論考

Thesis

金正男事件を通じて

5月3日、韓国にいる私は日本からのニュースに衝撃を受けた。それは、金正日北朝鮮総書記の長男、金正男氏が日本に偽造パスポートで入国を試み逮捕されたというものであった。ただ、その時点では彼が金正男であるかどうかは不明のままであった。しかし、MBCの8時のニュースでは、共同通信伝として彼が、金正男であると話をしたという報道が流れた。韓国のマスコミは3日・4日・5日とこのニュースを一面で伝えた。
 5月4日、日本政府は彼を中国へ退去させ、事件の解決を図った。

 金正男事件の流れはこうである。5月1日、シンガポール発日本航空で成田空港に到着した金正男一向は偽造旅券で入国をはかり、入管難民法違反容疑で取調べを受けた。5月2日には、早くも政府は刑事告発をせずに、国外退去させることを決定。そして、4日には中国へ追放したのである。

 この件について、日本政府は最後までその人物の身元が確認出来なかったと発表。結局彼が誰なのか曖昧なまま事件は決着してしまった。一方、韓国の中央日報は5月5日の朝刊で彼が金正男であると断定して報道している。その根拠として、日本政府が身元を最後まで明らかにしなかったにもかかわらず迅速に追放処置を執った点、不法入国者は慣例では経由地(シンガポール)に送られるのに中国へ追放された点、この男が北京に到着した時に中国当局と北朝鮮大使館が動いた点を考慮し金正男であると断定していた。実際、日本人の多くが彼を金正男であると考えているに違いない。中央日報がとった判断と同様に考える日本人は多いに違いない。また、あの顔を見れば金正日の息子ではないかとわかるはずである。しかし、日本政府は最後まで曖昧なままの対応をし続けた。
 最初の一報を聞いたとき、私は、政府がどのような対応を取るのか非常に興味を持った。正直、最初、政府は極秘に彼を中国に送ることも考えたのかもしれない。しかし、マスコミに発表されて非常に困ったはずだ。

 今回の対応を見て、私は、日本政府の選択は非常に悩んだ末の結果であったということは理解できるとしても、もっとしっかりと対応していくべきではなかったかと考えている。

 日朝国交正常化にマイナスになるからこのような対応をとったことは妥当であったと、遠藤哲也・元日朝国交正常化交渉代表や小此木政夫・慶應大学教授などは各種マスコミへコメントを発表している。金正男を人質として拉致疑惑解明に急ごうとする「人質外交」はすべきではないともしている。良く考えて欲しい。こんなコメントが出てくる自体可笑しな話だ。彼を人質として外交をしようと言うことを考えるのか。それでは、殺人者を殺すことが許されるのかと問いたい。本質はそんなことではない。問題は、彼がなぜ日本に来たのか。そして、彼らが来た際の日本側のコーディネーターは誰であるのか。旅券をどのような経路で入手したのかをはっきりさせることではないであろうか。今回の処置は明らかに超法規的処置である。そこまでして、日本が守らなければ成らないものがあるのか。私は、ここで日本の国益が何であるのかを問いただしたい。

 私は国益を、「経済的利益」と「国際的名誉」であると捉えている。今回の処置は、明らかに国際的名誉、つまり、日本の信頼において大きな汚点をつけることになったのではないであろうか。何も、金正男から直接、拉致疑惑の解明まで追求しようとは考えていない。それは、あまりにも問題を摩り替えているからだ。そうではなく、原則を貫くべきであったということである。例えば、今度彼がまた来た時どう対応するのか。観光目的なら超法規的処置で、金集めに来たときはどうなのか。

 前述の遠藤氏は、朝日新聞にて「この事件が、今後の日朝関係に大きな影響を及ぼすとは思えない。北朝鮮側は知らん顔をするだろうし、日本にとっても大きな材料ではない。むしろ変に利用しない方が良いのではないか。」としている。あはぁー、これだから日朝交渉がうまく行かないわけだと納得させられる一言であった。北朝鮮側は知らん顔するだろうし…。などと平気で言える気持がわからない。例えそう思ったならば逆にこの事件で追求する必要があったのではないか。何度も言うが、この事件と拉致問題は別問題である。だから、原則道り対応すべきだったのだ。小泉首相・田中外相はこの処置をとったことで国民は納得したと思うのであろうか。世界に存在する「ならず者国家」関係者が日本に来れば超法規的処置で追放されるという事を全世界にアピールしてしまった。

 ここは「貸し」を作り日朝国交正常化での北朝鮮側の柔軟な対応を期待するとでも考えたいのかもしれないが、前述の遠藤氏のコメントのように、北朝鮮は知らん顔をするだけであろう。日本が得たものとは何だったのか?失ったものの方が非常に大きいはずだ。それは、国民の信頼と諸外国からの信用であり日米同盟にも大きな影響を与えるに違いない。曖昧なままでの対応、結局、小泉首相も従来型の政治家と変わらないとの印象を与えるはずだ。これで、国民はどうやったら巨額の不良債権処理や経済構造改革が小泉内閣に出来ると信じることを出来るのであろうか。

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五味吉夫の論考

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Yoshio Gomi

五味吉夫

第20期

五味 吉夫

ごみ・よしお

三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部

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