になってきていることを提言したい。それは従来の政軍関係やシビリアンコントロールについての議論よりもはるかに広いスコープを扱うものである。
1. 「ポストモダンミリタリー」モデル
モスコスは、主として米国の経験に依拠しながら、軍事組織の歴史的展開をモデル化し、モダン、後期モダン、ポストモダンの3類型を提唱している。モスコスのモデルの概要は下記の通り。
モスコスは、モデルを現実と取り違えることのないよう注意深く議論を進めているものの、少なくとも先進国においては後期モダンミリタリーからポストモダンミリタリーへの流れが普遍的とみなしているところがある。実際には脅威認識やそれに対応する使命は国や地域によって随分変わってくる。また、ポストモダン段階に分類される国であっても、国防を担保する能力を放棄して、平和維持活動や人道的活動にのみ注力するということはないので、実際には時間の流れによってモダンからポストモダンに移行するというよりは、両者は並存し、脅威の程度によってどちらが優勢になるか変わってくるとみなす方が適切であろう。
モダン 後期モダン ポストモダン 脅威認識 敵の侵略 核戦争 サブ国家レベル(民族紛争、テロ) 軍の構成 徴兵に基づく国民軍 大規模な職業軍 小規模な職業軍 主要な使命 国土防衛 同盟の支援 新しい任務
(平和維持活動、人道的活動)優勢な軍事専門家像 戦闘指導者 マネージャーまたは技術者 政治家的軍人、学者的軍人 軍に対する市民の姿勢 支持 両義的 無関心 メディアとの関係 メディアは軍に編入 軍がメディアを操作 軍がメディアの支持を求めようとする 文民雇用者 マイナーな構成要素 中程度の構成要素 主要な構成要素 女性の役割 分離された部隊または排除 部分的に統合 完全に統合 配偶者の役割 統合的役割 部分的関与 距離をおく 同性愛 懲罰 除隊 許容 良心的忌避 限定的または禁止 慣例的に許される 文民分野に配属
大きな流れとしては次のような点が重要である。
第一に、予算的な制約、小規模化と任務の多様化を両立させ、軍としての効果を維持する必要がある。少なくとも欧米先進国においては、大規模な戦争は考えにくくなり、軍の任務は多様化している。他方で国民の無条件な支持は期待できなくなり、予算面での制約は厳しくなってきている。そのため軍が小規模化する中で、多様な任務に対応する必要性がでてきており、軍はますます弾力性を要求されることになる。少ないコストで最大限の効果を確保するために、パッケージ化や即応能力の高い予備役の設置、三軍の統合性や国際的な連合能力の向上といった政策が促進される。
このような軍隊ではますます優秀な人材が必要となるが、そこで必要とされる人材は民間企業も欲しいような人材であり、同じ土俵でリクルートする必要が出てきている。そこで、軍が若い優秀な人材にとって魅力的な職場足り得るような変化(昇進構造、組織文化、給与等)が求められることになる。
また、軍人は基本的には早期で退職することが多いが、退職後の民間企業でのキャリアについての意識がますます高まっており、安心して軍に就職できるよう、軍に在籍中から民間企業での仕事に転用可能な能力を身につけさせることが課題になってきてもいる。
第二に、脅威の低下によって、軍が従来享受してきた社会的ステータスはゆらいできており、軍が社会の中で特別な存在として認められつづけることが難しくなっており、旧来の軍の文化を市民社会の価値観に適合させる必要が出てきている。
女性の役割や配偶者の貢献、同性愛や徴兵忌避などはその現れである。徴兵の廃止・縮小、軍の規模の縮小により、軍役経験者の人口の中での割合はますます低下することになり、軍独自の文化への理解はますます失われる傾向に有る。
2. 自衛隊と日本社会の奇妙な関係
以上のような観点から自衛隊と日本社会の関係を見直してみよう。
まず日本の場合、自衛隊は、創設の経緯などから、高い社会的ステータスを享受する、という状況からはほどとうかった。したがって、欧米の軍が経験しているような社会的ステータスのゆらぎは、自衛隊にとって新しい現象とはいいがたく、むしろ、近年になってかえって自衛隊の社会的地位が安定してきているといってもいいくらいである。
他方で、同じように第二時大戦の敗戦国であるドイツとも異なって、自衛隊は最初から完全志願制をとってきたため、社会からは相対的に切り離された存在になっており、それも特権的に切り離されているのではなく、どちらかというと周縁化されてきたきらいがある。ドイツが徴兵制にこだわるのは軍を社会の中に民主的な基盤を持つ存在にするという狙いがあるわけだが、自衛隊は幸いなことに暴走することはなかったにせよ、社会における基盤を得ようとする努力が体系的に行われていたとは言いがたい。
自衛隊とメディアの関係は、以前はメディアがかなり敵対的だったため、自衛隊も警戒的であったようだが、現在ではそうした傾向は改善しているようである。保守陣営から進歩派メディアの報道姿勢について多くの批判が寄せられてきたが、逆にどのよう自衛隊がどのようにメディアに接しているのか、また接すべきなのか、ということが議論の対象になることはあまりないように思われる。
政策的な含意で言えば、自衛隊が、現在あるいは将来の脅威や多様な任務に対処する能力を維持するためにはどのような組織構成をとるべきなのか、そしてそうした組織が十分機能するためにどのような人材の確保や教育が必要なのかということが重要である。
近年、師団の一部を旅団に再編成し、即応予備自衛官制度が導入されるなど、小規模化と柔軟化を両立させる政策が採用されている。こうした方針は防衛大綱などでも確認されているところである。しかし、旧聞に属することであるが、例えば細川首相は大幅な規模の縮小と海空戦力へのシフトを企図し、防衛問題懇談会を設置して検討を促していた。が、自衛隊からは強力な反対があったとされ、それだけが原因ではないが、防衛問題懇談会のレポートは組織変革よりも任務の変化のほうに力点をおいた内容に落ち着いている。その後、上記のような政策がとられてはいるものの、国会等で自衛隊の組織について大々的に議論されたと言う話は寡聞にして聞かない。
3.日本にも軍事社会学を
以上のように見てくると自衛隊は、モスコスのどの類型にも当てはまらない独自の要素を数多く抱えているように思える。モスコスのモデルに妥当性があるかどうか自体はどちらでもよいことであるが、私達にとって重要なことは、彼がモデルを構成するにあたってとりだしたような各種の要因について、自衛隊が日本社会とどのような関係にあるのか、多面的に検討していくことである。
従来自衛隊の位置づけといえば、憲法上のそれをめぐって議論されてきたにとどまる。憲法は重要だが、おそらくそれは現代日本社会と軍事力の関係をめぐる様々なジレンマを根本的に解決することにはならないだろう。現実主義の立場に立つにせよ、絶対平和主義の立場に立つにせよ、政治や論壇における議論は自衛隊の使命とせいぜいシビリアンコントロールだけに注目する傾向にある。
先の細川首相は例外的に、小規模化と効果を両立させる組織変革に関心を寄せていたが、それにしても、どのような教育やキャリアシステムでその効果を担保するのか、どのようにして必要な人材を供給するのかといった詳細な議論を提供するものでもなかった。また、より根本的な、自衛隊と市民社会がどのような関係を構築していくべきなのかについて関心をもつ政治家や有識者はあまりに少ない。
最近は、防衛政策をめぐっては、単なる憲法論議を超えてそれなりに戦略議論が展開されるようになっており、それ自体は慶賀すべきことだが、戦略を実効性のあるものにするために自衛隊自身にはどのような変革が求められ、それは自衛隊と社会との関係にどのようなインパクトを持つのかについて多面的に検討するのでなければ、それは肝心な問題に目を向けようとしない無責任な態度である。自衛隊を玩具のように弄ぶことを避けるには、軍事社会学的発想がこれからの日本の安全保障論議には不可欠であろう。
自衛隊の役割が拡大すればするほど、自衛隊の方々にはますます高い見識と能力を求められることになるわけだが、どのような見識と能力が自衛隊に相応しいのか、それを決めるのは国民であり、政治であるはずである。
Thesis
Masafumi Kaneko
第19期
かねこ・まさふみ
株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹
Mission
安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造