Thesis
98年、金大中氏が大韓民国大統領に就任し、日韓関係は飛躍的に改善した。
以前は、教科書問題・竹島問題などがあり、韓国人の反日感情は大きく、在韓日本人への嫌がらせなども度々あった。実際、日本人お断りのタクシーや食堂などもあり日韓関係はギクシャクしていた。
一方、日本はアジア諸国に対して第二次大戦の苦い思い出があり、自分をはっきりとアピールすることが出来ずにやってきた。また、国民はアジア諸国で起こっている反日感情をマスコミ等で聞くことにより、アジア諸国に対して良いイメージを持つことが出来なかった。友好的な関係を作ることすら考えられなかったのである。
最近、よくこの『友好的』という言葉をよく日韓関係では耳にするが、私が考える『友好的』とは、相手の国をそのまま素直に認め、あるがまま見ることが出来る関係をいう。いままでの、日韓関係は、相手国の存在を素直に認めることができていなかったといえる。
金大統領は、未来志向の日韓関係を考え、『過去よりも未来を』と新たな日韓関係を築こうとしている。これには、日韓両国民も歓迎し、今までにない良い関係の日韓関係を望んでいる。金大統領は、先日、ノーベル平和賞を受賞したわけだが、受賞理由には、日韓関係に対する評価も含まれていた。
それを受けて、韓国では、今まで禁じられていた日本大衆文化が段階的に開放され、日本が本当に近い関係になりつつある。そして、韓国の若者の間では今日本語がブームである。韓国の高校では第二外国語としての日本語の学習率が今年50%を超えた。
一方、日本も韓国映画『シュリ』の大ヒットによって、韓国文化に対する興味が目覚めた。多くの人がこの映画を見、感動し涙した。歌手のSESも日本である程度の人気を誇っている。
このように両国間の間が縮まっているかのように見えるが、現実はまだまだであるといわざるを得ない。韓国人は日本への過度のあこがれ・興味から日本を歪んだ形で見ていると言って良い。また、日本人の中には、韓国を軽蔑、軽視・誤解している人が多い。この関係を、前述の『友好的』な関係にもっていこうとする事は、非常に難しい。しかし、これは21世紀アジアの時代を共にいきる両国民にとって克服しなければならない課題であると考える。
両国が普通の関係の国になるにはいろいろ手段・方法があると思うが、私は国民レベルの交流を第一に考える。今までの、関係は政治レベルの対応に国民が左右されて来たという経緯がある。政治がしっかりすればいいが、それよりも確実で将来的にも安定性のある国民レベルでの交流が第一だと考える。そのためにも、両国民が直に接し触れ合う事が大きな一歩である。
先日、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)・朝日新聞の主催でコリア・スーパー・エキスポ2000が東京で開かれた。これは、2002年まで日韓共催で毎年行われ、韓国に対する新しい認識と両国民の豊かな相互理解の促進を、韓国の産業・文化・経済についての交流事業を通じて紹介していこうとするイベントであった。
このイベントは韓国舞踊の披露、韓国歌手のコンサート等のものから、韓国の伝統工芸や先端技術に対する紹介・韓国企業の紹介などの他、地方自治体が韓国の豊かな自然・環境を紹介するコーナー、また、韓国の代表的な映画やアニメなどを紹介したり、韓国の東大門市場のデザイナーによるファッションショーなど老若男女が楽しめる企画となっていた。
イベントと同時に、『激動する北東アジアと日韓関係』というテーマでシンポジウムと日韓文化フォーラム・日韓サッカー座談会が開催された。
このイベントは、私が常々、考えていた国民レベルでの交流の一環であるということが出来る。
私が、国民レベルでの交流・国民との直の交流をなぜ強調するかというと、前述したように、国民レベルの交流によって築かれた信頼関係は政治・経済によって左右されるものでないと言う事がまず挙げられる。それよりも私が大事であると考えるのは以下の理由による。
先日、ある在韓日本企業の人と話をする機会があった。韓国に進出して間もない企業であるが、彼は、25年間海外営業で世界中を飛び回って来た人である。彼が言うには、政治や経済といった事象を追うことも企業にとっては重要であるが、それとともに、いや、それ以上に現地人と接する事の重要性をおっしゃっていた。企業活動するうえで現地人と接し仕事以外のことを学ぶ事は、後々企業活動をするうえでも非常に役立つというのである。いままで、両国間で誤解・敵視していたような国ではなお更これが重要だといっていた。
我々は、韓国人を通じて、その背景にある文化や伝統を知ることが出来る。表面的な交流ではその場の事象しか知ることは出来ない。これは、企業活動だけでなく経済や政治そして、国民レベルと言う次元でも大きく影響することであると言えるのではないか。
ある政治問題がどのような背景で、どのような考え方で起こっているのかをよく分からずにその場だけで交渉することは、後々大きな間違いを起こすということである。
その意味で、国民との交流は非常に重要であると考える。
私は、今回のエクスポに不満を感じている。というのも、今回、韓国の伝統・文化を知ることが出来ても、韓国人と直接、話をする機会がなかったからである。国民レベルでの対話は何よりも大事である。日本語と韓国語という言葉の壁もないわけではないが、身振り手振りで話すことから交流というものは始まるのではないであろうか。今回、それがなかったのは非常に残念である。
国民レベルの交流を大規模に進めようとしたら、人的・物的コストのかかる問題である。
しかし、だからといって、しないわけには行かない。
今回は出来なかったが、物産展等の際に、人的交流を行うブースを確保することも出来るはずである。方法はいろいろあるであろう。
私は今、日本人として韓国にいる。日本代表の1人であるという気持ちで生活をしている。私の行動いかんで日韓関係は大きく変わるといっても過言ではない。私は、日本人と韓国人が一堂に会して話し合いをする事業を今、試行錯誤しながら進めている。
その際、考えなければならないのは、交流によって参加者間に共有できるものは何か、何を参加者に与える事が出来るかという事である。実際、日韓の交流自体は無数にあるのが現実である。今までにはないものを、共有できるような交流にしていかなければ意味はない。
また、日韓だけでの交流も本当に有効かを考えなくてはならないであろう。アジアの時代に日韓だけでの交流が本当に良いものかを今一度考えるときに来ていると思う。
しかし、今現在、2002年のワールドカップ共催に向けて日韓間は、いろいろな協力を迫られている。したがって、日韓間の交流はますます必要になってくるのではないか。その意味で、今は、日韓間の交流をまず進めることから考えて行きたい。
21世紀のアジアを共に歩むためにも、さまざまな交流の必要性を感じている。国民が両国を素直に見ることができるように、私の生活を通じて広めていきたいと思う。
Thesis
Yoshio Gomi
第20期
ごみ・よしお
三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部
Mission
日本の対アジア政策を考える