Thesis
1.はじめに
冷戦が終結し、脅威の有り様が大きく変わったため、同盟は大きく変質を遂げてきた。最も分かりやすい変質は、東側のワルシャワ条約機構が消滅したことと、その一部を構成していたポーランド、チェコ、ハンガリーがNATOに加盟したことである。しかし、メンバーシップだけでなく、NATOの中身も様々な変質を被ってきた。それは、メンバーシップの変質を伴わない太平洋の同盟(日米同盟、米韓同盟、米豪同盟)にしてもしかりである。
冷戦期もそうであったように、太平洋の同盟と大西洋の同盟は、多国間と二国間という構造上の違いにはじまり、核抑止の位置づけや歴史的経緯等の様々な面で異なっている。にも関わらず両者には、ほぼ同時期に共通してでてくる動きというものがある。それは決して偶然ではなく、太平洋の同盟と大西洋の同盟が、米国を主要な一員としている以上、米国の戦略やドクトリンの変化が両者に同時期に作用することは当然である。また、グローバルに出てくる課題(大量破壊兵器拡散や情報化等)に対応する必要が、そうしたシンクロニシティを発生させることも考えられよう。
太平洋と大西洋の同盟をあわせて論じる場合、両者を全く異なる実体とみて比較する方法と、両者を媒介する項(米国の戦略、世界的な構造変化、G8等)を設定して両者を関連付けながら分析する方法があるように思われるが、本月例ではそうした方法論にまでは立ち入らず、以下、特に冷戦後の日米同盟とNATOを取り上げ、比較の切り口を提示することにしたい。
2.同盟比較の切り口
① 防衛の守備範囲の拡大
冷戦期のNATOの守備範囲は加盟国の領土内に限定されていたが、冷戦終結後は、ボスニア危機やコソボ危機にみられたように、域外に任務の範囲が拡大している。NATO内には、どこまでNATOの守備範囲が拡大していくのか不安視する声がある一方、アジア太平洋地域まで任務の範囲を拡大しようとする意見もある。
日米安保においても、ガイドライン改訂や周辺事態法の制定により、周辺事態において日本が果たす役割が明記されたことは周知の通りである。米国には、湾岸地域まで日本の役割を拡大するよう求める声もあり、今後も日米同盟の守備範囲、あるいは同盟内での役割分担の変更がイシューでありつづけようし、日本としても十分考えておく必要がある問題である。
実を言えば、日本共産党が、コソボ危機に周辺事態の先行例を見るという議論を展開していて興味深いのだが、周辺事態法を否定し、危機感に訴えることが先に立つ議論であるため、せっかくの切り口が矮小化されているきらいがある。
② RMA
近年、革新的な情報技術によって戦争が変質し、ドクトリンや作戦概念、組織のあり方にまで変化が及ぶことが議論されており、Revolution in Military Affairs(RMA)と称される。RMAにおいては、情報技術に先んずる米国が圧倒的な優位にたっており、米国と同盟国のギャップをいかに埋めるかが、兵器や通信の互換性(compatibility)・相互運用性(interoperability)の点で問題になってきている。
NATOでは、Defense Capability Initiative(DCI)という枠組みを導入して、米国と他の同盟国のギャップを埋めようとしている。DCIでは、単に技術面でのギャップを埋めるだけでなく、軍事作戦における組織上、ドクトリン上の要素のギャップを埋めることを目途としている。
日米同盟においては、DCIのような独立した枠組みが存在しているわけではないが、米国は、オーストラリア、韓国、シンガポールと並んで日本ともRMAに関する努力についての情報を共有し、相互運用性の向上を図っているとしている。また、TMDの導入を日米同盟にとってのRMA問題と捉える向きもある。米国の情報能力に大きく依存することになるTMDの導入は、指揮系統にも影響があるとされ、技術面だけでなく、組織上、ドクトリン上の問題もあわせてクリアしていく必要が出てこよう。
③ トランスナショナルなリスクへの対応
冷戦後は、NATOにおいても、日米同盟においても、WMD拡散やコンピュータ犯罪、麻薬、テロリズム、大規模災害といった、トランスナショナルな協力が必要なリスクの管理が同盟の役割に加えられている。両者とも、脅威への対応だけでなくリスク管理の要素が、同盟の機能として重視されてきている。
④ 安全保障構造の重層化
欧州(ここでは大西洋ではない)では、特に冷戦後、NATO、OSCE、EU、WEU等の機構が相互に補完しながら重層的に機能を強化していっている。
特に、従来全く機能していなかったWEUが、EUの防衛要素と位置付けられ、NATOがWEUに指揮通信システムや司令部などの使用を認めるなど、発展強化されていっていることは注目に値する。NATOにおいても、NATOと中東欧諸国などが個別に協力協定を結ぶ「平和のためのパートナーシップ(PFP)」が採択され、平和維持活動に関する演習が実施されるなど、相互運用性の確保や信頼醸成が図られてもいる。冷戦中、安全保障、経済、人権などの分野で東西間の対話の場を提供してきたCSCEは、欧州の地域紛争を解決する第一義的機関としてOSCEと名称変更し、首脳会議の定例化や事務局設置等により常設機構化を進めている。
アジア太平洋では、1994年から開催されているASEAN地域フォーラム(ARF)である。ARFは、各国の外相が参加し、全地域的な政治・安全保障問題に関して自由に意見交換が行われる対話の場である。また、アジアと欧州の各国が参加して、幅広い分野で対話と協力を行う場としてはアジア欧州会合(ASEM)がある。二国間での軍事交流も活発化している。
あまり注目されないきらいがあるが、対話や交流より一歩踏み込んだ動きも見られる。
その顕著な例が、1998年の金大中訪日以来促進されている日韓の防衛協力の進展であり、捜索・救難に関する海上共同訓練も行われた。また、北朝鮮の核疑惑、ミサイル実験を機に、日米韓で緊密な調整が行われてきている。従来不十分なレベルにとどまっていた、米国を介して間接的な同盟関係にある諸国間の防衛協力が進むことの意義は大きい。
また、旧来的な意味で軍事行動とは言えないが、軍事的な要素を含む分野では対話を超えた協力が有望である。日本の防衛研究所が提唱しているOPKのような海難救助や海賊対策での多国間協力はこれにあたる。
米国は、東南アジアでの二国間の合同軍事演習を多国間のものに発展させていく傾向にあり、先ごろのコーエン国防長官のアジア各国歴訪でもそれについて議論が行われた。米国はまた、アジア太平洋地域における「安全保障共同体構想」の下、地域協力や軍事演習、不測の事態発生時に対応する演習などを行う「アジア太平洋地域主導権(APRI)」を進めているとも報道されている。米国は、東南アジア諸国や豪州に対し、国連平和維持活動(PKO)や国際人道支援での指揮を統合するため、部隊派遣を容易にする態勢作りを働きかけているとも伝えられており、こうした動きは非軍事的協力を通じて協力関係、信頼関係を構築する可能性を秘めている。なお筆者は、2年前の論文で、「防衛協力ネットワーク」というコンセプトを発案し、我が国が同盟以下、対話以上の多国間の防衛協力の方向性を追求すべきであると論じたことがある。今後、米国発の政策をふまえながら、再度このコンセプトを吟味したいと考えており、興味のある方はそちらも(https://www.mskj.or.jp/ronbun/kanekomout0006-1.pdf)参照いただきたい。
⑤ 防衛の自主性
上述したWEUの動きは、欧州安全保障・防衛アイデンティティー(ESDI)という、NATOの枠組の中で、欧州が欧州の安全保障・防衛の主体性を強化する動き、NATOにおける「欧州の柱」を強化する動きとして出てきたものである。この背景には、NATOが、その成立以来(あるいはそれ以前)から抱えている、太平洋関係(すなわち米欧関係)と欧州の主体性の間の桎梏がある。欧州では、フランスのNATOからの離脱などにみられるように、かねてからアメリカによって欧州の安全保障が主導されることへの反発や不安があったが、冷戦の終結を機に、欧州の安全保障・防衛の主体性を求める動きがフランスを中心に再浮上した。他方で英国やオランダのような、米国のコミットメントを薄めるような方向性は認めないとする立場も強く、様々な妥協や調整を経て、WEUの強化という形がとられるようになっている。
対米関係への配慮と防衛の自主性の桎梏は、日米同盟においても異なる形ではあれ伏流をなしており、例えば情報収集衛星導入をめぐる日米の微妙な関係にその現れをみることができる。米国側には、日本の情報収集衛星導入自体を疑問視あるいは警戒する向きや、導入はともかく国産化には疑義を寄せる向きがあり、日本側には、あくまで国産化を主張する向きと、対米関係に配慮して米国から購入すべきとする向きがあった。
こうした桎梏は随所にみることができるが、他方で、これはNATOにおける桎梏とは若干性格が異なることにも注意が必要だろう。NATOにおいては、「欧州」の自主性が問題になっているのに対し、日米同盟では「日本」の主体性が問題になっている。したがって、後者はナショナリズムの問題と結びつきやすく、近隣諸国の警戒を招きやすい。従来同盟関係になかったアジア諸国において「アジア」の主体性という視座が可能なのかどうかが一つの問題圏を形成し得よう。
3.同盟比較の可能性
冷戦後我が国には、日米安保のような軍事同盟から多国間の地域的安全保障枠組に基礎をおく信頼醸成へと、安全保障の軸足を移そうとする議論があり、多くの場合、ヨーロッパ、特にOSCEがモデルになっていたように思われる。対して、現実主義の立場から、文化・歴史的背景の異なるアジアにとってはヨーロッパはモデルにならず、特にOSCE的な対話枠組だけでは、実際に危機が生じたときに機能しないとの主張がなされ、大勢は、従来の同盟構造を主としながら、ARFのような対話の場を補完的に設けていこうという議論に落ち着いている。
歴史的経緯や脅威認識の異なる欧州を、文脈抜きに、またOSCEのような一部の機能のみを抜き出してきて理想化するのは軽率に過ぎる。しかし、太平洋と大西洋を比較することは、日米関係や当面の脅威にしばられがちな私達の安全保障観に、より広い見取りや奥行きを与えてくれることも間違いないように思う。また、日米欧三極の弱い鎖とみなされてきた日欧関係、あるいは欧亜関係の可能性についても洞察を与えてくれるのではないか。
冷戦後に各同盟が転換する過程を描いた好著に船橋洋一氏の『同盟を考える』(岩波新書)があるが、私自身は、英国での研修という機会を生かして、大西洋の同盟と太平洋の同盟を機能面、運用面で比較できればと考えている。本月例では、比較の切り口を提示したにとどまっているが、今後上記の切り口だけでなく以下の観点もあわせて、実証的に検討していきたい。
Thesis
Masafumi Kaneko
第19期
かねこ・まさふみ
株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹
Mission
安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造