論考

Thesis

より安定した安全保障環境の構築のために、防衛庁・自衛隊に期待すること ~今求められる「防衛協力ネットワーク」構築への努力

 平成七年に決定された新防衛大綱では、我が国の防衛と災害等への対処に加え、「より安定した安全保障環境の構築への貢献」が、我が国の防衛力の役割として明記された。そこに記されているPKOや国際緊急援助活動、安全保障対話・防衛交流による信頼醸成、軍備管理・軍縮への協力等の領域で、自衛隊は、従来の役割を超える新しい活動に着実に取り組んできている。

 新防衛大綱はまた、日米同盟が、より安定した安全保障環境を構築するために重要な役割を果たすことをうたっている。我が国の基本方針は、先述のような諸活動(PKO、信頼醸成、軍縮)と日米同盟を効果的に組み合わせることで、より安定した安全保障環境の創出に寄与していこうとするものと考えてよい。

 短期的にはこのような方針は正当なものであるが、さまざまな予期せざる混乱を乗り越えて安定を実現していくためには、積極的に望ましい安全保障環境について構想し、その実現に努力していく必要がある。本論文では、日本が優先的に取り組まなくてはならないアジア太平洋地域の安全保障について論じていくことにする。

 周知のように、アジア太平洋地域の安全保障システムは、ヨーロッパにおけるNATOのような集団的同盟機構ではなく、日・韓・比・豪等と米国が二国間での同盟関係を結ぶハブアンドスポーク型のシステムである。同時に、近年になってようやくこの地域にもARF等の信頼醸成への取り組みがスタートした。信頼醸成措置や多国間安保対話が日米同盟に代替するものではなく、前者が後者を補完するものであることは最早常識に属すると言ってよいだろうが、信頼醸成措置の意義はヨーロッパにおいてOSCEが果たした役割で実証済みであり、ヨーロッパ以上に不安定要因を抱えているアジア太平洋地域において、その必要性は強調して強調しすぎることはない。EASRや日米安保共同宣言に見られるように、冷戦期に成立した日米同盟等の二国間関係を引き続き維持し、多国間主義についてもこれを推進するというのがこの地域における現在の安全保障秩序であるが、この秩序の範囲内では解決できないいくつかの問題があるように思われる。

 第一に、この地域における米国との非対称な同盟関係は、「同盟のジレンマ」や過度の対米従属をもたらしやすい。沖縄の少女暴行事件でその一端が垣間見られたように、交渉における米国の圧倒的優位が反米感情の源泉となる可能性もある。また、バイラテラルな同盟関係では、二国間での問題(経済摩擦、裁判権問題等)が、同盟の意義自体を疑問に付すことに直結しがちである。

 第二に、信頼醸成措置は、敵対的関係にある国家間で行うものとしては意義があるが、例えば日本と韓国の間ではそれにとどまらない協力が可能なはずである。あらゆる国を同等に扱う多国間主義は聞こえのよいものではあるが、アメリカを介して間接的な同盟関係にある諸国との間で進めるべき協力体制と、それ以外の諸国とのそれとを分けて考えるのでなければ、グローバルイシューの解決に寄与しうるリソースをむざむざ捨ててしまうことになる。

 第三に現状では、過去の歴史的な経緯から、日本がこの地域の安全保障に積極的な役割を果たしていこうとすると、関係諸国の危惧を呼び起こす可能性が高い。「ビンのふた」論が説得力を持ってしまう空気が今なお存在していることは否めない。こうした空気が中国等の外交カードとして利用されてしまうことは日本にとって大きな不利益であろう。

 以上のような問題点を解決するためには、現存するパーツをより望ましい形で編み上げ直していく作業が不可欠である。日米同盟か多国間主義かという単純な二元論は後退したが、両者を併存させてことたれりというのでは安易すぎる。二つの選択肢の間には広大なミッシングリンクが存在している。すなわち、米国の同盟相手国間(日、韓、豪、比、タイ等)での防衛協力の推進こそが、この地域により安定した安全保障環境をもたらす実行可能かつ有望な方向性と考える。

 米国を介して間接的な同盟関係にある諸国間の防衛協力は、さまざまな歴史的経緯や各国の国内事情、アメリカの政策等から不十分なレベルにとどまっている。日本では軍事一般を忌避する国民感情もあってか、OSCEに倣おうとする傾向が強いが、やはりヨーロッパの安全保障の中核であるNATOにも学ぶべき点が多いように思う。「ソ連を追い出し、米国を引き入れ、ドイツを押さえ込んでおく」という言葉に象徴されるように、NATOは同盟外勢力に対峙するだけでなく、同盟内での関係を調整する機能を果たしてきた。特にドイツはNATOの枠内で己の手足を縛ることによって再軍備を認められ、更に長い時間をかけて同盟国との間に強固な信頼関係を培ってきた。NATOの同盟内において半世紀にわたって平和が保たれたことの意義は、NATO成立以前のヨーロッパ史と比較して、歴然たるものがあるだろう。高度な制度化・組織化と、密接な防衛協力がお互いの不信感を抑制する効果を持つことを見逃してはならない。米国との交渉に際しても、バイラテラルな関係であるよりディレンマを感じる度合いは少ないであろう。したがって、倒錯した反米感情を惹起しなくてよい。これに比して、アジア太平洋におけるハブアンドスポーク型の安全保障システムの脆弱性は明らかであり、それは多国間主義の導入によって糊塗できるものではない。既存システムの利点を生かしつつ先述したような問題点をクリアしていくためには、民主主義と市場経済、そして米国との同盟関係といった価値を共有する諸国間での防衛協力を進展させることが最善と考える。ただし、かつてのヨーロッパのように明示的な仮想敵国が存在しないことや、日本の憲法問題や韓国における反日感情のような国内問題を勘案すると、NATOのような同盟を構築することは難しいだろう。したがって、さしあたって情報交換や訓練、海難救助等といった平時の協力を推進しつつ、各国の国益がオーバーラップする領域(日本と韓国なら朝鮮半島有事やシーレーン防衛)において役割分担を進めていくというのが現実的である。中国の警戒感を過度に呼び覚まさないためにも、NATOのような体系化された軍事同盟を結成することは不適切である。米国との二国間同盟の束を礎に、他の二国間協力や米国を含む三国間協議を折り重ねていくことが適切であろう。このようなシステムをさしあたり防衛協力ネットワークと呼ぶことにする。このネットワークはアジア太平洋地域における国連PKO活動や、防衛研究所が提起しているOPKの受け皿としても機能しえ、日本は憲法上の問題を抱えたままであっても、トレーニングセンターを設置する等の貢献が可能である。ある種の問題に関してはネットワーク全体での定期的な協議機関を設けてもよいが、ネットワークの境界をあまりに厳密に設定してしまうよりも、米国との同盟関係から信頼醸成措置までをなだらかにつないでいくものにしておく方がよいであろう。

 このような防衛協力が進むならば先述した既存システムの問題もある程度解決される。

 第一の「同盟のジレンマ」については、他に協力関係にある国が存在するということ自体が安心をもたらすであろうし、また裁判権や基地問題等についてネットワーク内に合同の協議委員会を設けることも可能であろう。これによって反米感情は押さえられ、アメリカの継続的なコミットメントをとりつけやすくなる。

 このネットワークが、二番目の問題である、間接的同盟諸国との協力可能性というリソースの放置を解消するものであることはいうまでもない。ネットワーク内での役割分担が進めば、装備にかけるコストを削減することも可能になり、無用な軍拡も避けられる。

 直接的な協力関係が進み、インターオペラビリティが高まれば第三の問題である対日不信感は徐々に解消されていくであろう。このようなネットワークによる制約と支持を背景としてはじめて、日本は集団的自衛権の問題に正面から向き合うことができる。

 上記のような防衛協力ネットワークが成立すれば、アジア太平洋地域の不確実性をかなりの程度低減することができる。例えば、朝鮮半島統一がなされた場合、現状では統一コリアが日本にとって敵対的にならないと言い切るだけの材料は見当たらないが、日韓の間に防衛協力が進められ、統一の過程を日本が側面からサポートするならば、統一コリアは日本の協力を不可欠と感じるだろう。また、中国が拡張主義的な意図を持つようなことがあっても比較的短期間で集団的な同盟へと転換することが可能であり、またそのような可能性を持つこと自体が中国に対する警告となる。

 日本がこのような政策を推進していくかどうかは最終的には政治による判断を必要とするものであろうが、防衛庁・自衛隊は間接的な同盟国との防衛協力の可能性について米国を交えて検討を進めていくべきである。間接的な同盟国との防衛協力という土台があってはじめて信頼醸成措置や軍備管理も十分に機能するものとなる。そのような努力を進める中で、自衛隊は地域の安定にとって真に必要とされる存在へと成長を遂げていくはずである。

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹

Mission

安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

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