論考

Thesis

この1年を振り返って

今年1年、世界的に朝鮮半島は注目を浴びた。歴史的な南北首脳会談をはじめそれに続く2度の離散家族再会やオリンピック共同行進そしてソウルとピョンヤンを結ぶ京義線の復元工事等さまざまな変化がこの朝鮮半島で起こった。

 今年初めから、北朝鮮は今までの外交政策を転換し積極外交を行なうようになった。オーストラリア・フィリピン・カナダをはじめ世界各国と外交協議を行ない、サミット国のイタリアとは国交を結んだ。なぜ、今年に入って北朝鮮は今までの方向を転換したのであろうか。この理由として、北朝鮮は韓国との会談を円滑にするためのきっかけ作りだという意見や日本を孤立化させることで日朝交渉を有利に進めるためであるといった意見も聞かれる。この点、私は、各国からの援助欲しさに政策転換しているとみている。
 というのも、北は現在食糧難に加え電力が不足し、なおかつ送電システムが老朽化のため使えない状態にある。そのため北は世界各国からの援助がなければ国としてやっていけないばかりか内乱が起こる可能性を持っている。そのようなことになれば現体制を維持することは難しい。そこで援助が必要なのである。今までは核を良いことに援助を引き出してきたが、それも限界に達したと悟り政策転換をした。つまり、北は変わったと装うために積極外交をはじめたと考えている。

 よく北朝鮮は変わったといわれるが、北朝鮮内部では何も変わっていないと考える。北朝鮮は韓国社会の否定的側面を浮かび上がらせたり、北朝鮮に有利な面を選別して報道している。また、北朝鮮を批判するものに対して容赦なく誹謗することも変わっていない。批判的な新聞社である朝鮮日報を爆破するといってみたり金泳三前大統領に対して強烈な批判をしてみたりと会談後においても何も変化がないのである。

 会談は北朝鮮の大変化を世界へマスコミという媒体を使って知らせることが出来た。これを受けて韓国内では、国家保安法の改正や北朝鮮に対しての制裁解除を行なう方向でいろいろ動きだそうとしている。また、アメリカはオルブライト長官の訪朝を受けて、北朝鮮への政策転換・テロ国家指定解除の動きさえも出てきている。また、日本はというと、俗に言う『バスに乗り遅れるな』と従来のアメリカ追随外交に加え、金大中大統領を上手く使って北朝鮮との首脳会談実現へと意欲を見せている。
 さらに驚くことに、森首相はアメリカ在住の韓国人を使って金正日氏へ親書を秘密裏に手渡したという報道まで起きている。日本は本当に年内の首脳会談実現を目指していろいろな手段を使って外交を展開している。しかし、それは日本にとって本当に良いことなのであろうか。長期的に日本の信用を失うことになるのではないか。

 韓国の政策は太陽政策といわれるが、これは軍事的に挑発するのではなく、経済的に協力していくことで相手の出方を期待するというものである。そう考えれば実は、日本も太陽政策をしているといえる。与えるだけ与えるという政策を展開しているからである。しかし、日本の場合は性質が悪い。というのは、日本は理念・ビジョンのない太陽政策をしているといえるからである。

 よく日本の外交には信念がないといわれる。南北合意に基づいて行なわれたものに対する日本の反応は、理念のなさを浮かび上がらせた。それは、非転向長期因に対する問題である。非転向長期因とはスパイ容疑で逮捕されたが北朝鮮の思想を捨てずに韓国内にいる人達を言う。その非転向長期因を合意事項に基づき北朝鮮に送ったのである。その中には、実は日本人スパイ容疑を自供している唯一の人物も含まれていた。その彼がそうそう北に送られるのを見送るだけであった。公安調査庁は、済州島に住む彼の聞き取り調査をするために済州島に3・4日来たが、それといって効果を得ることは出来なかった。また、日本政府は彼の存在の重要性を韓国政府にいうことができなかった。彼が行くことで拉致疑惑の解明が一段と難しくなるのであるから、ハッキリと韓国政府に対して言うべきであった。韓国では送られる彼らを力ずくで止めようと拉致された家族が国境付近で大規模なデモを行なった。韓国内でもこの点について意見が大きく分かれた。そして、返った彼らは労働党員の資格を与えられ、国民的歓迎を受けたのである。よく、この首脳会談は韓国の一方的な譲歩のもとに成り立っているといわれるがこの点でも韓国の一方的な譲歩がなされた。そして、日本の信念のなさも露呈した。

 また、今年10月、日本は50万トンのコメを北朝鮮に送った。この50万トンは森首相が幹事長時代訪朝した際に密約がなされたという噂もなされている。それとは別にしても、なぜ50万トンなのか、ちゃんとした説明もなされていない。また、価格の安いタイ米を使用して送ればいいのにわざわざ日本米を送ったのである。総額1200億円もの額にのぼる。ここでもなぜ日本米なのか説明が不十分であった。古米・古古米の処理の為になされたものであるということも言われている。しっかりした説明がなされれば国民も納得するのである。しっかりした信念が見えないから国民を説得することが出来ず国民から不信の目で見られるのである。

 ところで、先日、クリントン大統領の訪朝が中断された。クリントン大統領にとっては最後の花道を飾りたかったのであろうが、これはアメリカにとってもそして日本にとっても良いことであったといえるかもしれない。クリントン大統領と次期大統領のブッシュ氏は党が違うこともあり北朝鮮政策に対して政策の違いがある。現民主党政権は、北朝鮮に対して融和的に対応してきている。これは韓国の太陽政策にも似た政策といえよう。しかし、共和党は北朝鮮に対して今までのような融和政策では一方的に与えるばかりで得るものがないと批判しており、次期政権では強攻策に出るとされている。また、共和党は北の核開発疑惑に強い疑惑を抱いている。このようにクリントン政権と非常に異なる中、仮にクリントンが訪朝し金正日氏と共和党にとって無理な合意をする可能性もあった。つまり、次期政権にとって実現が難しい政策合意の可能性もあったのである。そうなった場合、政策実行の面でアメリカは自分の首を自分で縛ることになった。そうなる危険がなくなったという意味で今回の訪朝断面を評価したい。

 よく北朝鮮はアメリカ大統領選挙の年には大きな変化をみせるといわれている。そして、選挙後その政権に変化がないと悟ると政策を再び強行するといわれる。96年、92年次もそうであった。そう考えれば、来年が北朝鮮の本当の姿が見える年なのかもしれない。しっかりと北を監視すると共にいざという時に対応できる準備をしておかねければならない。
 そして、前述のように共和党政権は北朝鮮に対して強攻策で政策展開していくことになると、北朝鮮とアメリカの関係は悪化すると予想される。そうなった場合、今までのようにアメリカ追随外交でアメリカの後ろについていれば良いということでは済まされない。日本としての姿勢を北朝鮮も世界各国も求めるからである。そこで、日本もしっかりした姿勢を見せていかなければならない。日本は対北朝鮮に対してしっかりした政策を打ち出していないという批判を受ける。北朝鮮とアメリカとの関係が悪化した場合、また、北の積極外交がますます進み日本が孤立するにつれて、日本がしっかりしたビジョンを打ち出していく必要性が高まってくる。選挙や支持率のためにその場限りの政策では北朝鮮に笑われるだけでなく世界からも笑われことになる。韓国の政界関係者は、日本には北朝鮮・朝鮮半島に対する専門家・政治家がいないことが大きな問題であると言い、また、このことは日本にとってだけでなく韓国にとってもマイナスであると言っていた。遠くのアメリカでは朝鮮半島政策でも政策論争されている。しかし、日本で政策論争を見ることはできない。アメリカ以上に危機感を持たなければならない国なのに論争がないのは本当にどうかしている。日本の専門家・政治家の専門性がいま求められているのである。

 バスに乗り遅れるなと日本が何も考えずにただ急ぐのではなく、韓国・アメリカの動きをしっかり見据えた上で日本の立場を決めていってもけして遅くはない。韓国、アメリカという見本があるだけでも日本にとって有利なはずである。日本は今、発想の転換をしてみる必要があるのかもしれない。コメの援助にしてもコメが本当に北朝鮮の国民1人ひとりに行き渡るか確かではない。そうであるならば、コメ育成の技術移転を積極的に考えるべきである。北朝鮮に外国人が入ることを北朝鮮がいやがるかもしれないが、それしか選択肢がなければ北朝鮮も受け入れざるを得ないであろう。少し考え方を変えて対北朝鮮政策をしていくべきである。急がずゆっくりしかし着実に北朝鮮政策を立てていかなければならない。

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五味吉夫の論考

Thesis

Yoshio Gomi

五味吉夫

第20期

五味 吉夫

ごみ・よしお

三得利(上海)投資有限公司 飲料事業部 事業企画部

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日本の対アジア政策を考える

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