論考

Thesis

包括的核実験禁止条約をめぐるダイナミクス

1. 新孤立主義?

 10月13日、米国上院は包括的核実験禁止条約の批准を否決した。クリントン大統領は、共和党を「新孤立主義」「最悪の党派政治」と厳しく非難した。わが国のメディアでも、クリントン大統領によるレッテルをそのまま受け入れて、かつて米国が国際連盟加入を拒否した故事になぞらえる向きが見られた。

 しかし、共和党の態度を「孤立主義」と捉えるのは不正確である。共和党クエール元副大統領のブレーンだったビル・クリストルがTV番組で述べていたように、共和党はコソボ問題等各種のグローバルな介入政策を原則的には支持してきたのであり、「アメリカよ、故郷に帰ろう」という孤立主義の勢力はそれほど大きな広がりを見せてはいない。ある意味で孤立主義よりさらにたちの悪いことに、アメリカは、自分の流儀を他国に押しつけるユニラテラリズム(単独主義)に向かおうとしているのではないだろうか。しかも、それは共和党のみに見られる兆候ではない。新聞報道によれば、米国高官は、ロシアが弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を盾に、NMD(本土ミサイル防衛)計画を妨害しようとするなら同条約を脱退すると述べたという。ABM制限条約は、米ソの核バランスを維持し、戦略的安定を実現するための重要な構成要素であり、やすやすと放棄してよいものではない。今回CTBT否決の推進力となったヘルムズ外交委員長が、かねてより「CTBTよりも、NMDを推進するべきだ。ABM制限条約はソ連との間に結ばれたものであり、ソ連が崩壊した以上、遵守する必要はなくなった。」と主張してきたこととあわせて考えると、アメリカの今後の外交姿勢がユニラテラリズムに支配されることが懸念される。

 また、党派性という点では共和党のみがその責めを負うべきではなかろう。私は、CTBT批准否決の数日後、the Coalition to reduce nuclear dangersという反核団体主催の活動家グループ連絡会議に出席したが、彼らの中からも、共和党を非難するだけでなく、クリントン政権がこの問題を政治的に利用したことが共和党を否決にまで追い込んだとする分析が寄せられた。否決の翌日から、ゴア副大統領は、「CTBTを否決するような無責任な人々にこの国の政治を任せてよいのだろうか」と訴えるテレビコマーシャルを流しており、今後民主党サイドがこの問題を政治的に利用しようとすることは確かだろう。

 共和党が挙げていた否決の論点の一つ一つは、それほど奇妙なものだったわけでもない。反対派の論点は?核兵器の信頼性・安全性が実験なしで維持できるかの保証がない?核実験の禁止が保たれているかどうかの検証体制が不十分であり、ある国が核兵器を新たに獲得、あるいは改善しようとすることをとめることはできない?米国は一方的に核軍縮を迫られることになる、といったところであるが、これらはそれぞれにそれなりの根拠を持っている。クリントン政権は、例えば?については、stockpile stewardship programというプロジェクトに巨費を投じ、コンピュータによるシミュレーション等によって、核兵器の信頼性や安全性を維持することが可能であると主張してきた。にもかかわらず、CTBTだけを単独に取り出してみるとき、米国の国益に有利に働く条約でないことは確かであり、共和党がその点で非合理的だとは言えない。

 重要なことは、CTBTが国連総会(軍縮会議でないことに留意)で採択された際、NPT体制が抱える差別的な性格をいくらかでも緩和するための交換条件として意識されていたということである。核保有国を固定化するNPTが無期限延長されるにあたって、核保有国は核兵器開発の断念を約束した。その約束の象徴がCTBTだったのである。この点を想起するならば、共和党がいう「NPTがあるのだからCTBTがあろうとなかろうと核拡散は防止できる」という主張はうつろなものとなる。自国の国益を一切損なうことなく、「強者が弱者を武装解除する(ドゴール)」と言われたNPTの無期限延長は推進しておきながら、多くの非核国が無期限延長の条件としていたCTBTの批准は拒否するというのであれば、それは正当な国益追求ではなく、ユニラテラリズムの発露でしかない。共和党の議論に一貫して欠けていたのは、非核国と核保有国の差別性への配慮である。このことが長期的に米国の国益を損なうものである可能性を、彼らはどれほど意識していただろうか。

2. アイディア間の闘い

 私が研修しているモントレー研究所は不拡散問題を専門に扱っている研究所であり、今回のCTBT批准について活発な動きが見られた。アメリカの政策研究が、単なる研究にとどまらず、議会の動きに連動して政策提言活動を行っている一例として以下ご紹介したい。モントレー研究所は、少なくとも私が知る限り、CTBT賛成派としての立場を鮮明にしており、ホームページにもCTBT批准を支持し、批准否決を批判する文書を数多く掲載している。

■メディアへの緊急アピール
ワシントン事務所のシャインマン所長は、軍縮会議大使と共に緊急アピールを作成し、有力メディアにFax攻勢をかけた。

■プレスミーティング
CTBTに関してプレスミーティングが開かれ、シャインマン所長も有識者の一人として対応した。

■国務省へのブリーフィング
パラッチーニ研究員は、上院の採決結果を受けて国務省において今後の見通しについてのブリーフィングを行った。

■反核活動家グループ連絡会議
パラッチーニ氏は、上述したthe Coalition to reduce nuclear dangers主催の連絡会議で司会を務め、今後の運動方針や政治家へのアプローチについて議論を行った。彼は化学兵器禁止条約批准の際の議会の動きについてのケーススタディを行っており、今回の議会についても同様のケーススタディを行うことになった。

 CTBT反対論では、the Center for Security Policyが活発な議論を展開しており、同センターのホームページを見ると、CTBT反対論の議論がほとんど網羅されている。特に、そこでも提示されているロシアの核兵器廃棄への援助等軍備管理や軍縮のエキスパートとして知られる共和党のルーガー上院議員の意見は傾聴に値する深みを備えている。CTBTの否決をめぐる動向には、単なる党派主義を超えた異なるアイディア間の闘いとしての側面があったことも見逃してはならないだろう。

3. 核問題は終わらない

 日本でも西村政務次官の発言が物議をかもしたばかりであるが、発言の当否はともかくとして、核兵器が今なお注意を要する重要問題であることは銘記されるべきである。冷戦が終結して全面核戦争の危険が遠のいたとは言え、世界にはまだまだ膨大な数の核兵器が存在している。また、少なからぬ国が新たに核保有国となろうとしている。核兵器は廃棄することすら困難な厄介な兵器であり、核軍縮の進展は廃棄物の処理や核物質の管理をどうするかという問題を惹起している。

 日本でも近年、東京フォーラム等で核軍縮についての現実的な提案が活発に行われてきているが、日米安保の中で核の役割についてもっと議論がされるべきだろう。戦略核の応酬に接続する可能性が低下した中での核抑止について日米で協議することはもちろん、核の先制不使用や、NATOのような核計画部会の設置についても検討が必要だろう。日本は核保有国ではないから核問題について意味のある提案・行動はできない、としたり顔で言う人が多いが、それらの人々は、NATOの中で核兵器をめぐって欧米の間でどれだけ多くの議論と提案とアイディアが交わされてきたか、それを通じてアメリカの核政策がどれだけ変化を蒙ってきたかについて無知であることを表明しているに過ぎない。非核三原則はよいとしても、核抑止に関してはひきつづき米国に依存する、というのであれば、どのようなケースでどのような規模の核兵器使用を行うことを期待するのか、少なくとも政策担当者間では合意が不可欠であるはずだ。必要ならば一部のオペレーションについて、日本にも使用決定権を譲渡するよう要求してもよい。核の使用については、米国に全面的にお任せする、というのでは同盟国として正しい態度とは言えない。わが国が核武装の意図を隠し持っているのではないかという疑惑が、主としてアメリカから聞こえてくる。私自身も核問題の専門家からそうした疑念を聞かされることがある。日本がどのような核の傘を求めているのかについてきちんとした政策を明らかにしないことが、疑惑を一層強めているように思われる。

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹

Mission

安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

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