Thesis
報告書作成経過
4月月例で予告していた、日本の大量破壊関連の活動と担当組織のパフォーマンスを検討する報告書がほぼ完成した。この報告書は、各種政府発表資料や、3~4月の帰国時に行った外務省、通産省、科学技術庁、防衛庁・自衛隊への調査を元に、米国の公的機関や研究機関が米国政府の活動に関しての検討を行った各種報告書と比較対照しながら作成したものである。報告書の目的は、①昨年秋以降のモントレー研究所での研修の集大成②日米の不拡散コミュニティの関係強化に取り組んでいるワシントン事務所への情報提供③日本の不拡散政策の現状と課題についての議論喚起、というものである。すでに5月の時点で第一稿は完成していたが、正確を期すために関係の政府部署や専門家に正誤確認を行っている。
英語版については、この第一稿を元にして、研修先のモントレー研究所不拡散研究センターのパラッチーニ氏(ワシントン事務所ディレクター)と議論しながら、共著論文として仕上げていくことになった。特に分析部分に関して、同氏から大いに示唆を受けているところである。また、例えば「北朝鮮のテポドン実験により、日本では大量破壊兵器やミサイルの拡散への脅威認識が高まった」というような、日本であれば読み流してしまうような文章であっても、いちいち「脅威認識が高まった証拠は何か」と指摘され、事実確認についての認識の甘さを痛感させられている。パラッチーニ氏には、Mentorとしての役割を担っていただいているといっても過言ではなく、信頼性の高い情報を加工していく過程を学ばせてもらっている。
英語版が約1万7千語以上、日本語版が4万字以上の大部にわたり、最終稿が完成してもいないので、ここではその梗概を掲載するにとどめたい。最終稿は専門誌に投稿を予定しているので、その結果を待ってホームページに掲載する予定である。報告書の概要は文末を参照頂くとして、以下パラッチーニ氏との議論の過程で副次的に得られた管見を披露することとしたい。
政治と言葉の重さ
パラッチーニ氏との共同作業から学ぶことは数多いのだが、同氏が政策転換の証拠として、政府高官のスピーチを非常に重視していることに強い印象を受けた。確かに、米国では、大統領や各省庁の長官や次官、次官補が公式のスピーチをする場合、その発言は、実際の政策とかなり正確に対応していることが多い。例えば、大統領のスピーチが、情報テロへの取り組みの重要性にはじめて触れたとすると、それは政府や専門の委員会の答申や調査を受けて、実際に政策として実施される可能性が高い。そのため、論文や調査報告では政府高官のスピーチや議会証言がしばしば引用され、それだけの価値がある。選挙の際はまた違ってくるが、米国では、政府高官がある政策が必要だ、と演説するときは、それを行うだけの準備が整っているということであり、また関係者内でのコンセンサスを代弁しているのだと見て大過ない。政府高官の主な発言が、各政府機関のホームページにほとんど掲載されており、外交や防衛に関する次官補や大使レベルも含めての主な発言が旧USIA(現在は国務省に統合)の米国政府広報用のサイトにも掲載されているのもそのためであろう。
日本でも、国会での所信表明演説等のスピーチが実際の政策と全く無関係に行われることはないのだが、日本の首相や大臣のスピーチは総花的で、話題のものはとりあえず入れておくという印象が強い。大量破壊兵器拡散についても、かなり以前に首相の初心表明演説には現れているが、だからと言ってその背後に審議会答申や政策転換があったようには見えない。橋本元首相のユーラシア外交演説のような例外はあるものの、概して日本のスピーチは現実の政策との結びつきが弱く、曖昧な美辞麗句が多いように思う。パラッチーニ氏から政府の政策転換を示す証拠として首相や大臣のスピーチを調べてみてはと言われた際、一瞬奇異な感じがしたのは彼我の政治家の言葉の位置づけの違いによるものであろう。ただ、日本では官房長官の談話が一番資料的価値が高いと、いうのが経験則からの印象である。これは、行政の決定主体が、首相ではなく閣議にあり、官房長官が内閣を代弁する存在であることと無縁ではないだろう。
いずれにせよ、行政のアカウンタビリティという場合、単に情報の公開性を高めるというだけでなく、アジェンダセッターであり、グレートコミュニケーターであるべき首相、大臣、次官等が、行政の当事者として、政策の現状や転換を真に代表したスピーチを行うことが不可欠の要素であろう。確かにクリントンは演説上手であるが、単にテクストとして読んだとしても、彼の演説には必要な情報(具体的な数字や関係する法律やプロジェクトの名前、調査報告書名)が入っており、そこから必要なソースにあたることができるようになってもいる。逆に言うと、演説に対する具体的な反論が可能にもなっているわけである。日本で政治における言葉の重要性を言う論者は、演説のうまさや効果等の技術的な側面が過度に強調する傾向にあり、政治のシンボリックな機能の重要性からみればそれはそれで大事なのであるが、必要かつ客観的な情報を不足なく伝え、根拠を示すことに、より力点が置かれるべきであるし、メディアや専門家もその部分を評価することが求められる。日本には議論の風土がないとよく言われるが、客観的証拠を求める姿勢や知的誠実さが欠けているのであれば生産的な議論は生まれようがない。
※「我が国のWMD拡散への取り組み」概要
1.公的な脅威認識とその背景
日本政府はサミット等の場でWMD拡散への懸念を表明してきたが、実際にWMD保有を断念させる外交的な手段やWMDが使用された場合の防御能力を含むWMD拡散への取り組みの必要性を日本政府や日本国民に認識させたのは地下鉄サリン事件と北朝鮮の核疑惑/ミサイル実験であり、これら二つの事件を概観している。
更に日本政府にWMD拡散への取り組みを促す5つの構造的要因を指摘した。すなわち①ソ連の脅威の消滅と解体核処分等の新しい問題領域の出現②地域紛争の可能性の高まりとrogue statesの非対称手段としてのWMDへの志向性③技術の進歩や流出に伴ってWMD開発が容易になっていること④原子力の平和利用と核不拡散の不可分な関係⑤グローバルな不拡散レジームの強化という5つの要因である。
2.WMD拡散に関連する主要な政府組織
日本政府のWMD拡散に対する取り組みは様々な組織に分散しており、政府全体としての包括的な政策も存在していない。日本政府のWMD政策の全体像を理解するためには、各省庁のどの組織がどのような業務を担っているのか、組織や業務内容にどんな変化があったのかを個々に観察するほかはない。本論文では、下記のWMD関連の組織を取り上げ、その業務内容を概観することを通じて日本政府のWMD政策の全体を描出しようとしている。
首相と内閣 | |
安全保障会議 | |
内閣官房と総理府本府 | |
-内閣危機管理監 | |
-内閣安全保障・危機管理室 | |
-遺棄化学兵器処理担当室 | |
-省庁再編の影響 | |
外務省 | |
-軍備管理・科学審議官 | |
-軍備管理軍縮課 | |
-科学原子力課 | |
通産省 | |
-貿易局安全保障貿易管理課 | |
-貿易局輸出課安全保障情報調査官 | |
-貿易局輸出課安全保障貿易検査官室 | |
-各種産業への規制部門 | |
-省庁再編の影響 | |
科学技術庁 | |
-原子力国際協力・保障措置課 | |
-査察管理官 | |
-省庁再編の影響 | |
-原子力委員会 | |
防衛庁・自衛隊 | |
-重要事態対応会議 | |
-防衛局政策課 | |
-防衛局国際企画課 | |
-陸上幕僚監部装備部化学室 | |
-化学学校 | |
-第101化学防護隊 | |
-化学防護隊小隊 | |
-情報本部 |
3.近年の取り組みの検討
大量破壊兵器拡散への取り組みは多岐にわたるが、米国の国防総省の用語に倣えば「予防」(WMDの拡散を未然に阻止するための外交的・政治的手段)と「防御」(拡散が生じてしまった後でWMDの脅威に対処する軍事的な手段)に大別することが出来る。また、予防や防御のカテゴリーに含まれない、日本独自の要素として、日本の安全保障政策における「自己抑制」も指摘できる。日本では、予防と防御、あるいは自己抑制を有機的に組み合わせてWMD拡散に取り組むという姿勢が欠けており、それぞれの施策が断片的なものにとどまりがちである。そこで、このセクションでは、省庁へのヒアリングや各種公式文書等の結果明らかになった、各省庁がばらばらに所掌している取り組みを、分類して検討した。なお本論文では、核抑止政策については割愛している。
■予防分野
多国間外交 | |
-国連決議 | |
-NPT体制・IAEAの強化 | |
-CTBTの推進 | |
-日米軍備管理・軍縮・不拡散委員会 | |
二国間外交・地域的取り組み | |
-インド・パキスタン | |
-北朝鮮 | |
-旧ソ連 | |
-ODA | |
輸出管理 | |
-補完的輸出管理 | |
-コンプライアンスプログラム |
■自己抑制
4.結語
結論にかえて、日本政府の取り組みを改善するための下記のような提案を行う予定である。
Thesis
Masafumi Kaneko
第19期
かねこ・まさふみ
株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹
Mission
安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造