論考

Thesis

日本・シンガポールFTAを通じて

日本・シンガポール自由貿易圏が年内締結に向けて実施されようとしている。韓国で研修中の私にとってこの日本・シンガポール自由貿易圏は大きな意味を持っている。というのも、韓国との間でも日本は自由貿易圏を締結しようと民間研究所で研究が行なわれている。しかし、一向に議論が前に進まず停滞している。その原因として農水産物に対する日本側の反発、機械・化学分野に対する韓国側の反発が挙げられる。この反発があまりにも大きいため、一向に前に進まないのである。

 しかし、シンガポールとの間では順調にことが進んでいる。その原因はなんなのか。日韓自由貿易圏に活かせるものがあるとしたらそれはなんであるかを調査しようと考え、2月末にシンガポールに出かけた。

 シンガポールは国土面積650平方キロメートル(東西40キロ・南北20キロ)、人口300万人の都市国家である。大体、山手線の内側の面積がシンガポールの国土面積と考えてよい。小国でかつ天然資源のないこの国は外部依存型の経済構造にならざるを得ない。すなわち、自由貿易国家であることが当然の帰結と言えるのである。また、このような外部依存型構造のため自由貿易を促進すること自体が国益に直接結びつく経済システムと言える。日本の場合、自由貿易によって農産品が大きな打撃を被ると言った意見も聞かれるが、シンガポールではほぼ100%輸入に依存している関係で失うものが全くないのである。そういった意味で、シンガポールにとって自由貿易圏を締結すること自体、何ら障害がないと言えるのである。

 シンガポールが2国間自由貿易圏について関心・興味を持ち始めた理由としていろいろな説があるが私は以下のように考えている。

 それは、シンガポール国内の情勢の変化と関係がある。シンガポールは建国(1965年)以来、経済発展をものすごい勢いで成し遂げてきた。その過程で人口も増加しそれが豊富な労働力として機能し更なる発展を遂げてきた。しかし、その人口増加がここに来て大きな問題となってきている。それは、高齢化の急速な進行である。高齢化によって経済が大きな影響を受けるが、この高齢化に対応出来る経済規模を確保しなければならない。そのためには今までとは違った政策を打ち出さなければという緊急性に迫られている。

 また、国策として外資系企業に対する税制面・制度面での優遇措置によって多くの外資系企業がシンガポールに進出してきたが、そのため、土地不足・また、知識労働力不足が深刻になってきた。多くの企業は、シンガポールをはなれ隣のマレーシアに拠点を構える企業も出てきた。シンガポール国内では知識型企業を置き、労働集約型企業を海外へ移転する企業も出てきた。そうしたなかでも、やはり知識労働者の不足が大きなネックになってきている。
 また、冷戦構造の崩壊によって先進国は東南アジアから中国へと関心を移し始めている。シンガポールにとって、外資系企業が国内から離れることは大きな痛手と言える。そのため、政府は対応を迫られてきたのである。

 そこで、政府は、海外からの人材を積極的に招聘してきたり、自由貿易圏を通じて他地域との関係強化を図ってきた。
 こういう経緯で自由貿易圏が叫ばれるようになった。そのため、シンガポールはアジアの中では唯一と言って良いほど積極的に自由貿易圏に対してアプローチをかけている。ニュージランドとは1999年に交渉開始を合意し今年の1月1日から発効している。また、自由貿易圏交渉を始めたり、現実可能性を探る話し合いをメキシコ・カナダ・日本・オーストラリア・アメリカとの間で行なっている。チリや韓国・インドとは自由貿易圏の可能性について探っている段階である。これをみるだけでもシンガポールは積極的に関与しているといえる。

 シンガポールが積極的アプローチしてきている背景は前述したように国内事情が大きく影響している。それは、国をどう維持していくのかという根本的な問題への解答でもある。そのため、自由貿易圏に対する議論も積極的にならざる負えない。中には、EUやNAFTAとバランスをとるべきだという意見や北東アジアと結束を強めなければ没落するとの懸念もある。また、拡大する中国への投資によって自国への投資が減少することへの危機感の声も大きい。そのため、シンガポールは出来るだけ多くの国と自由貿易協定を締結しようと考えているのである。これを、くもの巣理論とでも言おうか。つまり、多くのくもの巣を張り巡らしておくことでいわゆる保険をきかせようというのである。メキシコの場合もそうである。メキシコは従来アメリカとの貿易を進めてきていたが、あまりにもアメリカに従属する関係になり、これでは、いアメリカとの関係が悪くなった時に国として成り立たなくなるという考えから多くの国との間で自由貿易構想を進めている。シンガポールの場合もこれと同じで理論である。

 ところで、日本・シンガポール自由貿易圏の効果はどれほどのものであろうか。実はほとんど何も期待できないのである。自由貿易圏を結ぶ以前に両国間には関税・非関税障壁がほとんどないからである。だから、効果を期待することは難しい。シンガポールの経済学者の予測では、自由貿易圏によって日本は0%の変化・シンガポールは0.57%の変化しか期待できないとしている。そういう意味で、この自由貿易圏は何の変化も生み出さないものといえる。

 しかし、シンガポール国際問題研究所の会長で日本・シンガポール自由貿易協定の実現に向けてシンガポール側の代表的役割を果たしたサイモン・テイ氏は、この自由貿易圏を通じて日本に果たして欲しい役割を以下のように語っている。「1980年代、日本はASEANにヒト・モノ・カネを投じて「雁行型の経済発展」を先導してくれた。しかし、10年間も実質ゼロ成長を続けた日本は、今や迷子になってしまった。ASEANは先頭を飛ぶリーダーを失い、バラバラになりそうだ。アジアの一員であることを表明してもう一度この地域をリードして欲しい」こんな想いを彼は語ってくれた。

 この協定は日本にとって、何の障害もないこと、いままで、自由貿易圏を形成してこなかったということ、日本の変化を内外にアピール出来るということで積極的にこの締結を進めている。この提携を結ぶこと自体、何の障害もないからである。
 今回の合意のポイントは証券市場の一体化や電子認証など情報技術に関する規格の統一、企業研修などに伴うヒトの移動の円滑化などである。これらは、WTOなどでも十分議論されていないことについて最新の国際ルール作りを両国間で協力してやっていこうという強い表れでもある。

 さて、ここで日本・シンガポール自由貿易圏、日韓自由貿易圏はどういう経緯で生まれてきたのかを振り返ってみたい。
 日本・シンガポール自由貿易圏に関して言えば、シンガポール側からのアプローチに日本が応じたという形になっている。また、日韓自由貿易圏に関しても、98年金大中大統領の就任で日韓パートナーシップの一環としてこの自由貿易圏が捉えられるようになってきた。このように考えると、日本は積極的に自由貿易圏に関して関わろうという姿勢ではないことがわかる。相手が提案してきたからそれに乗るという形で全てが行なわれてきた。

 シンガポールには自由貿易圏に対する明確なビジョンが見える。また、韓国側も新しい日韓関係構築という意味でのビジョンを見ることが出来る。しかし、わが国日本からは何も見えてこないのである。これは、異常自体といえるのではないか。アジアの世紀になる21世紀、アジア諸国と一緒になってアジアを共に築いていく必要があるなか、日本は何も考えずただ単に応じているのである。このビジョンのない姿勢自体がアジア諸国はもちろん、欧米諸国から不信の目で見られる原因であるに違いない。

 自由貿易圏を締結していないことで日本企業が他の地域と締結している企業との競争に負けたり、制度上の壁に破れたりといろいろな弊害が出てきている。これを、解消するという意味で自由貿易圏を考えても良いのではないか。日本企業が円滑に企業運営を行うことは、日本の経済発展にも大きな影響を与える。私は、何もWTOを無視しているということではない。WTOを尊重しつつできることはベストを尽くしてやっていく必要があると考えている。

 日本に必要なのは自由貿易圏を締結すること自体ではない。その締結する理由とその後の社会をどう考えるかということではないか。
 私は、自由貿易圏を締結する理由として、前述の企業活動の円滑化とアジア諸国との対話を通じて日本の外交姿勢を示すことでの日本の信頼回復にあると考えている。その意味で、AFTA(アセアン自由貿易圏)やASEAN+3(日・韓・中)への可能性を探りつつ積極的に関与していくべきであると考えている。これは、何もアジア諸国との間での限定ではなく幅広く出来る国があればどんどん進めていくべきであると考えている。
 シンガポールに行ってやはり強力なリーダーとそれに伴うビジョンの存在が如何に国家にとって必要なのかということを切に感じさせられた。
 日本もしっかりしたビジョンを掲げた上で、通商政策を考えなければならない。

シンガポールのFTAに関する政府情報

日本・シンガポールFTAに関するこれまでの経緯に関して

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五味吉夫の論考

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Yoshio Gomi

五味吉夫

第20期

五味 吉夫

ごみ・よしお

三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部

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