お断り
2002年11月の月例にてユニバーサルデザインへ(前編)を書いた後、その後編を書いていなかったが、「投票所バリアチェック10,000ヶ所全国運動」を通して選挙制度を題材に各論でのユニバーサルデザインの必要性を論じてきた。
今回も別の題材ではあるが、各論の部分からユニバーサルデザインの必要性について論じたい。今回の各論をもってユニバーサルデザインへ(後編)とする。
◆ユニバーサルデザインについて
1.ユニバーサルデザインとバリアフリー
ユニバーサルデザインとは、「すべての年齢や能力の人々に対し、可能な限り最大限に使いやすい製品や環境のデザイン」といわれている。
このような意味合いで提案したのは、建築家であり工業デザイナーであるノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターの故ロン・メイス所長といわれている。ユニバーサルデザインの言葉と同じような意味の言葉に゛バリアフリー“という言葉がある。
バリアフリーとは、高齢の人や障害を持った人が社会に関わりを持とうとしていくときに社会の側で妨げてしまう現実がある場合に、その妨げるものをバリア(障壁)と呼んで、これをなくすことによって、高齢の人や障害を持った人が社会に関わりやすくするように環境を整えようという考えである。考え方自体はもっともであるが、実際の対応においてはたとえば障害を持った人に対しては特別な対応をすればいいという形になり、バリアフリーにするはずが、特別な対応をしてしまうがゆえに特殊な存在になってしまうという心のバリアを産み出してしまうケース(※)がある。
一方、ユニバーサルデザインとは、バリアフリーのようなはじめから対象を限定して考えるのではなく、みんなにとっていいものを考えよう。はじめからみんなにとっていいように環境を整えようという考え方である。ユニバーサルデザインは、障害のあるなしに関わらず、年齢の長幼に関わらず、全体的な視野にたって人間を捉え、すべての人のニーズに答えるように努める考え方なのである。
※詳細は2002年11月月例「ユニバーサルデザインへ(前編)~バリアフリーへの疑問~」参照
(11月月例URL https://www.mskj.or.jp/getsurei/ebina0211.html)
2.ユニバーサルデザイン七原則
故ロン・メイスを中心としてアメリカのユニバーサルデザインのリーダーが中心になって唱えたものに「ユニバーサルデザイン七原則(7 Principles)」がある。
<ユニバーサルデザイン七原則(7 Principles)>
- 誰にでも使用でき、入手できること (Equitable Use)
- 柔軟に使えること (Flexibility in Use)
- 使い方が容易に分かること (Simple and Intuitive Use)
- 使い手に必要な情報が容易に分かること (Perceptible Information)
- 間違えても重大な結果にならないこと (Tolerance for Error)
- 少ない労力で効率的に、楽に使えること (Low Physical Effort)
- アプローチし、使用するのに適切な広さがあること (Size and Space for Approach and Use)
この七原則からすると、ユニバーサルデザインとは、「良いデザイン」ということになる。
日本においてユニバーサルデザイン推進のリーダーの一人である古瀬敏氏は、ユニバーサルデザイン=良いデザインの満たすべき要件として以下の6つを挙げている。
<ユニバーサルデザイン=良いデザインの6要件>
- 安全性
- アクセシビリティ-(バリアフリー性能)
- 使い勝手
- 価格妥当性
- 持続可能性
- 審美性
◆大阪市役所の正面玄関の問題
今回、ユニバーサルデザインの問題で取り上げるのは、私が会員として勉強している大阪アドボカシー研究会が取り組んでいる大阪市役所の正面玄関についてである。
1.大阪市役所について
昭和60年に大阪市北区中之島に建てられたもので、付近には中之島公会堂、日本銀行本店など大正・昭和初期の由緒ある建物が並んでいる。人口約262.4万人(平成15年5月1日現在)、約121万世帯の生活を支える行政機関である。
| (大阪市役所の写真) |
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2.大阪市役所の正面玄関の問題~たった2段の段差が...~(1)正面玄関について 大阪市役所の正面玄関は日本銀行本店と向かい合わせの御堂筋に面した入り口である。石造りの落ち着いた感じのする玄関である。
| | | (正面玄関 近景) | (正面玄関 階段&スロープ) |
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正面玄関となっているが、大阪市役所に来る人たちの多くは、車からの乗り入れの便利さの理由から裏玄関から出入りする人が多い(私が行ったときも正面玄関から入っていく人は非常にまばらであった)。この正面玄関には、市役所から外に出て行く場合に、大きな危険が存在しているのである。
(2)危険(問題)について 正面玄関は、上の写真のとおり階段とスロープがついているのでそれほど大きな危険がないように思われるかもしれない。しかし、危険があるのである。正面玄関全体は、落ち着いた色調の石畳で造られている。段差は実はたったの2段である。この統一された色調とわずか2段という段差が危険な存在なのである。その危険とは、市役所の正面玄関から外に出て行くときに、弱視の方や車椅子の方には、正面に階段があることが分からず、平坦だと思ってまっすぐ進んでしまった結果、階段から転落してしまうことである。
なぜ、そのような危険があるのか?私自身は、かなりの近眼であるがコンタクトレンズによって、正面玄関を出たときから、そのまままっすぐ進むと段差があることを認識できる。しかし、弱視の人には実はこの統一された色調の段差を認識することは非常に難しいのである。また、車椅子利用者にとっても車椅子の高さから見ると、統一された色調と2段の段差を識別するのはぎりぎりまでできないのである。
| | | (車椅子の高さから見た風景) | (2段の段差を上からとった写真) |
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危険な状態にある問題を挙げると以下のとおりである。
- スロープがついてはいるがスロープに導く表示がなされていない点
- 階段があることを示すような点字ブロックが敷設されていない点
- 階段、スロープともに手すりが設置されていない点
ここで転落事故が起こってしまえば、確かに大阪市の安全配慮義務の怠慢によって裁判ということも可能であるが、それまでにどうにか誰もが安全に市役所を出入りできるようにしたいということから、大阪アドボカシー研究会は大阪市役所に安全配慮の対応を求めるための交渉を行っている。
3.交渉について~安全と美観の折り合い!?~ 6月3日、大阪市役所の地下会議室にて安全の対応を求める交渉を大阪アドボカシー研究会で行った。私も会員の一人として参加した。初交渉ではなく、すでに数度にわたる交渉から、今回は大阪市役所から段差の明示方法についての提案がまずはなされた。
市役所側は、段差部分にくすんだ金色の金属プレートを張って対応したいということであった。
| (役所提示の金属プレート) |
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このプレートを段差境界部分に張って、知らせるということであった。一応、職員も車椅子に乗って確認した上での対応の提案であるということであった。
私自身、くすんだ色というのがどうしても残念であり、なぜ明示するのならもっと明るい色にしないのかと思っていたし、点字ブロックの設置についても考えているという回答もなかったのが非常に残念な気持ちになって、このプレートを眺めていた。
しかし、そうしない理由はその後の段差のスロープ化をめぐる議論の中で明らかとなるのである。
大阪アドボカシー研究会側としては、最終目標を段差の全面スロープ化とし、それを大阪市役所に提案している。
今回も段差明示の話をしていく途中でスロープ化の話をしたが、大阪市役所側は予算の問題と予算以外の問題(こちらについては何が問題なのかは語らず)からできないので、まずは段差明示対応の交渉の場だと思っているという回答であった。
それでも最終目標としてのスロープ化の話をすると、安全と美観の折り合いが必要と言ってきたのである。
段差明示についても極力最小限(金銭的だけでなく)に抑えようとするのは、美観から安全と折り合いをつけようとしているからだと、金属プレートを見つめながら合点し、ようやくこのくすんだプレートを出してきたことが理解できるとともに、怒りが込み上げてくるのが分かった。
私が怒る前に、他の会員が安全と美観の折り合いはおかしい、まずは安全を考えて、その上での美観であるはずだと怒りを露わにしたため、市役所側は急遽、安全第一が大前提であると謝ってきたのであるが、どうしても安全第一に考えているように思えなかったのである。
大阪アドボカシー側としては、今後もスロープ化についての議論を行うとともに、以下の対応を提案した。
- 花が植えてあるプランターを使うなりして段差明示の方法を行う(※)
- 正面に段差があることを明示する看板を設置する
- 警備員が障害を持った人を正面の階段ではなくスロープへ誘導する
※もしプランターで飾る場合は、大阪市の各区の花を植えるという案も出た。まさにこれこそ大阪市全体の市役所と言える案だと私は思っている。
そして次回においては、スロープ化の困難な理由、特に予算以外の語ろうとしない問題について明示するとともに、くすんだ金属プレートではない方法での段差明示を検討するように依頼して、会合は終了となった。
4.選挙公報の問題~階段もスロープもバリアフル~ 大阪アドボカシー研究会では、段差を全面廃止してすべてスロープ化することを最終目標として交渉に臨んでいるが、私自身は全面スロープ化が本当にいいのか疑問に思っていた。したがって、ユニバーサルデザインの観点から考えたらどうなるのかと思い、私は会員としてユニバーサルデザインの勉強をさせていただいているユニバーサルデザインネットワークジャパン(以降、UDNJ)の人たちにメールにてヒアリングを行った。
(1)スロープにも危険性はある スロープも万能なものではない。特に下りが問題になるケースもあるのだ。
パーキンソン病(症候群)による小刻み歩行と突進現象、下肢に装具をつけて杖歩行している片マヒ者、股・膝・足関節などに可動制限や運動痛のある人、背中が曲がっているために歩行時に重心が身体の前に行きやすい人、シルバーカーを押して歩行している人などにとっては危険であり、不安を覚えるものであり、場合によっては手すりつきの階段(段差)のほうが安全の場合もあるのである。
やはり、必ずしもすべてスロープ化というのが良いわけではないのである。
※しかし、大阪市役所の正面玄関の現状が、すべての人の安全が配慮されたものだと肯定するつもりはまったくない。
(2)建物を手直しするとなると... 大阪市役所がどうなのか分からないが、文化財の指定をうけているような建物だと美観の問題は非常に大きいことや、有名な建築家の設計によるものだと手を加える場合に、必ず設計者の了解を得てという条件がつけられている場合もあり、そのような場合だと、予算的にスロープ化が可能だとしてもできないというケースがあるので、今後の交渉の過程でそういった関係をしっかりと認識しないといけないことを知った。
◆まとめ
今回の大阪市役所正面玄関の問題を通して、ユニバーサルデザインの考え方から安全と美観の折り合いとはどういったことなのかということを考えてみたい。
1.安全?美観? それは建物によって異なるものではあるが...
安全、美観ともに建物にとっては非常に大事な考え方である。
日本でユニバーサルデザインを推進するリーダーの一人である古瀬敏氏も、安全性と審美性を掲げているので、どちらも大変重要な要素ではある。しかし、古瀬氏も一番目に安全性を掲げているように、原則は、まずは安全ありきなのである。したがって、折り合いをつけるというよりも、いかに安全を確保した上で美観を実現するかが大切なのである。
この原則に立った上ではあるが、建物によってはある程度、その美観を損なわないことについてかなり配慮しなければいけないものもあるだろう。
例えば、お城や古寺などの歴史的な建造物などは、その美観にこそ歴史的な価値・文化的な価値がある場合は、いかにこの価値を損なわないようにしながら安全に配慮するかが大切である。
逆に、不特定多数が日常において利用するような建物などは、美観にこそ価値があるわけではなく、利用することにこそ大きな価値がある場合は、やはり美観への配慮は歴史的建造物よりも低く、なによりも安全に配慮することが大切である。
2.市役所は何のための建物なのか
市役所とは、何のために存在するものなのだろうか?
市役所は、市民の生活を支えるための場所と同時にその市のシンボル的な建物である。したがって、安全性と美観の両方を満たさなければならないことは明白である。
しかし、市役所が本当に果たさなければならない役割は一体なんであろうか?
市役所という字はありきたりではあるが、「市民のみなさんのお役に立つ所」と分解できるのではないだろうか?
市役所は単に市民が市のシンボルとして眺めて満足するためだけのものではない。市役所は市民に役立つような行政サービスを提供することがもっとも重要な役割である。そう考えたときに、やはり市民の皆さんが安全に市役所を利用できることが、何よりも優先されるべきである。そのためには、まず最低限、すべての人が安全に市役所に出入りできるようになっていなければいけないのではないだろうか?
しかし、今の正面玄関の状態は、段差の識別が困難な点や、たとえスロープがあってもそこに導く案内がないなど、車椅子利用者や視覚障害者に対する安全配慮としては不十分である。
安全と美観の折り合いをまず考える前に、以下に安全を確保してその上で美観との調和を図るかを考えるべきである。
まず、利用者の安全を確保し、その上で美観あるものとすれば、市役所は、「市民のみなさんのお役に立つ所」であり、そして市民が誇れるシンボルたりえるのではないだろうか。
私としては、やはりまずは安全をいかに確保するか、その確保する上でいろいろな案を出して、それから各案が美観的にどうなのか、コスト的にどうなのかを比較した上で、どの案を実施するのかを決定すべきであろう。
3.ユニバーサルデザインの追求
UDNJにヒアリングをしていくうちにも分かったことであるが、正面玄関一つをとってもどのようにしたら、すべての人が満足できる形で利用できるようにするかは難しい。
それぞれ状態や立場が違えば、安全だと満足できるものは異なる。
したがって、ユニバーサルデザインとは、みんなのニーズが満たされるように追求していく過程であるといえるのではないだろうか?
追求するためには、できるかぎり多くの人のニーズを調査することが必要であり、調査される側としてもニーズを伝えることをすることが必要である。
そういった意味では、大阪市役所の正面玄関について、市役所側としては職員内部だけで考えるのではなく、もっとオープンにいろいろな人たちの考えを聞いていく姿勢が必要であろう。
それこそが、ユニバーサルデザイン実現の道であると思うのである。
私も大阪アドボカシー研究会の会員として、大阪市役所の正面玄関がすべてのひとにとって安全かつ快適に利用できるように提案していきたい。
◆イベント告知&お願い
私が事務局長をしているNPO法人(申請中)ユニバーサルデザイン検定協会の主催で、9月22~24日の予定(現在、日程調整中)で、茅ヶ崎ルミネにてユニバーサルデザインの体験イベントを行います(ただいま、イベント内容は詳細を検討中)。
“ユニバーサルデザイン”ってなんだろう?
ユニバーサルデザインとは、「すべての年齢や能力の人々に対し、可能な限り最大限に使いやすい製品や環境のデザイン」とされています。
それは具体的にいうとどのようなものでしょうか?
ユニバーサルデザインに取り組んでいる企業の品物に直接触れて、いままで皆さんが使っている商品とどこが違うのかを、なにがユニバーサルデザインなのかを体感してみませんか?
私達は、今回のイベントを以下のような位置付けで考えています。
- ユニバーサルデザインに関心のある消費者とユニバーサルデザインに取り組んでいる生産者の出会いの場として
- ユニバーサルデザインを研究しようとしている人とユニバーサルデザインを取り入れようとしている企業の学びの場として
詳細は決定次第、また別途月例や松下政経塾22期生メールマガジンにてお知らせいたしますので、ぜひご参加ください。
◆参考資料・引用、活動協力等
- NPO法人(申請中)ユニバーサルデザイン検定協会
- 大阪アドボカシー研究会
- ユニバーサルデザインネットワークジャパン(UDNJ)
- ユニバーサルデザイン(川内 美彦著 学芸出版社)
- バリア・フル・ニッポン(川内 美彦著 現代書館)