Thesis
今月は、核不拡散コミュニティにとって5年に一度のビッグイベントである、NPT(核不拡散条約)再検討会議が開催された。モントレー研究所でも関連するブリーフィングや、研究員による各国代表へのアドバイザーとしての参加、政策提言の発表等の活動が積極的に行われた。
ワシントン事務所の研究員からの依頼で日本の新聞報道を調べたので、NPT再検討会議の結果が日本では広く報道されたと承知しているが、米国のワシントンポストやCNNでは、それほどめだった報道ではなかったという印象である。
モントレー研究所経由の分析や評価とは別に、今回のNPT再検討会議では、その時々刻々の詳細が各国のNGOのホームページで紹介されており、臨場感をもってフォローすることもできた。日本では、広島平和研究所が、独自の報告を掲載し、また英国アクロニム研究所の報告を訳出している。BASICのホームページは各国の演説や作業文書が掲載されている。したがって、NPT会議自体の報告はそれらを参照いただくとして、本報告では、核軍縮の抱える複雑で広範な文脈を捉える視点を提供し、日本政府の当面する課題を指摘することにしたい。
NPT再検討会議
核不拡散条約(NPT)は、核兵器保有国を米露英仏中以外に拡散させないための国際的な取り決めである。1970年に効力を発し、1995年には無期限延長が決まった。条約の特徴は以下の通り。
4月24日から5月19日にかけて開かれたNPT(核不拡散条約)の再検討会議は、おおむね成功との評価を得て終了した。会議が始まる前は、もしかしたら何らの合意に達することができないのではないか、核の不拡散という建前を支えてきたNPT体制に大きな亀裂が入ってしまうのではないかと、どちらかというと会議の結末を懸念する向きが強かった。結局は、核軍縮につながる核軍備の完全な廃棄を達成することへの核兵器国の「明確な約束」を最大の成果として、会議は終幕した。ただ、会議を傍聴した広島平和研究所の秋山氏によれば、手続き上曖昧なところがかなりあったようである。
核不拡散問題に、学問的にも政策的にも長く関与してきたモントレー研究所ワシントン事務所のシャインマン博士(元米軍備管理軍縮庁次長)に、核軍縮の約束といっても具体的なスケジュールや数値が決められているわけではないという批判もあるが、と水を向けたところ、今回の核兵器国の「明確な約束」は、随分強い核軍縮へのコミットメントであり、高く評価してよい、という力強い返事が返ってきた。
NPTは、核兵器保有国からすれば、核兵器を自分たち以外の国に拡散させないよう約束させ、核兵器国からの核の傘を期待できない非核兵器国にとっては、核兵器国に核軍縮や核の使用の制限を求める機会である。盲目的に核廃絶を善とする立場からすれば物足りないであろうが、NPTは、核軍縮や核廃絶について実質的な決定を行う場ではなく、核兵器をめぐる利害を明らかにし、それらの利害を調整する場であり、核拡散は好ましくないという規範を再確認する場である、と言える。国際的な規範や核軍縮圧力の重要性を無視するものではないが、核保有国がどのように核兵器の必要性を考えるかによって核軍縮の帰趨は決まる。別言すれば、核兵器の価値を下げるコンテクストが生まれれば核軍縮は実現する。そこで以下では核兵器の損得勘定を規定する要因について論じ、その観点から見て日本の核不拡散政策が妥当なものかどうか検証する。
核兵器保有の損得勘定
核兵器保有の損得勘定を規定する変数には①核兵器が対象とする脅威②核兵器に替わる軍事的手段の存在③核兵器保有コスト④国内的な力関係などが考えられる。
核兵器が対象とする脅威
核兵器には、政治的示威、他国の恫喝等多様な役割があるが、何と言っても、自国に対する脅威を抑止することが最大の役割である。すなわち、脅威が低減すれば、核兵器の必要性は大幅に低下する。冷戦後、核兵器保有国は軒並み核兵器の数を減らしたが、これは冷戦の終結によって脅威が大幅に低減したためである。
現在米国は、ロシアと中国に加えて、北朝鮮やイラク等の大量破壊兵器を保有する敵対的国家を核抑止の対象としている。ロシアや中国以外を対象とするとなると、標的の地理的範囲が拡散するため、一定規模以下には核戦力を減らすことが出来ない、と軍は主張している。
ロシアにとって、核戦力はもっぱら米国との「戦略的安定」をもたらすものと考えられており、多少無理をしても米国の核戦力との均衡を図ることになる。従来、ロシアの核は中国にも向けられており、同様に中国の核はロシアにも向けられていたが、現在ロシアと中国は安全保障上良好な関係にあり、露中関係を制御する意味での核兵器の必要性は低下した。ロシアは、ソ連時代は核を自分から最初に使わないという先制不使用を宣言していたが、通常戦力の大幅な削減、経済的な困難などから93年にドクトリンを変更し、核兵器により依存するようになっている。
中国は、米国に対する最小限の核攻撃力を確保することで米国を抑止しようとしているが、中国の核兵器には台湾の独立や日本の軍事的脅威へのリスクヘッジとしての意味もある。
また、米国とロシアの保有する核戦力が圧倒的であったことから、核軍備管理は、米露間の懸案であったが、米露が相当数核戦力を削減するとなると、他の核保有国の核戦力の比重が相対的に高くなり、核のバランス計算がかえって複雑になることも予想される。
核兵器に替わる軍事的手段の存在
核兵器に替わる軍事的手段には、①核兵器と同様の効果を持つ兵器と②核兵器を無力化する軍事的手段、という二つの方向性が考えられる。①ノついては、NPT上で認められた核兵器保有国は生物・化学兵器の保有を禁じる条約に加盟しており、これらの兵器を用いるオプションはない。現在のところ他の有力な兵器は登場していないが、通常兵器による圧倒的な攻撃能力によって抑止する、という「通常兵器抑止」のコンセプトも提出されている。②の方向性として、米国が推進しているのがミサイル防衛システムである。
先日、ブッシュ共和党大統領候補は、キッシンジャー、シュルツ、パウエル、スコウクロフトといった共和党の戦略家たちを引き連れて、新たな安全保障政策を発表した。ブッシュは、米国のみならず同盟国を守るミサイル防衛システムの建設を訴えると同時に、ロシアの求める核弾頭の大幅削減にも応じる可能性を示唆した。理論的には、完璧なミサイル防衛を相互に備えれば、核兵器はその意味を失うから核軍縮への契機が生まれることになる。が、そもそもミサイル防衛の実現性には疑問があり、また多弾頭化やおとりの配備等の核戦力の高度化によって、相手のミサイル防衛を凌駕しようとするドライブが常に生じる。特に、ミサイル防衛のコストが非常に高く、米国だけがそれを配備する可能性が高い以上、かえって核軍拡につながるとの懸念がある。
最終的な帰結はともかくとして、ミサイル防衛システムのような代替手段の存在は、核兵器の必要性や役割を大きく変えるものである。
核兵器を無力化する手段は、ミサイル防衛システム以外に有力なものはないが、米国がその使用に対して核報復する可能性の高い生物・化学兵器については、ガスマスクやワクチン、緊急医療体制の整備等有効な手段が存在し、それらの手段を強化することは核兵器使用の必要性を減ずる効果がある。
核兵器保有/廃棄コスト
モントレー研究所がカーネギー財団と共催した、ロシアのアルバトフ議員のブリーフィング(2000年5月9日実施)で、同議員は、ロシア議会は核兵器の削減を支持しているが、その最大の理由は核兵器保有コストを抑えたいからである、と述べた。CTBTとSTART?の批准は、米国のミサイル防衛計画への懸念から遅れたが、議会は基本的には核兵器削減の方向であるという。
それから、保有コストとは逆に、廃棄にもコストがかかる。核兵器は単に廃棄すればよいのではなく、安全に廃棄し、核物質の管理も厳格におこなわれなければならないのであるが、それには一定の費用がかかる。その費用をまかなえないために解体核が危険なまま放置されるというのでは意味がない。
国の資源は無限ではない以上、脅威さえ取り除くことができれば、常に保有コスト削減への圧力が働くことを理解する必要がある。そして、廃棄のコストが削減されるのであれば、その圧力は一層効果的に働くことになる。
国内/同盟内での力関係
たとえ脅威が低減し、コスト削減等の観点から、核軍縮が合理的な選択肢になったとしても、核軍縮が実現されるとは限らない。前期クリントン政権では、核兵器の誤発射等の危険を重視したアスペン国防長官やカーター国防次官補が「核態勢見直し」作業を通じて、核ドクトリンの変更や核軍縮を推進しようとしたにも関わらず、国内的な要因(アスピン国防長官辞任、カーター等政治任用組とキャリア組や制服組の争い等)によって核態勢見直しが左右され、中でもクリントン大統領が十分なコミットを示さなかったことが核態勢見直しの結果を現状追認に終わらせた。対して、ブッシュ政権では、大幅かつ米国による一方的な核軍縮が実現したが、そこでは、ブッシュ大統領が、軍縮の担当者を強力に後押しし、担当者の行動が自分の意思を体したものであることを明確にしたことが最大の成功要因とされている。
その他、間接的ではあるが、反核世論の強さ、逆に、事あるときに核報復を求める世論の強さも国内のパワーバランスに影響を及ぼすものと考えられる。
また、米国のように同盟国に拡大抑止を提供している国にとっては、同盟国内の反核世論あるいは、逆に核使用へのニーズの強さによって損得勘定がかなり左右される。
日本政府に可能な核兵器の価値を下げるための努力
今回の会議で日本政府は、独自の8提案を出すなど、積極的な動きを見せた。シャインマン博士に日本政府の活動ぶりについても聞いてみたところ、オーストラリアと歩調をあわせて、新アジェンダ連合等の非核兵器国と核保有国の仲介役としての役割を果たしたとの評価であり、おおむね日本政府の自己評価に近い答えであった。それほど認識されているとは言いがたいが、日本政府の核不拡散への取り組みは、特に冷戦後めだって活発化している。日本政府は、1994年以来核廃絶をめざす国連決議を提出しているし、CTBT(包括的核実験禁止条約)についても積極的な批准促進キャンペーンを行った。南アジアの核化に対しても、ODAの停止等の厳しい措置をただちにとり、核軍縮への具体的な提言を生む国際会議(東京フォーラム)の開催を支援した。
理想だけを掲げるのではなく、実際に実現可能な核軍縮の道筋を具体的に示していくことが必要との立場を日本政府はとり始めているのであるが、数値目標や期限を「具体的に」設定したところで、それ自体は本質的に副次的な効果しか生まない。本当に核軍縮を実現するためには、核兵器のそもそもの価値を減らすことを考えなくてはならない。対峙する核戦力だけをみていると、これは結局当事者間の問題であり、結局核保有国ではない日本には、せいぜい核軍縮提案をするのが関の山のような気がしてくるが、「核兵器保有の価値を減らす」という観点から言えば、できることは数多くあるし、その方がはるかに本質的な効果を生む。例えば以下のような取り組みが可能であろう。巷間提唱される非核地帯構想や先制不使用は、戦略的な含意が判断しづらいので除いてある。
重要かつ厄介な米国との協議を有意義なものとするために
こうした取り組みを実現していくにあたって認識されなければならないことは、米国との関係の調整が重要かつ厄介な課題になるということである。
従来日本は、広島長崎の経験や強い反核世論からくる核廃絶の希求と安全保障上の要請から来る米国の核抑止への依存との間でジレンマに立たされてきた。核保有国と非核兵器国の仲介役、というのもジレンマの中で、何とか理想を実現しようとする苦肉の策と言える。
しかし、この苦肉の策も、実は米国の中に懸念を呼び起こしている。昨年、日本政府の後援で開催された東京フォーラムが核軍縮に向けた提言を行った。東京フォーラムの提言は、それ以前のキャンベラ委員会や新アジェンダ連合の提言に比べ、核保有国に配慮した内容であり、核軍縮運動の側からは批判を呼んだのであるが、国務省筋からは、東京フォーラムが日本政府の考えを代弁しているとしたら急進的すぎる、との不満が聞こえてくる。
今年3月、日米間で、軍備管理・軍縮・不拡散検証委員会が設立された。これも、うがった見方をすれば、日本の核軍縮への傾斜を懸念する米国が政策調整の場を求めたと言えなくもない。
しかし、言うまでもないが同盟国の間で政策協調が行われるのは当然であり、不拡散や軍縮分野でも、戦略、防衛面でも大いに協議すべきである。日本が米国の核抑止に依存するのであればなおさらそれは必要である。重要なことは、そうした政策協調や戦略対話が、冷静かつ正確な情勢認識に裏打ちされていることであり、それに基づいた協議であれば、日米双方の利益に資するであろう。それを可能にするためには「情報収集能力の強化」や「不拡散・軍備管理・軍縮分野の民間コミュニティ(特に大学院教育や政策研究所)の振興」といった自明の点以外に、以下の点に留意が必要である。
脅威を具体的に想定しそれへの対処コストを計算すること
脅威は抽象的にではなく具体的に想定されなくてはならない。北朝鮮のミサイルが脅威だというのはその通りだが、弾頭が何なのか、それによってどんな犠牲がでるのか。日本にミサイル攻撃する意味がある場合はどんなときか。こうしたことを具体的に想定しないのであれば、やみくもに相手の脅威を過大視し、とにかく脅威に対抗できそうなものを買い揃えることになる。一例を挙げるなら、93年時点で配備されているノドンによって日本の国土はほとんど射程に入っていたのであるから、テポドンが発射されたからといってあれほど大騒ぎするのはばかげている。実感レベルの脅威に翻弄されて、本質を見失い、冷静な判断ができないのは国を誤る元である。具体的に想定された脅威に対して、どのような対処手段がどの程度効果を持つのか、コスト面も含めて客観的に計算する必要がある。具体的に計算してみて、どれだけ効果があるのか、政府は国民に判断の材料を提供する義務があろう。
米国以外に協力関係を拡大すること
米国だけと協議していても視野は偏ってしまう。その意味で、米国との同盟関係にある非核国という点で日本と近いステータスにあるオーストラリアと今回NPTで協力したのはよい兆候である。カナダも不拡散交渉における協力相手の候補であろう。近年、北朝鮮は、イタリアやイギリス、オーストラリアなどとの外交関係を回復しているが、こうした動きは緊張しがちな日米韓と北朝鮮の関係を側面から緩和する役割を果たしうる。KEDOの理事会にもEUが入っていたが、ショックアブソーバーとしてこうした当事者性の低い友好国の参加を仰ぐのは効果的である。逆に、欧州や豪州が紛争・対立の当事者になるときは、日本がショックアブソーバーとして参加することになる。
視野を眼前に限定しないこと
ある国との関係を考える場合には、彼我の二国間関係だけでなく、相手国が置かれている国内外の環境をよく検討して、バランスある視点をとる必要がある。例えば、日中関係で言うと、日本と中国だけを取り出してみれば、中国は確かに日本を攻撃するだけのミサイル能力を有している。しかし、中国は、日本だけ相手にしていればよいのではなく、台湾はもちろん、潜在的にはロシアやインドといった大国を含む周辺の全ての国、覇権国たる米国、国内の反体制派の動きを計算に入れなければならない。米国では、米中が緊張すれば、インドと米国は自然な戦略的パートナーになる、などという話がすぐ出てくるので、戦略的思考が自動化しているきらいもあるが、日本は視野を大きく取ることを心がけないと、目前の脅威に過剰に引きずられることになる。
以上
Thesis
Masafumi Kaneko
第19期
かねこ・まさふみ
株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹
Mission
安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造