Thesis
今日、世界貿易の主流は、多国間主義と地域主義の共存にある。そんな中、先進国で唯一自由貿易圏を持たない日本と韓国。自由貿易は一部の産業に痛みを強いるだろうが、将来的なメリットは大きい。実現を念頭に準備が必要だ。
日韓新時代の到来
1998年、韓国の金大中大統領が来日し、故小渕首相と会談した。そこで「未来志向の日韓関係」という言葉が飛び出した。両国間の①投資、②貿易、③文化交流の促進を図ろうというものである。翌99年3月、今度は小渕首相が韓国を訪問し、「日韓経済アジェンダ21」を発表した。それまでの経済協力の枠を超えた、新しい協力関係の提案である。その後現在まで、①投資、②貿易の促進については、日韓の民間研究所で「日韓自由貿易圏構想」の実現が検討されている。③の文化交流は、日本の大衆文化が三次にわたって開放されている。
「日韓自由貿易圏」構想は以上のような経緯をたどってきたが、その背景には両国の経済事情が深く関わっている。1998年当時、日本は長期不況の真っ只中にあり、韓国もその前年の金融危機の煽りで経済が混乱していた。そこで両国首脳は、互いに協力しあうことで自国経済ひいてはアジア経済の発展に寄与できるのではないか、と考えたのである。加えて、99年暮れのWTO閣僚会議の決裂が、多国間通商システムの見直し、地域次元での自由貿易圏の構築に両国の関心を向けさせた。
日韓自由貿易圏は何をもたらすのか
日韓自由貿易圏が誕生すると、一体何が起きるのか。
まず挙げられるのは、全世界のGDPの17.8%(5兆ドル)を占める市場の出現である。人口は日韓合わせて1億7千万人となる。これは日韓両国にとって大きなメリットになると考えられる。人口が約5000万人の韓国からすれば約3倍の市場の誕生である。一方、高齢社会になり消費意欲が減退傾向にある日本にとっても、高齢社会にまだ20年ほどの猶予をもち、消費水準の向上が見込める韓国市場は魅力的である。
第2に、新たな産業が生まれる可能性である。関税・非関税障壁により活動を制約されてきた企業が自由に活動できるようになり、それまで以上に厳しい競争が予想される。それは企業の効率化・簡素化を促し、新しい産業創造へとつながるだろう。
また、競争は両国企業を提携へ導くことも考えられる。すでにEUやNAFTAでは域内企業間の戦略的提携が生まれている。韓国の鉄鋼メーカー「POSCO」と新日鉄の間でも戦略的提携が結ばれている。提携は、韓国企業にとって日本の進んだ技術を吸収する好機ともなるだろう。
3番目は人的交流の活発化である。相手国市場への企業進出や企業提携によって往来が増えることはもちろん、それによって相手国への理解が深まり観光などの面でも往来が増えることが予想される。さらに、それに伴う収入の増加も期待できる。
以上は、自由貿易圏がもたらすと考えられるメリットであるが、当然、デメリットもある。貿易不均衡である。それは、日韓双方にとってというよりも、より韓国に作用すると考えられる。
自由貿易とは関税を撤廃することである。それは、これまで保護してきた競争力の弱い産業・企業をもう保護しないということを意味する。
現在、両国の相手国に対する平均関税率は、日本が2.9%、韓国が7.9%である。関税を撤廃すれば、比較優位がはっきりしている分野で輸入品の国内価格が低下し、輸入品の急増が起きる。つまり、比較優位にある業種における相手国市場の寡占が起こる。具体的には、機械、金属、化学品分野を日本が、衣類や皮革製品、農水産物分野を韓国が占めることになろう。
この結果もたらされるのが貿易不均衡である。現在、日韓間の貿易収支は、95年140.2億ドル、99年68.7億ドルと一貫して韓国の赤字である。2000年も韓国の120億ドルの赤字と予想されている。自由貿易圏が誕生すれば、今以上に韓国の赤字額が増えると予想される。この点について、韓国の国会議員柳在乾氏は、韓国の貿易赤字は短期的には今よりも60億ドル増加し、日本経済への従属化を促す、と懸念する。韓国企業からも、日本企業に呑み込まれるのではないかといった不安や、日本経済の閉鎖性・日本システムに対する不信の声が出ている。
確かにこうした心配はあるが、長期的に見れば、自由貿易圏によってもたらされる利益が不利益を相殺してあまりあるだろう。
問題は、これとは別の次元にある。一つは、食糧の供給という安全保障に関わる問題である。日本政府は、農業団体等への配慮から農水産物を自由貿易の対象にしない可能性があるが、そうすると韓国も例外規定を設けるだろう。こうなると自由貿易圏とは呼べない。自由貿易圏の趣旨に反するからである。だがこれは、同様の問題を抱えていたNAFTA等の対応を参考に方策を講じれば解決は可能である。したがって、これはさほど重要な論点ではない。より問題なのは、食糧供給という面で安全保障に直結する農水産物を工業製品と同列に扱うことの妥当性である。
もう一つは、朝鮮半島が統一された場合のことである。現在議論されている自由貿易圏はこのことを想定していない。統一の時期及び形態がどうであれ、それがプラスの経済効果をもたらすとは、現状では考えにくい。自由貿易圏の創設後であれば、労働者の交流等の面で日本が影響を受けることは必至である。
この二点については今後さらなる検討を要する。
自由貿易圏創設に備えて
韓国国内では、この構想の短期的な実現を否定する声が多いが、構想そのものを否定するものは少ない。つまり、実現はしてほしいが今すぐは困るということだろう。とすれば、問題は実現の時期ということになる。しかし、何もしないで時期を待つばかりでは、いつまで待っても実現しない。実現させるための環境整備が必要である。
事前に整備しておくものとして、①投資ルールの整備、②基準・認証の統一化、③知的所有権の保護、④紛争処理制度の整備、⑤輸送手段の整備、⑥人的交流の整備を提案する。
試される先見性
世界を見渡すと、国境や地域を超えた経済のグローバル化が急速に進行している。しかしその一方で、地域経済圏という新しい経済単位での経済政策、産業構造を強化していく動きも確実に高まってきている。現在までに、WTOに認知されている自由貿易協定の数は世界で約120にのぼる。
欧州連合(EU:95年拡大)は、関税の引き下げだけでなく投資、サービスの自由化、労働市場の統合、経済政策の共有、通貨統合を行ってきた。ASEAN自由貿易地域(AFTA:92年発足)は、域内貿易の活性化を図るため、域内関税の引き下げに合意している。北米自由貿易協定(NAFTA:94年発足)、南米南部共同市場(MERCOSUR:95年発足)は、2005年を目標に、米州自由貿易圏(FTAA)構想を準備中である。さらに、EUはヨーロッパ内でのさらなる拡大を図ると同時に、今年7月にはメキシコと自由貿易協定を結ぼうとしている。
1990年代に入ってからのこうした一連の動きは、世界各国がWTO体制を遵守する一方、新たな通商政策の一環として自由貿易圏を捉えていることを示している。
しかし、わが国はこれまで多国間通商システムを優先してきたため、自由貿易圏に加入していない。ある在韓日本企業の社員は、日本が自由貿易圏に入っていないために、事業機会を逸したり、他国の自由貿易協定が障壁となって競争上不利な立場に置かれることが度々あると言う。
世界各国が自由貿易圏を形成することによって、日本企業が国際的な企業活動を行うことがますます困難になる可能性がある。日本は、WTO体制を遵守しつつ、通商政策の新たな手段として、早急に自由貿易圏の形成を考える必要がある。
政治家・経済人はそのリーダシップが求められると共に、今何をしなければならないのかを考えなくてはいけない。政治家・経済人の先見性が試されている。
(注) 自由貿易協定とは、関税の撤廃や輸出入の手続きを簡素化して貿易拡大を目指す国際間の取り決め。交易に関する一つの市場のように取引きを行う。協定国以外の国家とは既存の貿易障壁をそのまま適用。
<参考文献>
Thesis
Yoshio Gomi
第20期
ごみ・よしお
三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部
Mission
日本の対アジア政策を考える