論考

Thesis

ホームヘルパー2級資格取得を通して ~だからこそ、生涯現役社会を目指そう~

 今年の3月24日~9月24日までの半年間、私はホームヘルパー2級資格の講座を受講していた。このホームヘルパーの資格取得を通じて、さまざまな介護保険の現場を見、そして主に高齢者福祉について学ぶことが出来た。今回は、約半年間を通して学んだことや感じたことを書いていこうと思っている。

◆ホームヘルパー資格取得を通して学んだこと・感じたこと

 まず、学んだことや感じたことを書く前に、ホームヘルパー講座について説明したい。

 ホームヘルパーの講座は、単なる座学だけではない。受講生同士による介護技術の実習や、車椅子の乗車体験、特別養護老人ホーム等の施設での研修やホームヘルパーの同行等の現場実習もある。また、いろいろな事例を使って受講生同士でどのように接したらよかったのかとか、接するべきだったのかというディスカッションを行い、このディスカッションを通して、ヘルパーとしての人間性を高めていくのである。

 私が受けたCOM総合福祉研究所の講座では、おむつによるおもらし体験もあり、その当時はとても苦労したが、今では良い思い出になっている。

1.できないこと・できること

<できないことを受け入れる難しさ>

 できないこと、というのには私は2種類あると考える。一つ目は能力がないとか、資格がないゆえに出来ないということである。たとえば、私は100メートルを10秒で走ることができないや、私は裁判で弁護できないといったことが上げられる。この場合の受け入れ方は、今は出来ないから努力するということか、無理でもかまわないということになり、それほど難しいことではないだろう。

 私が、介護の現場で悩んだのは、もう一つのできないことである。それは、もともとできていたことが出来なくなってしまったということである。介護保険利用の高齢者は、ほとんどがもともとは自分で食事ができ、排泄もでき、移動することもできていたはずである。このできて当たり前と思っていたことができなくなる。それを受け入れるのはどうしたらいいのだろうか?

 私は、施設研修等で、食事介助やオムツ介助をうける寝たきりの利用者や重度痴呆で徘徊し、食べ物以外のものを食べそうになった利用者の対応をしながら悩んでいた。頭の中では、自分も年をとっていけば、いずれはそうなるんだろうと分かっている。利用者の方にも、「あなた方、若い世代も、いずれは私と同じようになるんだよ。」といわれたことについても分かる。しかし、心情面ではそうなることに対して恐れを抱く自分がいる。このことは正直今でも悩んでいるし、これからも自分は悩みつづけるのだろう。

<できること ~まずは自分の意志次第~>

 「できないことを受け入れる」で悩んでいたとき、一方で私は、「できること」を学ぶことができ、自分の心に光が差したような気がした。

 それは、ホームヘルパーでの同行研修だった。訪問先の利用者の方は、骨折して特別養護老人ホームに入所されたが、特別養護老人ホームにいては弱ってしまってだめになると思い、勝手にリハビリをして(職員には、勝手に歩かないでと注意されたそうだが)、そして在宅に戻られた方だった。

 外出時はまだ車椅子を利用しているが、家の中ではできるかぎり自分で歩こうと、家事についてもできるかぎりやろうとがんばっている利用者の方だった。

 私はできなくなることへの恐怖を抱いていたが、この利用者と接して、まずは自分がそうなるんだと思い、そして努力することが大切なんだ。そうすれば、いったんできなくなったこともできるようになるんだということが分かった。

 しかし、できなくなることをできるようになるのは、非常に大変なことである。自らできるようになるという意志を永続させるには、周りのサポートが必要なのである。

 この利用者自身は、一人暮らしであるが、息子夫婦は近所に住んでいるらしく、ときどきこの利用者を車椅子に乗せてちょっと遠くに買い物にいったりするそうだった。そこで今度は一緒に歩いていこうというような呼びかけを家族はしているそうで、その一緒に歩いて買い物という思いがこの利用者を支えているのだと私は思った。

 加えて、ヘルパーの方も、利用者に家族と一緒に歩いていけるようにがんばって歩く練習をしようとか、家事についても一緒にやりましょうと呼びかけて、そしてできたら誉めて、やる気になってもらえるように努力していた。

 「できなくなってしまったことが、もう一度できるようになる」には、まずは本人の意志次第ではあるのだが、その意志をもちつづけてもらうためにも、家族やヘルパー等の周囲の温かい支援が必要なのである。

2.痴呆になっても

 実は、痴呆になっても痴呆から回復できる。私はヘルパー講座を受けるまで、痴呆になると不可逆的に進行していくものだと思っていた。しかし痴呆になっても回復できることが証明されてきている。

 痴呆はそのタイプを大きく分けると、脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆というものにわけられる。脳血管性痴呆というのは脳卒中(代表例は、脳梗塞や脳出血)によってもたらされる痴呆で、これを防ぐには、脳卒中にかからないように日ごろの生活について気をつけることである。もう一つのアルツハイマー型痴呆というのは、これはアルツハイマー病ではない。アルツハイマー病は遺伝子による病気である。アルツハイマー型痴呆というのは、遺伝子によるものではないが、脳の状態がアルツハイマー病と似ているためそう呼ばれている。しかし、その原因は脳を使わないことによる、脳の退化だということだ。18,000件の症例から痴呆治療の研究を行っている浜松医療センターでは、このタイプの痴呆を「本態性痴呆」または「老化・廃用型痴呆」と呼んでいる。

 この「老化・廃用型痴呆」というのは、脳を使わないことによって発生するものである。すなわち脳を使えば、この痴呆から回復することが可能ということを表している。軽度や中度の痴呆ならば、家族や周囲の協力も必要であるが、痴呆から回復することが証明されている。

 すなわち、痴呆は回復可能なのである。特に、「老化・廃用型痴呆」からの回復に必要なのは、脳を使いつづけることなのである。

3.施設は静かな世界

 私は、この6ヶ月の間に神戸・藤沢・宝塚等で介護保険関係の施設を回ってきた。その施設を巡る中で思ったことが、どの施設もとても静かで緩やかな時間がながれているということだった。

 大体、3食の後は、利用者の大半が、静かにひっそりと過ごしているのをよく見かけた。ホールにいる利用者達も、おとなしく静かに座り、テレビを見るというよりも眺めているといった感じだった。

 私は、痴呆について学んだときに、この風景を思い出し、特別養護老人ホームが「終の棲家」であるということに大変納得すると共に、介護保険の施設というのは、より積極的な生に向かうためのものというよりも、穏やかな死に向かうためのものであると思うようになった。

 生まれれば死ぬ以上、穏やかに死ぬことができるということは大切なことである。しかし、人としてできるかぎり、その死に向かって流れる緩やかな時間を短いものにしたいと願うものではないだろうか?

 私はこのような疑問を抱くようになっていった。そんな疑問を抱いているときに出会ったのが、「生涯現役」という言葉だった。

◆だからこそ、生涯現役社会を目指そう

 私は、これからの高齢社会において、介護保険の充実も必要ではあるが、それ以上に生涯現役で過ごすことのできる社会の整備が大切だと考えている。

 2000年4月に介護保険が導入され、今、その介護保険が見直されようとしている。介護保険の導入により、介護というのが社会化され、大いに光があたった。

 介護保険は、人が生き、そして死んでいく上での最後のセーフティーネットである。この最後のセーフティーネットが整備されることも大変重要である。

 しかし、平成13年末において、第一号被保険者(65歳以上の高齢者)は、2,284万人である。そのうち、要支援・要介護認定を受けた高齢者、すなわち介護保険を利用することのできる高齢者は、275万人である。現在、65歳以上の高齢者ということで考えると、利用できる高齢者は高齢者全体の12%なのである(認定を受けたからといって利用するかしないかは、また別の問題である)。

 もし、88%の高齢者がすべて介護保険のサービス利用者にまわるとしたら、一体どうなるだろうか?40歳~64歳と65歳の介護保険料は爆発的上昇することになるだろうし、恐らく、国も市町村の財政も破綻してしまうことは想像に難くないだろう。

 こういった事態を防ぐ上でも生涯現役社会の実現をすすめるべきではないだろうか? しかし私は、単に財政のことだけで、生涯現役社会の実現を進めるべきだとは考えてはいない。

 私は、ノーマライゼーション社会の実現をテーマに活動している。私の考えるノーマライゼーション社会とは、「自立し、自律でき、矜持をもつことのできる社会」である。ノーマライゼーションは障害者に対する考え方で発生した思想であるが、私の考えるノーマライゼーションは、障害を超えるだけでなく、性別や年齢を超えた社会のあり方を提唱している。

 人はみな、いくつになっても、自立し、自律でき、矜持を持って生きていたいのではないだろうか?それは幸せな生き方ではないだろうか?

 私は、それは人としての幸せな生き方だと思うので、生涯現役社会の実現を進めるべきだと考えるのである。

 私は先日、「生涯現役」をテーマに掲げるライフ・ベンチャー・クラブ(以降、LVC)の200回記念フォーラムに参加してきた。このLVCは、1985年から「生涯現役」をテーマに掲げて活動を行っている。

 この組織は、起業・就労・ボランティア活動を通して、一生涯社会に貢献することで豊かな人生を送ろうとさまざまな活動を行っている。特に、就労については、中高年・高齢者の新たな就労システムを作ろうと企画していて、私もその企画に参加して、生涯現役社会における就労システムの研究と実現に尽力して行こうと考えている。今後この月例でその活動について報告していこうと考えている。

 最後に、高齢社会において、矜持と安心をもって生きていける社会の実現に尽力することによって、ホームヘルパー2級資格取得のために、いろいろご指導していただいたCOM総合福祉研究所、研修を受け入れてくださった施設やいろいろな想いや家族介護の体験を話して私に教えてくださった2級受講の仲間の皆様に感謝の意を表したいと思います。

 「ありがとうございました」

◆研修先・訪問先

  • COM総合福祉研究所 ホームヘルパー2級講座受講
  • 介護老人保健施設 エスペランサ(宝塚市)
  • 特別養護老人ホーム 花みさき(神戸市)
  • 特別養護老人ホーム うみのほし(神戸市)
  • 特別養護老人ホーム みどりの園(藤沢市)
  • 有料老人ホーム オーシャンプロムナード湘南(藤沢市)
  • あじさいママ ホームヘルパー同行
  • 訪問看護ステーション ルシエール 訪問リハビリ同行
  • 本多聞デイサービス(神戸市)
  • デイグループホーム愛(神戸市) グループホーム訪問
  • アクティブライフ神戸(神戸市) 同上
  • グループホームひまわり(神戸市)同上

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海老名健太朗の論考

Thesis

Kentaro Ebina

松下政経塾 本館

第22期

海老名 健太朗

えびな・けんたろう

大栄建設工業株式会社 新規事業準備室 室長

Mission

「ノーマライゼーション社会の実現」

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