論考

Thesis

情報化の中の外交

1.はじめに

 今月は、1999年8月の月例でも触れたパブリックディプロマシー(Public Diplomacy)についての調査を行った。伝統的な外交が政府と政府の間で行われるのに対して、パブリックディプロマシーは「外国の市民を理解し、情報を与え、影響を与えることと、米国の市民や組織と海外のカウンターパートとの対話を促進することを通じて米国の国益と安全保障を高めようとする(旧USIAの定義)」政府の活動である。

 パブリックディプロマシーに注目したのは、大量破壊兵器拡散への対抗政策に関連して、パブリックディプロマシーの重要性を主張するペーパーを読んだことが直接のきっかけである。そのペーパーで述べられていることは、パブリックディプロマシーを通じて、大量破壊兵器を持っても仕方がないという世論を醸成していくことと、ある国が大量破壊兵器を製造したり、使用したりした場合、深刻な結果を招くことになることを市民に認識させる、という等であるが、パブリックディプロマシーの重要性は安全保障政策一般に言えることであろう。パブリックディプロマシーが効果を発揮するならば、①相手国市民の敵対的な心理を緩和する②特定の国益侵害的行為に対する報復の意図を伝える(=抑止の確保)③国益侵害的行為がなければ攻撃されることはないことを保証し、安心させる、等が期待できる。A国とB国があったとして、A国の軍事力そのものがB国の行動を規定するのではなく、A国の軍事力やその使用意図に対するB国の認識・認知がB国の行動を規定する以上、A国は、さまざまなチャネルを使ってB国の認識・認知が適切なものであるように務める必要があるが、国内政治や世論が外交政策に与える影響を鑑みれば、パブリックディプロマシーが政府対政府の外交と並ぶ重要なチャネルであることは自明であろう。

 こうした安全保障上の重要性に加え、情報化の進展が外交のあり方に大きな変化をもたらすのではないかという議論が米国では盛んであり、識者の多くが「パブリックディプロマシーが今後の外交の中心となっていく」、と予想していることも調査の動因となっている。が、我が国では、そもそもパブリックディプロマシーという概念自体にほとんど馴染みがない。情報化が外交に大きな変化を及ぼすというのが事実であれば、そしてパブリックディプロマシーがその中核に位置することになるのであれば、これは大いに問題のはずである。

 パブリックディプロマシーについては、今後も何人かの関係者への取材を行う予定であり、8月中に論文としてまとめることにしているが、本月例では、以下、より広いパースペクティブをとるために、情報化が外交に与える影響についての議論を整理、考察していく。

2.情報化と国際政治

 まず情報技術の高度な利用が国際政治与える影響を、山内康英の「情報化と国際政治」の分類に沿ってみていくことにする。

①情報戦争
 いわゆるInformation Warfareであるが、指揮・統制系統の切断、大域的な衛星情報の兵器運用への利用、コンピュータによる暗号化と復号化といった、先端的な情報技術を軍事的に利用することが試みられている。コンピュータネットワーク上でのやりとりを傍受するシステム(エシュロン等)も開発されており、プライバシーとの関連で国際的な緊張の源になりそうである。Information Warfareは軍事行動の性格を何らかの形で変化させていくものと思われるが、その影響を決定的なものとみなすのが近年喧しいRMA(Revolution on Military Affairs)論である。が、情報化が軍事に与える影響がどれだけ革命的なのかについては議論が分かれており、さらにそれが国際政治にどれほどの影響を及ぼすか未知数と言えよう。他方で我が国ではそもそもその重要性への認識が浸透しておらず、防衛・自衛隊を始めとする関係各所の集中的な議論が求められよう。

②情報セキュリティから見た重要な社会的インフラの保護
 情報化の進展により、社会的インフラの脆弱性が増していることがしばしば指摘される。ハッカーやテロリストは、以前よりはるかに容易かつ安全に、発電所や通信施設、政府や企業のデータベースに進入し、その機能を破壊できるようになっているとされる。クリントン政権は、サイバーテロを大量破壊兵器とならぶ脅威と位置づけ、2001年度予算に20憶ドルを超える対策費の計上を求めている。国内的にはもちろんのこと国際協力も含めていかにサイバーテロに立ち向かう体制を整えるのかは、大きな問題となろう。

③経済領域での情報活動
 コンピュータネットワークを利用して産業スパイ、経済スパイ活動を行う動きも活発化している。これに対し、米国政府は1996年に経済スパイ法を制定して、従来適当な法的枠組を書いていた産業スパイについて、FBIが訴追する権利を与えるなど対策を講じている。ちなみに、米国はヨーロッパに情報基地を置いているが、そこで得られた情報が企業に横流しされているのではないかとの疑いが欧州から出てきており、NATO内のきしみを生んでもいる。

④公開資料を利用した情報活動
 インターネット等のコンピュータネットワークがより広い地域と広範な情報をカバーするにつれて、それを公開情報源として利用ようとする動きがある。米国議会の情報委員会で行われた実験的な試みによれば、特定の時間内で、商業データベースやオンライン情報を活用したグループが集めた情報は、米国情報機関の専門家が同じ時間に集めた情報と遜色ないものだった。

⑤インターネットを利用した政治活動や情報活動
 NGOや国際機関が情報提供や情報交換を目的としてインターネットを利用するようになっている。また、コソボ危機にあたって、ミロシェビッチ政権のインターネットによる政治宣伝がかなり効果的であったと言われているように、新たなプロパガンダのチャネルを提供している。また、反政府組織もインターネットを政治宣伝に利用している。オウム真理教のホームページなどはその典型である。

⑥電子外交
 外交活動に情報技術を利用することを電子外交と呼ぶ。山内康英は、コンピュータネットワークを利用した早期警戒システムを例に挙げているが、外交官によるインターネット、電子メール、メーリングリストの使用なども含めてよいだろう。こうした情報技術の利用が外交官の仕事を劇的に変えると予想するのが、次節に述べるRDA(Revolution on Diplomatic Affairs)論であり、外交はよりオープンで、市民社会に適合的なものに変わっていくとされる。

3.RDA(Revolution on Diplomatic Affairs)の到来?

 情報化が外交にどのような兆戦をもたらすかについて、1998年頃から米国のシンクタンクで活発に議論されている。
 まず、ランド研究所のロンフェルドやアーキラは、RMA(Revolution on Military Affairs)に擬えて、RDA(Revolution on Diplomatic Affairs)の到来を唱導している。彼らは、情報革命によって、従来のハードパワーを背景に国家単位で世界を動かしていたリアルポリティークは後退し、アイディア、価値観、慣習や道徳といった情報ソフトパワーが重要になるヌーポリティークのパラダイムにとってかわられるだろうと予想する。これを支える傾向として「拡大するグローバルな相互接続」「グローバルな市民社会アクターの強化」「ソフトパワーの台頭」「競争優位でなく協力的優位の重要性」「グローバルなヌースフィアの形成」が指摘され、軍事力や経済力ではなく、誰のストーリーが勝つかで勝敗が決まると予見されている。
 米国平和研究所では、Virtual Diplomacyというプロジェクトを立ち上げ、情報化が国家主権のトポロジーに及ぼす変化や、紛争予防や解決に情報技術をいかに用いるか等について面白い研究成果を数多く発表している。
 ヘンリー・スチムソンセンターではAdvocacy of US Interest Abroadというプロジェクトで、“Equipped for the Future : Managing U.S. Foreign Affairs in the 21st Century”という最終報告書を発表しており、その中で外交における情報技術について取り上げている。提言の概要は以下の通り。

外交機関の改装
*戦略レベルでの省庁間調整の構築
*人事システムにおける柔軟性
*議会との関係の改善
*予算の改革(緊急事態への柔軟な助成、情報技術資金等)

大使館改革
*大使館による付加価値(フェイストゥフェイスコミュニケーションの重要性)
*地域の環境への大使館の適合(米国の国益に合わせて規模を調整する等)
*現地での省庁間調整の構築
*米国職員の安全の確保
*インテリジェンス活動

情報技術
*外交を支える技術の整備(国務省のネットワークインフラや政府全体の情報システムの構築)
*情報化のための予算付け
*外交秘密(リスク回避でなくリスク管理の発想へ)
*国務省カルチャーの変革(情報技術に親しむこと)

民間部門への接近
*外交とビジネスの協力強化(国務省・議会・ビジネス間のフォーラム構築、ビジネス連絡事務所設置等)

 CSISは “Diplomacy in the Information Age”というプロジェクトで、伝統的な外交では扱いかねる様々な変化が世界に生起しているため、外交にパフォーマンスギャップが生じているとして、そのギャップを埋めていくための提言を行っている。最終レポートの概要は以下の通り。

米国の外交実践の変化を必要とする国際的なダイナミクス
*情報技術革命
*ニューメディアの拡散
*ビジネスと金融のグローバライゼーション
*国際関係における市民参加の拡大
*国境を超える複雑な問題群

変化のための戦略
*よりアクセス可能な環境作り
→市民との協業的関係を発展させるためには、秘密性と排他性の文化を終わらせることが必要である

*ControlからCoordinationへ
→過去の階層的なコントロールモデルは分散的意思決定、権限の代理、官僚制の合理化によってとってかわられるべきである

*専門性のルネッサンス
→既存のカルチャーを変えるには、時代遅れの労働力管理に替えて、新しい専門的な機会を創造し、持続的に専門性の開発にコミットすることが求められる。

*情報技術
→情報技術を獲得することは外交の重要優先課題(民主化や国際関係の透明性等)を支えることに適合する必要がある。

*パブリックディプロマシー
→外交は、アメリカの政策や価値をプロモートすることに関して先進的でなくてはならず、国内外の市民に対して相互的に関与していかねばならない。

*商業外交
→グローバルエコノミーにおけるアメリカの競争性を確保するために、米国はグローバルな市場を拡大し、海外におけるアメリカのビジネスを助ける能力を強化する必要がある。

4.結語

 以上簡単に見てきた中でも、情報化が外交に与える影響については様々な論点が提出されていることが理解されようが、おおまかに言えば以下のような議論の筋立てになっている。情報化やグローバリゼーションの帰結として、伝統的な外交の排他性や秘密性は維持できなくなり、市民参加の機会も増大する。新しい世界では、軍事や経済の力が相対的に低下する一方で、価値やアイディア、倫理を含む情報の力が流れを決めていく。従来の階層的で、秘密主義的な外交組織はこうした世界にうまく対応することはできず、これからの外交組織は、情報技術を積極的に取り入れながらビジネスやNGOのような民間部門と連携可能なフラットな組織に変化していく必要がある、というわけである。

 おそらく実際の変化はここまで単純なものではないだろう。ある程度のオープン性は確保しつつも、テーマや地域性に応じてターゲット設定された聴衆(ある場合は公衆、ある場合は政府高官、ある場合は学者と言ったように)に対して、選択的かつ戦略的に情報提供を行っていく、という傾向が強くなるのではないか。伝統的な外交チャネルとは別にそうしたクラブ的なフォーラムが島宇宙的に生成してくる可能性は、良くも悪くも高いように思われる。マーケティング用語で言えば、ターゲティングや関係性マーケティングの要素がますます重視されていくことになろう。

 情報化と外交についての議論を概観してみたが、多くの議論はまだ現象羅列的で十分整理されていないか、過度に抽象的かのどちらかである印象がある。非常に大きなテーマであり、我が国でもプロジェクト化して集中的に検討する必要があろう。その際、InformationとIntelligenceを分け、また利用者の違いによる分類(政府内、自国民、国外等)を行った上で、総合的に論じた方が有益であるように思われる。個人的には、情報による国際貢献(衛星による査察やPKO支援、国際機関への提起的な情報提供等)といった問題提起も可能と思っており、今後検討していくことにしたい。


参考文献

・ジェイムズ・アダムズ『21世紀の戦争』日本経済新聞社 1999年
・ロンフェルド&アーキラ,「次は外交革命か?未知なる情報空間の誕生」『外交フォーラム』2000年7月号。
・山内康英等,『平成10年度外務省委託研究 情報化の外交に与える影響に関する調査研究』
・CSIS, “Reinventing Diplomacy in the Information Age”, October 9,1998.
・The Henry L. Stimson Center, “Equipped for the Future”, October 1998.
・U.S. Institute for Peace, Virtual Diplomacy  Home Page,http://www.usip.org/oc/virtual_dipl.html

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所取締役常務執行役員 政策シンクタンクPHP総研代表兼研究主幹

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